第5話
副都を出てから一度野営をする機会があったのだが、二人とも料理の腕が壊滅的で折角の新鮮な狩ったばかりの肉を無駄にしてしまうというアクシデントがあった他は順調で、保存食や宿で包んでもらった弁当で食いつなぎ、次の街が国境の街、そこまであと半日というところまで来ていた。
「帝都からここまで約二十日、帝国はやっぱり広いですね」
「それも寄り道もほどほどにしてまっすぐここまで走ってきたからな」
そう、俺たちは来る途中に寄った街で連泊はせず、ギルドにも道中で狩った魔物の売却のため以外では寄らずにここまできた。それは剣闘奴隷であったことを過去のことにするには帝国から出ることが一番だと勝手に思ったからだ。そして比較的安全で自由度が高く今後の旅の拠点を置くにはと考えていたとき、隣国のローランド王国が住みやすいという話をよく聞いていからだ。そんなことを思いながら街道を進んでいると、前からウルフを四匹引き連れた馬が一頭走ってきた。
「俺を食っても旨くないから!ブタの燻製肉をやるからどっか行ってくれ!」
その馬と乗り手は運悪く街道でウルフと遭遇してしまったみたいだ。
「そこの二人、早く逃げろ!」
「心配いらん、そのまま走り抜けろ」
俺はクロから降りて道を開け、剣を構えた。このままのペースなら追い付かれる前に俺の横を通れるはずだ。たった四匹のウルフ、追い払うぐらい造作もない。馬が俺たちの横を通り過ぎ、俺は一番先頭にいた一匹を斬りつける。そいつは器用に空中でかわして態勢を立て直し、遅れてきた三匹と共に注意を俺に切り替え、隙を探りながら間合いを詰めてきたが、ほどなくして去っていった。その時はブタの燻製肉をちゃっかり持っていった。
「すごいなあんた。どうしたら魔物の方が去っていくんだ」
「大したことはしてないさ。格の違いを分からせるのさ」
これは道中の経験から得たことだが、雑魚に分類される獣系の魔物は隙を見せずに殺気を浴びせ続けると、本能で身の危険を察して逃げていくみたいだ。ただ個体数で逃げない場合もあるが、今の俺はウルフ四匹程度なら簡単に追い払える。
「それができるのがすごいことなんだよ。なんにせよおかげで助かった。僕はウィリアム、こんなんだが商人ギルドにも登録している本物の行商人だ」
「俺はアスラン。見ての通り冒険者だ。……でもってこっちが」
「マリアです。細剣も使えますがメインは回復術師です」
名乗られたら名乗り返すが礼儀だと思う。話した感じいい人そうなのでよかった。
「アスランとマリアちゃんか。すまないが今手持ちが心もとなくてね。ギルドに行けばお金を用意できるんだけど、それでもいいかな。ここからなら国境の街が近いけど」
「俺はそれで構わないがマリアはどうだ?」
「アスラン君がそれで良いのならそれで」
「ありがとう。……そうだ君たちお昼はまだ?まだなら僕が作るから一緒にどうかな?」
もうそんな時間か、俺たち二人が作るよりかはマシなものが出てくると思い、お言葉に甘えて作ってもらうことにした。
ウィリアムが料理している間、何もせずにただのは駄目だろうと思い、器を用意したり馬たちに水と餌を与えたりしながら待っていた。ちなみにウィリアムの愛馬は鹿毛の牡馬でジョージと言うらしい。ふと何をつくるのか気になり、まぁ見たところで俺には分からないがどんな食材を使っているのかのぞいてみたら、鞄から生肉を取り出すところだった。
「なぁウィリアム」
「僕の事はウィルと呼んでくれてかまわないよ。それで何かな?」
「その鞄がマジックバックの類なのは分かるんだが、アイテムボックスは容量が増えるだけで時間は止まらないはずだが、生肉を入れても大丈夫なのか?」
「その鞄は僕の家宝でね、何代前がどこで手に入れたかは分からないけどちょっと特殊なんだよ。……話せば長くなるんだけど僕の実家は米農家でさ、そこの跡取りだったんだ」
ウィルは料理の腕を止めることなく自分語りを始めた。
「ある程度有名な産地でね、跡を継ぐのに抵抗も無かったし、お米を育てるのは大変だけど結構楽しかったんだ。でも三年前の収穫期ワイバーンの襲撃に遭って稲穂は消失。幸い収穫済みで蔵に保管してあった米俵があっって、祖父に言われるがまま入れられるだけ米俵を詰め込んだのがその鞄さ。村と田んぼは距離があったからワイバーンに見つからずに逃げられたけど、もちろん村人はみんなバラバラ家族とも離ればなれ、でも街に着けば合流できると思っていた。でもなんでなのかな、ワイバーンがいて殺気立っていたからかな?街への最短距離の森の中を突っ切った僕と祖父よりかは断然安全なルートで逃げていた筈の母さんたちが後日死体で発見されてな。発見した冒険者曰く悲鳴が聞こえて駆け付けたが回復手段が間に合わず、死体を持ち帰るしかできなかったらしい。でも身元が判別できるだけ僕ら家族は幸せだった、だって教会でしっかりと供養することができたんだから。その後は祖父と二人で鞄の中身を売りながら生活していたが半年ほどして祖父も死んじまって、その鞄を託されたってわけ。祖父が死んで初めて一人でご飯を食べたときふと思ったんだ、収穫してから半年は経過してるのに新米みたいだなって。その時は思い出補正されてるのだろうと思ったんだけど、ある日気になって、同じ容器で凍らされた氷を使って一つはただの鞄、もう一つは一般的なマジックバック、最後の一つをこの鞄にいれて溶けるまでの時間の差を調べてみたら、ただの鞄とマジックバックに入れていた氷は同じころにすべて溶けていたのにこの鞄に入れていた氷はほとんど解けていなくてね。そこから全て溶けるのに三日はかかった。単純に考えてこの鞄の中では約五倍時間が遅く流れているみたいことが分かった。だから通常なら一日で駄目になる物でもこの鞄に入れておけば五日は持つし、元から日持ちするものはもっと長持ちするからな。それこそ米とかね。今は行商でお金を貯めて商会を立ち上げ、いつか土地を買うか、小作人を雇うかして、祖父から託されたお米を再び作ることが僕の夢さ」
「そんな重要なこと簡単に人に教えて良かったのか?」
「ふつうは教えないよ。君たちだから教えたんだ。鞄の事ははぐらかして、凍らされた肉を溶かしていたとか言い訳はできたんだから。まぁ信じるか信じないかは君たち次第なんだけど、嘘だと思うなら食べてみて納得するはずだから」
そういって渡されたのは炊き立ての白いご飯と具沢山のスープだった。まずご飯から食べてみることにした。一口食べただけで違いはすぐに分かった。何といえばこの感動が伝わるかは分からないが、ただお米本来の味だけでおかずがなくてもスプーンが進んだ。
「このスープ、独特な味だけどご飯との相性抜群ですね」
「そうさ。その味付けは帝国南部の香辛料の生産地でされている味付けで、そこでは香辛料がふんだんに使われている料理をカレーというらしくてそのスープもカレーの一種さ。本当はもっとペースト状でドロッとしたものなんだけど、慣れない味付けのはずだから初めての人にはスープがお勧めなんだ。……スープをスプーンですくってご飯にかけて食べてみてよ。それがまたおいしいから」
俺がご飯に夢中になっているとき、となりではマリアがスープも飲んでいたらしい。そういえばまだスープを味わっていなかったと思い一口すする。野菜と肉の味が溶け込んでいて具材にもしっかり味が染みて旨かった。言われた通り香辛料がきいた独特な味だったけど嫌いではない。いざスープをすくってご飯にかけようとしたら、肝心のご飯がもう無くなっていた。
「アスラン、心配しなくてもご飯のお替わりはあるから遠慮しなくていいよ」
「すまない、もう一杯貰えるか?」
ウィルにご飯のお替わりを貰った俺は今度こそスープをかけて食べた。旨い、俺が言えるのはその程度だが、間違いなく今まで食べたどの料理よりも旨かった。そして気づいたら三人でご飯とスープを完食してしまっていた。
食後の一服をしているとき、俺はウィルにある提案をした。
「なぁウィル、行商の旅の目的地とかあるのか?」
「いずれ商会を立ち上げる時はローランド王国の王都に、って思いはあるけどそれがどうかしたの?」
「もし良かったらそこまで一緒に旅をしないか。俺もマリアも料理の腕がなくてな、ウィルの作る料理に胃袋つかまれてしまったんだ。もちろん道中の護衛は任せて貰っていい。もし一緒に旅をしてくれるなら、さっきのお礼は要らないし商会を立ち上げる時にお金がいるなら寄付金を渡すこともできる。だからウィル、俺たちの料理人として一緒に旅をしてくれないか」
「ウィリアムさん、私からもお願いします」
ウィルは少し考える仕草をしたが、答えはすぐに出してくれた。
「僕の方こそ二人のような護衛が欲しかったところだ。僕の作る料理なんかが報酬になるって言うなら喜んでご一緒させてもらうよ。これからよろしくねアスランとマリアちゃん」
こうして俺たちは料理人を、ウィルは護衛を手に入れ三人で国境の町の関所を越え、無事にローランド王国に入国できた。
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