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第3話

ゴブリン討伐にむかうその日、俺とマリアと案内役の男の三人は、それぞれ馬にまたがり、日の出前に集落を出た。戦いにどれだけ時間が掛かるか分からないため、早い時間に出発し移動で余計な体力を消耗させないために馬に乗っている。俺には青毛の三歳牡馬、マリアには白毛の三歳牝馬が貸し出され、先導する男の愛馬は何と斑毛である。


「アスランさん、あんた凄すぎですよ」

「何がだ?」

「その馬、本職の親方たちですら言う事聞かせるのを苦労しているんですよ。それを一発で手懐けているんですよ。アスランさんは」

「そうなのか」

「そのおかげで軍が買いに来た時も同世代で唯一売れ残ったんです」


俺は今、人生初の乗馬で一番気性の荒い馬を手懐けているようだ。


「あの白馬も三歳馬だろ?あれは何で売れ残っているのだ」

「軍は牝馬を買わないんです。何でも行軍中に妊娠されたら困るらしくて、逆に農村とかが村で飼っている牡馬の嫁として買いに来ることがありますね。でも彼女ほど毛並みが良いと性別関係なく値段もその分高くなって、なかなか買い手が見つからないんですよ」


ここからはまだ集落の建物が見えているからか案内役の男も呑気に会話をしているが、森を進むにつれて、彼の口数は徐々に少なくなっていった。


「なぁマリア、その籠の中身は何なんだ?討伐に役立つ物なのか?」

「これは馬糞と藁と灰を混ぜ合わせて乾燥させたものです。煙玉の一種ですね。畑の肥料の為に用意してあったものを少し分けてもらいました。馬糞にはもともと魔物が嫌う成分が入ってまして、一度乾燥させて燃やすとその効果が増加し、さらに藁と灰が混ざることでより燃えやすく、煙が出やすいようになるのですよ。これを使えばゴブリンが弱体化して倒しやすくなりますね」

「そもそもたいていの魔物は火を苦手とするからな。松明片手に戦えば雑魚に囲まれるなんて事は起きないだろう」


ちなみに今も松明を持って森の中を進んでいる。そうすることで雑魚に襲われることなく進むことができている。そして案内役いわくこの辺が巣と集落の中間らしい。さっきまでは探さなくても見つけることが出来ていた木の実や山菜といった山の食糧が、ゴブリンによって食べつくされていた。


「思っていたよりも食糧の被害がひどいです」

「まだ熟してない物にまで手を出している。これは少し急いだほうが良さそうだな」


それから巣に近づくにつれて被害の状態はどんどんひどくなっていき。巣を目視できる場所に至っては木の皮までが剥がされてしまっていた。


「皆さん、俺が案内できるのはここまでです。それと長からの伝言で、無理はするな生きて帰ることを最優先に、だそうです」

「わかった。すぐに終わらせて帰る」

「帰り道は馬たちがわかっていますから心配ないでしょう。それではご武運を」

「案内、ありがとうございます」


彼が引き返したところで俺たちも馬から降り、適当な木の枝に手綱を引っかけ、足元には集落から持ってきた藁を転がしておいた。ようやくゴブリン討伐が始まるのだ。

 ゴブリンの巣は典型的な洞穴だった。まだ日の出からそれほど時間が経っていないからか、巣の外で行動している奴はほとんどいない。この様子なら気付かれずに巣に近づいて馬糞の煙玉を何個か放り込める。


「マリア、君はここで馬を守っていてくれ。ある程度巣から離れているとはいえ、ゴブリンは数が多い。俺も何匹か漏らすかもしれないからな」

「わかりました。でも危ないと思ったらすぐに駆け付けますから」

「あぁ、その時は頼んだ」


巣に近づいて煙玉に火を着ける。思っていたよりも煙の量が多くてびっくりした。さて、気持ちよく寝ていたのに朝起きたら家が火事になっていて、その上ただ焦げ臭いだけでなく鼻に付く嫌なにおいがする。人間だったら宿舎が火事になって部屋中腐った卵の臭いがしている状況だ。そんな状況下で正常な判断を下せる者はいるのだろうか?それはゴブリンであっても同じことで、我先に新鮮な空気を吸おうと巣の出入口は大量のゴブリンでごった返していた。そしてやっとの思いで這い出てきたゴブリンどもだったが、一息つくこともできずに死んでいった。もちろん一振りで首を刎ねている。心臓を突き刺したりしたら、ただでさえ価値の低いゴブリンの魔石が本当に無価値になってしまう。出入口の穴が小さいおかげで討ち漏らすことなく死体の山を築けていたが、十分ほどが経ち圧力に耐え切れなくなったのか、徐々に穴が大きくなっていきとうとう討ち漏らしを出してしまった。ただそっちに向かったのは木の棒を手にしただけの雑魚なので、マリア一人で十分対処できていた。というか全然相手になっておらず、近づきすぎたやつから細剣で局部と心臓を突き刺され絶命していった。それよりも驚いたのは馬たちが全く動揺することなく餌に夢中になっていたことだ。黒馬に至っては食事の邪魔だったのか、近づいてきたゴブリンを蹴り飛ばしていた。

 いったい何匹の首を刎ねただろうか、もはや討伐ではなく作業になっている。時間経過とともに剣士ソードマン隊長リーダーといった上位個体の割合が増えていき、途中馬鹿の一つ覚えなのか至近距離からでも弓を射ようとする弓使い(アーチャー)とかいう個体ヤツも出てきたが、どいつもこいつも相手にならなかった。


「そろそろ将軍ジェネラルの一匹ぐらい出てきてもいいころじゃないのか?」


そんな俺のボヤキが聞こえたのだろうか?鼓膜が破れそうなほどの衝撃音と共に、空から将軍三匹を含む十数匹のゴブリンが降ってきた。正確には何者かの攻撃によって吹き飛ばされ、死体となってであるが。そしてスッキリした穴からはゴブリンキングが姿を現した。やはりこの群れを率いていたのはゴブリンキングのようだった。


「よう、案外早いお出ましじゃないか」

「グゥギャァァァ!」


当然お怒りである。長時間馬糞の臭いを嗅がされ続けたのだ、敵味方の区別がつかなくなるほど判断力が鈍くなっていても無理はない。取り巻きがいて初めて真価を発揮するのがゴブリンキングという個体なのだが、今はただ怒りのままに剣を振り回しているに過ぎない。逆に自らの剣の間合いに他のゴブリンがいても、気にすることなく剣を振り回し、しまいにはキングの回りにゴブリンたちが寄り付かなくなっていた。こうなってしまっては図体がでかいだけのただの的なのだが、怒りのままに振り回す剣の軌道は滅茶苦茶で先が読めず、懐に入るのは一苦労だった。やっとのことで食らわせた一撃も後ろに控えていた回復役ヒーラーの力によってすぐに塞がっていく。だからさきにそっちを始末してからにしようとしても、本能で回復役がやられたら負けると分かっているからなのか、近づかせてはくれなかった。


「マリア!俺がキングを引き受けているうちに回復役の方を頼む。このままいくと日が暮れてしまう!」

「わかりました。絶対こっちには来させないで下さいね」

「もちろんだ。頼んだぞ」


やはり回復役のところへ向かうマリアを阻止しようとするが、俺が許すはずない。足の腱を斬られてまともに歩けないのだが、片足だけで頑張って近づこうとしている。だがマリアにかかりきりになっている回復役にキングを癒す暇はなく、キングの傷は増えていく一方だった。


「お待たせしました」

「上出来だ」


回復役が殺されるところを目撃したキングにできた一瞬の隙を突いて、俺は倒木を踏み台にして跳び上がり、後ろから首を切り落とした。


「危ない!」


えっ?ゴブリンキングは確実に殺したし、もう脅威となるものはないはずなのだが。そんなバカな事を考えていると、なぜか頭に衝撃を食らい、気絶してしまった。


 いったいどれほど時間がたっただろうか?気が付いたら、太陽が沈み始めていた。


「ようやく気が付きましたか。私の事分かりますか?」

「あぁマリアだろ。俺の体に何が起きたんだ?」

「ゴブリンキングを倒すところまでは良かったですよ。それまで無傷で戦っていたのに何で最後の最後で着地に失敗なんかして唯一の傷をつくるのですか?それも私以外では後遺症が残るかもしれないほどの致命傷を。あとでクロちゃんにお礼を言ってくださいね。治療中の無防備な私たちを守っていてくれたのですから」

「クロちゃん?あぁ黒馬の事か。そんな名前がついていたのか」

「いえ、私が勝手に呼んでいるだけです。それよりも立てますか?肩貸しますか?」

「大丈夫だ。おかげで楽になった」


からだは何処も痛くないし、目立った外傷も見当たらないのに、立ち上がるのが辛かった。


「傷口は塞がったとはいえ、体内の血液は減っているのですから無理はしないで下さいね。」


それから俺たちはゴブリンの死体の山を燃やしていき、損傷の少ない魔石だけを回収して下山した。俺たちが帰還し、ゴブリンの群れが事実上壊滅したことを知った人々は大騒ぎで、その夜は長の宣言で宴が開かることになった。主役は間違いなく俺たち二人なのだが、睡魔に襲われ直ぐに退場することになった。それでも宴が終了することはなく翌朝まで続いていた。


目が覚めた俺は、宴の会場に行ってみた。主婦の方たちが後片づけに勤しむ中、男たちは二日酔いにうなされながら、マリアに回復魔法をかけてもらっていた。そんな中、長のニチェスさんだけが片づけを手伝っていた。


「おはようございますアスラン殿。体調はいかがですか?」

「おはようございますニチェスさん。一晩熟睡したおかげですこぶる良好です。そちらこそ酔いはもう醒めたのですか?」

「わたしはそれほど飲んではいませんでしたから。これからマリア殿と一緒に会って欲しい人がいるのですが、よろしいですか?」

「かまわないが、彼女が回復魔法をかけまわるのを切り上げてもいいのか」

「えぇ、二日酔いに回復魔法は気休めにしかなりませんから」


そう言ってニチェスさんが案内したのは集落の外周部に建てられた仮設テントの一つだった。待つこと数分、ニチェスさんが連れてきたのは冒険者ギルド帝都支部で支部長をしているバルダさんだった。


「やはりアスランという名のGランク冒険者とはお主じゃったか」

「やはりといいますと、バルダ殿は彼の知り合いだったのですか?」

「まぁ、つい先日会ったばかりだがな。それよりふたりのギルドカードを見せてくれ。ゴブリンの討伐数の詳細をしりたい」


バルダさんは自ら陣頭指揮をとるために来ているらしい。裏方に回ってもまだ力は衰えてはいないとのことだ。


「キングのほかに将軍が三匹にヒーラーが一匹。総数約700匹か。にしても昨日見た魔石と数が合わないが」

「ほとんどが原型を留めていなかったからな。回収できるものだけ持ってきた。現場に行けば散らばっているだろう」

「そうじゃったか。いずれにせよ災害級に相当する規模の群れじゃったのは間違いないな」


ちなみに災害級とは街一つ以上を単体で破壊できる力を持つ魔物の階級みたいなもので、ゴブリンやオークといった単体では最弱の部類でも、群れて行動する魔物はその規模や上位個体の数で今回のように災害級に指定されることがあるらしい。


「バルダ殿、私たちは彼らにいくらほど報酬を用意すればよろしいのですか?過去にソロ、あるいは単独パーティーが災害級を討伐した事例はあるのでしょうか?」

「あるにはあるのじゃがそれを成したのはSやAといった上位ランカーたちじゃ。彼らには事後報告が認められておるし聞いても参考にならん。それに今回の件はギルドを通していないのじゃから、前例に倣う必要はないし、儂が指示することもできん。それこそ彼らの望むものを報酬にすれば良かろう」

「それならあの黒馬を割安で譲ってくれないか?」

「それでしたら私にもシロちゃんを買わせてください」


俺たちの望みを聞いて困った表情になるニチェスさん、やっぱり紹介状とかがないと買えないのだろうか。


「そんなことでよろしいのですか?もっと金銭的なものを要求されるとばかり……」

「これ以上所持金を増やすわけにはいかないからな。そもそも俺がこの集落に寄ったのは移動用の馬を買う為だったからそれで構わない」

「皆さん、これから復興にたくさんお金がかかるというのに、お金を下さいとは言えません」

「そういうことだ。俺たちは移動用の足が手に入って、そっちは買い手のいなかった2頭が売れて、その飼育代も浮いて復興に回せるのだからお互い損はしていないだろう」


そうして俺は馬を手に入れることができた。鞍や手綱などの道具はサービスしてもらった。というかニチェスさんが頑なに代金を受け取ろうとしなかったのだ。それにしゃべりかける毎にありがとうと言ってくる。いくら感謝してもしきれないと思っていても、ありがとうを安売りするのは避けるべきだろう。


「これからよろしくな、クロ!」

「ヒィヒィーン」


マリアがつけた安直すぎるこいつの名前についてだが、本人(本馬?)が気に入っているようなのでそのまま使っている。クロも俺に買われることを喜んでいるのか終始じゃれついてきた。


「用も済んだし行きますね」

「そうですね。長居してもニチェスさんたちの仕事の邪魔になりますからね。そろそろ出発しましょうかアスラン君。……どうかしました?私の顔に何かついているのですか」

「いや、何もついてないけど。それより一緒に出発するって言っていたけど、わざわざ俺と一緒に出る必要はないんだぞ」

「それでしたら私、アスラン君の旅について行くって決めたので大丈夫ですよ」


え?そんな大事なことを勝手に決められても困るのだが。そもそも俺その話聞いてないし。一体いつ決めたの。

「断られてもついて行きますからね。だってアスラン君、危なっかしいから。いつどこで命にかかわる怪我をするかわかりませんから、いつでも治せるように近くにいてあげないと」

「つい昨日会ったばかりの男にどうしてそこまで過保護になる必要があるんだよ?俺がどこでどう死のうが俺の勝手だろ」

「そうですけど、アスラン君が老衰以外で死ぬのは世界にとっての損失ですから」

「なんだそれ。どっから沸いてくんだよその自信は?女の勘ってやつか」

「いえ、回復術師としての勘です」


その二つ、そこまで大差ないだろ。まぁ二人とも愛馬を手に入れて移動速度に差は無いし、マリアの戦闘能力も申し分ない。どうしても一緒に行けない理由もないからついて来てもらうことにした。


「そこまで言うなら、回復術師マリアいざというときは頼む」

「頼まれました。これからよろしくお願いしますねアスラン君」


こうして俺の旅に一人目の仲間ができた。これからも増えていく予定だ。無論、女神様に言われたからって理由もあるが、旅は道連れ世は情けという言葉があるように一人旅ほど虚しいものはないと思ったからだ。だからこれからは同行したいという申し出は快く受けるつもりだ。ただ人それぞれ目的地があるからずっと一緒というわけにはいかない。だから来るもの拒まず去る者追わずの精神でいこうと思う。


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