第20話
俺自身はあの領地について納得しているのだが、与えた側の娘が納得いかずに今もまだ俺の屋敷でお茶請けのお菓子を食べながらここにいない父親にむかって文句を言っている。
「シャルわざわざ文句言う為だけに来たわけじゃないんだろ?伝えること伝えたらどうだ」
「分かってるわよ。マリアから孤児院の計画を聞いたわ。子供たちに常識を教える程度の指導者なら紹介できるわよ」
「まだ実行できるかどうかも分からないのに気が早いよ」
「実行されるぞ絶対。画期的な方策なんだから自信持てよ。どの町でも領主自ら孤児院を立てようとするなんて聞いたことないから」
「そりゃそうだろ。大概の街には教会の孤児院があるんだから。それに孤児院と言うよりかは学校と言う方が近いと思うぞ」
家で家族と暮らす子供が通えないとは言っていない。ただ孤児の割合が極端に高いのでその子たちの為の寮を整備したら孤児院のように見えてしまうだけだ。
「学校でも孤児院でもどっちでも大差ないわよ。子供に読み書き計算とある程度の常識を教える場所なんでしょ。だったら王都の学園卒の子供好き何人か紹介するわよ」
「ありがたい話だけど、いくら王女であるシャル姫が頼んでもあんな場所に来る物好きなんているのか?」
自分で言うのもあれだけど、あんな何もないところに国内最高の学術機関と言われている王都の学園卒のエリートが来るのだろうか。
「物好きって言うのは失礼だけど、すぐに見つかるよ」
「お前は根っからの冒険者だから王都の学園がどういう場所かは知らないだろうけど、あそこの教員になるには籍に空きが出ないと卒業時どんなに優秀でもすぐに教員にはなれないんだ。だから教えるのが好きな奴はすぐに集まるぞ」
「それに子供たちに教えるだけなら教員志望の子じゃなくても大丈夫だからね」
「だとしても給料はかかるだろ?子供に教えて貰う為だけにそこまではかけられないぞ。食費等で結構かかるんだから」
「卒業一年目から高給取りなんていないわよ」
「どっちにしろ後日モルドレットさんと相談してからじゃないと詳細は決められないから。もしつくるってなった場合はお願いするよ」
俺としては子育てを終えた人たちに有志を募れば事足りるだろうと思っていたのだが、なぜか学園卒のエリートを雇うことが大方決まってしまった。
シャル姫とカインが帰ったあとはゆっくり休むことにした。最近移動の連続で結構体力を消耗していたのだ。と言うわけでたまには屋敷でゆっくりしようと思う。だが入浴後ずっと自室にこもることもできず、屋敷内を散策することにした。住み始めたころと比べ、家具や雑貨が増えてきている。一番長く屋敷にいる使用人たちが仕事をしやすいように変わってきているのだ。
「セバスさん。屋敷で何か不便なことがあったらすぐに言ってください」
「頂いた予算で賄えていますのでご心配には及びません」
「それは報告書を見てるから分かっているよ。休みが欲しいとかでも遠慮しないで言ってください。セバスさんたちに倒れられたりしたら大変ですから」
「分かりました。本当に必要な時はお願いします」
俺はセバスさんに屋敷の維持費としてお金を預けてあるのだ。そこから食材や消耗品をかったり、家具や屋敷を修繕したりしてもらっている。もちろんそれとは別に給金は支払っている。だが全然休もうとしないのだ。俺だって本職の冒険者の仕事は気が向いたときにしかしていないのに。セバスさんと別れた俺は食堂に向かった。ここも最初に比べてお茶の種類が増えた。シャル姫が来るたびに違った種類の茶葉を持参してきて、棚がいっぱいになっている。次に向かったのはマリアの調剤室だ。自室とは別に一部屋使って薬屋で仕入れた物や、自分で採取した物を独自の調合法で効果を高めているのだ。今日もこもって様々な薬を作っていた。庭ではシルヴィアが花を愛で小鳥と戯れていた。エルフだからか有名な画家に頼んで絵にしてもらいたくなるくらい様になっていた。ちなみにミーアはと言うと、近くの山と言うか森と言うかとにかく体を動かしに行った。たまに食用可能な動物や魔物を狩ってくることがあり、それが食卓に並ぶことが幾度となくあった。ミーアは剣などの刃物は使わない格闘家なので、毛皮や肉が切れて傷んだりしていることはまずない。これはミーアから聞いた話だが、目が合って逃げていくものは追わず、かかって来るものとだけ戦っているらしい。そして大概は引き分けで終わるらしい。ただ子育て中の動物の親子は何があっても攻撃しないらしい。その前にセンサーを最大限に活用して近づかないようにしている。噂をすれば何とやら、今日は大きな熊をあの小さな体で背負って戻ってきた。
それから数日は何事もなく過ぎていき、領都に向かう日になった。今回はマリアも一緒に行く予定だ。当初の予定ではミーアも連れて行く話になっていたのだが、新しくシルヴィアが屋敷で暮らすことになったので屋敷に残ることになった。俺たちが留守にする間二人はセシルさん率いるメイド部隊にお金の使い方を教えて貰うらしい。セシルさんいわくシルヴィアが人間の街で生きていくには冒険者として得た収入の使い方を知る必要があるだろうとのこと。ミーアのお金の管理も俺とマリアでやっていたので、この際一緒に教えて貰おうとお願いしたのだ。帰ってくるまでにどこまでできるようになっているのかを楽しみにして屋敷を出発した。移動はもちろんクロとシロの二頭だ。
王家直轄領の街から領都へ向かう道の整備が着々と進んでいた。それに対して領都側からの進捗状況はかなり遅れていた。それもそのはずだ。向こうには旨くて精の出る飯と休める家がある。だがこちらは飯もあるにはあるが空腹感を紛らわす程度の物、家も寝具が硬かったり、壊れていたりして一晩で体力を全快できる環境ではないのだ。そんな事を思いながら歩いているとモルドレットさんが直接指揮しているのを発見した。
「モルドレットさん。思っていた以上に進んでいないようですが」
「どなたかと思えば領主様でしたか。取り敢えずご報告したいことがありますのでこちらへ」
そうして案内されたのは指揮所になっている一つのテントだった。
「それで報告したい事とは?」
「これは私が失念していた事なのですが、いま領民に給金を支払って作業して貰ってもその金を使う機会がないので、お金を稼いでいるという実感が皆薄いのです。直轄領のほうから来られたのならわかると思いますが、食事や酒と言ったその代わりに意欲を向上させるものもなく、作業に精が出ていないのが現状です」
これが普通の職を失った者たちへの救済措置なら正しい方法だったのだろう。例えば戦争や魔物の襲撃で住む場所を失った人たちがいたとしよう。そういう人たちが一ヶ所に集まりスラムになったりする。そこで見かねた領主が公共事業を起こしてその労働力として彼らを雇う。もともと仕事を探して街に集まった彼らだ、仕事があると言われたらすぐにやる気になるだろう。そうして収入を得てその使い方を思い出すのだ。だが領民すべてが貧しく、経済の破綻しているここでは公共事業が救済措置にはならなかったのだ。
「そうですか。ですが今後の為にも止めるわけにはいきませんからね」
「そうなのです。何かいい案はありませんかね?」
「いっその事休息日の前日に宴を開いたりするのはどうですか?一週間に一度の休息日の前日に一週間お疲れ様、また一週間頑張ろうという小さい宴を開くのです」
その日の食事が選べなくて物足りないのなら、週に一度くらいは豪華な物を食べて貰おうと言うわけだ。
「悪くない話ですが料理とかはどうするのですか?宴と言うからには少しはマシな物にしないと。それにお酒がないと宴とは言わないでしょう」
「周囲を山に囲まれた田舎なんだ。探せばすぐに新鮮な肉が見つかるはずだ。それに酒の方は安酒の水割りで充分だろう、酒と言う物自体ここ最近は口にしていない彼らにはそれだけでもいい刺激になるはずだ」
言い方は悪いが今の彼らは安酒でも酔えればそれで充分なのだ。いずれ街道が整備されれば街からもっとうまい酒を仕入れることができると教えれば皆やる気を出してくれるはずだ。
「酒の方はそれで良いいとして、次の休息日は明後日ですよ、そんな短時間で誰が肉を狩って来れるのですか?」
「今週分くらいは俺が行くよ。もともと貧しくなる前までは食用に動物を狩って、農作物が育たない冬場にその皮を加工した衣類や雑貨を売って生計を立てていたと聞く。いまでもその技術を持った人はいるはずだ」
「分かりました。そのように手配しましょう」
これでひとまずその場しのぎにはなるが問題は解決できただろう。街道が整備されれば金の使う機会が増えて本業の方にも精を出してくれるはずだ。
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