第19話
早朝から、村人総出でナシの収穫作業と泥棒の調査に当たった。というか村人たちは俺たちが寝ていた夜間も交代で巡回をしていたらしい。
「今日は被害なさそうですね。収穫班からの報告でも勝手に取られて実は無いそうなので」
「また明日ですか。今夜は俺も夜の巡回に参加しますよ」
「そこまでして頂く必要はありません。気休め程度でしかないのですから」
今日はこれで引き上げかという時にミーアが俺の服を引っ張ってきた。どうやらセンサーに何かが引っ掛かったみたいだ。ミーアのあとをついて行く俺を追って、村長と手の空いていた村人数人もついてきた。どこまで行くのかかなり歩いたがまだ止まらず、急斜面を登り果樹園と山の境の柵が見えそうな場所でようやく止まった。
「あそこの木に誰か寄りかかって寝てる」
ミーアの指差す方を見ると確かに誰かが寝ていた。言われなければ気が付かないほど風景の一部として不自然なく溶け込んでいた。朝日にライトグリーンの長い髪が照らされて綺麗だが中世的な顔立ちで性別はわからない。声をかけ起こそうとしたその時タイミングよく起きたその人と目が合った。
「あの私に何かようですか?」
声を聞きようやく女性であると認識できた。
「こんなところで一人で何をしていたのだ?」
「珍しく品質のいい果実の群生地を発見したので偶に収穫に来ているのです」
「断りもなく勝手にか」
「何故です?自然から糧を得るのは当然の行為でしょう。それも数日に一度その日に食べるものしか収穫していませんよ」
この娘、この果樹園が自然にできたものだと勘違いしているのか。この俺でも一目で整備された果樹園だと分かるのに
「お嬢さん。もしやエルフでは?」
「そうよ。この耳を見せればわかるかしら」
村長の問いかけに娘が答えながら髪をどかして耳を見せる、そこには人よりも尖ったエルフの特徴的な耳があった。
「冒険者様、エルフには作物を育てるという文化が無いと聞きます。儂らとしては収穫の売り上げに大した影響も出ていないからどうしても罰を与えたいという気持ちはありませんし、むしろエルフが気に入る品質の果実を作っていたと誇りに思います。それに相手はエルフです。人の法が通用するのでしょうか?」
「どうでしょう?とりあえず報告のためにギルドには連れて行かないとならないので連れて行きます。…………君名前は?家族は?家は何処なの?」
「名前はシルヴィア。家族はいるけど誰があんな息詰まるところに戻るもんですか。エルフにとっては森が家だから森さえあればどこでも家になるよ」
迷子の竜族の少女の次はエルフの家出少女ですか。自分で言うのもあれだがこのトラブルに巻き込まれる体質どうにかならないですかね。
「シルヴィア、エルフの君には理解できない事かもしれないが、ここの果実は村の生活を支える大事な売り物なんだ。もし君が一晩で全部の実を取り尽くしてしまっていたら村長も罰を与えようとしたが、君がとった数程度で罰則はないそうだ」
「売り物云々は分からないけど、そんなことしたら次世代の樹が育たないんだからする筈ないじゃない」
「エルフでも冒険者ギルドは分かるな。俺はそこから果実が減った原因を調べにきたんだ。君が犯人だと分かったから報告しないといけないんだ。ギルドまでついて来てくれる」
「良いよ。そろそろ場所を変えようと思っていたところだから」
話は通じていないみたいだけど、ギルドには来てくれるみたいだから良しとしよう。だが村の入り口で問題が見つかった。ここまでクロ一頭でやってきたのだ、さすがのクロでも三人乗りは無理だろう。
「もしかして私の移動手段の心配をしている?幼いころから森の木々の間を駆け回って育ったエルフの私にとって平坦な道を馬の速度に合わせて走るくらいなんてことないわよ」
そこまで言うならクロのスピードについて来てもらおうか。ただ途中で逃げられないように縄で縛ってからだが。
「それではこれで失礼します」
「今度はリンゴ食べにくる」
「ありがとうございました。いつでもお待ちしております」
村人たちに見送られて俺たちを乗せたクロと縄で縛られたシルヴィアは村をあとにした。
シルヴィアの宣言は嘘じゃなかった。昼過ぎに王都に着いたが、王都までの道のりをペースを乱さずクロについてきた。王都に入る前にシルヴィアにはフードを被せてある。ギルドに着く前にエルフを連れているなんて騒がれたら大変だからな。おかげで誰にもばれずにギルドに到着した。受付嬢に報告したら事が事だからと支部長室に案内された。
「またあったねアスラン君。今度は何をしでかしたんだ?」
しでかすも何も誰が果実泥棒の正体がエルフの家出少女だって予想できる?誰もできないはずだ。
「依頼の途中でエルフの家出少女を発見した。依頼内容はただの調査だったから信憑性を増すために連れてきたが、エルフを人間の法で裁けるのか?ちなみに依頼主側は刑罰を求めてはいなかったが」
「裁けないことはない。だが依頼主にその気がないのなら無理に裁く必要もない。出来れば森の隠れ里に帰ってもらうのが一番良いんだけど」
「嫌よ。息が詰まる」
「だそうだ」
そもそも家に帰る気があったらあんなところで一人でいるはずがない。
「そうなると誰かが責任もって人間の暮らしに慣れるまで世話する必要があるし、無職と言うわけにはいかない」
「職なら冒険者になれば良いだろう。暮らしに慣れるまでは俺の屋敷で面倒を見る」
「そうして貰えるのならギルドとしても安心できます」
こうしてシルヴィアは冒険者になった。得意な武器は想像通り弓らしい。何でも今まで食料は採集と狩猟で賄ってきたらしく腕らしい。
ギルドでの用事を済ませて屋敷に戻るとセバスさんが迎えてくれた。クロはバッカスさんが厩舎に連れて行ってくれた。
「おかえりなさいませ。ところでその方はいったい?」
「色々あって預かることになったエルフのシルヴィアだ。根は良い奴だが常識に疎いから色々教えてやってくれ」
「わかりました。食堂の方でシャルロット様とカイン様が待っておられます」
「わかった。すぐに向かうよ」
いつ帰って来るかも定かではない俺を待っているとは暇なのかシャル姫たちは。食堂でマリアも一緒にお茶をしている最中だった。
「アスランさんが治めることになった子爵領について調べていたのですが、とんでもないところじゃないですか!お父様に文句を言う権利がありますよ」
「落ち着けシャル。それよりアスランその後ろにいる別嬪さんは何者だ。依頼中にいったい何をしでかしたんだよ」
シルヴィアについて聞かれるのは分かっていたので適当に事情を説明した。
「何だよそれ、やっぱりAランク冒険者は俺らとは違うな」
「関係ないだろ。そもそもここに俺の事いえる肩書の人間っていないだろ」
シャル姫は王女だし、カインは次期侯爵だし、ミーアは竜族だし。それにマリアも。
「アスラン君、この中なら私一番普通だと思うよ」
「マリアほど治癒能力に優れた一般人はいないと思うぞ」
「皆さん本題からそれてしまっています。アスランさんが与えられた領地に問題大有りだという話をしていたのですよ」
それお茶を飲みながら話す内容か。まぁ言いたいことは分かるから何とも言えないが。
「それで当の本人はどう思っているんだ?」
「取り潰された貴族の元領地ってあれが普通なんじゃないの?現状は問題だらけかもしれないが、俺には凄腕のモルドレットさんが代官に就いているんだし、悲観はしていないよ」
「そうだとしても私は納得できません。アスランさんは報酬として爵位を与えられたのですよ。それが蓋を開けたら領地経営の立て直しが待っているなんて考えられません」
シャル姫からしたら俺は二度の危機を救った命の恩人に当たるのかもしれない。そんな人に褒美として与えられたものが、経営が傾き旨味の少なく見える領地だったらいい気分ではないのだろう。
「そう思うかもしれないけど、成り上がりの若造が整備された土地を与えられたら今まで頑張ってきた人は馬鹿らしくなるだろう。直接文句を言う事は無くても不満は溜まっていくものだ。でも陛下としては俺に領地以外に与える褒美は無かった。だからあの土地なんだと思う。あそこならもうこれ以上落ちないところまで落ちきっているからね」
陛下は俺に爵位を与える時誰からも文句は出ないと言っていたが、それはあの土地だったからだと思う。もし他の整備された土地だったら文句はあっただろう。陛下の顔に泥を塗るわけにはいかないから是が非でも経営は回復させる。色々考え最近そう思うようになった。
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