第16話
先にワイバーンの元に向かったミーアを俺は追った。ワイバーンが先ほどから同じところを旋回しているのでそのあたりにミーアはいるのだろう。案の定その中心、収穫が終わった麦畑にミーアが一人で立っていた。
「ミーア!」
「アスランお兄ちゃん。どうするの?」
「降りてきて貰わない事には攻撃手段はない」
取り敢えずいつ降りてきても良いように剣だけは抜いておいた。結果を考えて剣を抜いた訳ではないがよくよく考えてみれば、夕日に照らされて輝く刀身、周囲は収穫が終わった麦畑で上空から見れば茶色い土の中心で刀身が輝いて見える。光るものに目がないワイバーンがそれ目掛けて急降下してくるのは必然だった。
上空からのヒット&アウェイ、刀身目掛けて一直線だから決定打は食らってないが、こちらも決定打を与えることもできていない状況が続く。ミーアのストレスも溜まってきているのでそろそろ変化が欲しいころだった。なんと村に残っているはずのマリアとカインとシャル姫の三人がやってきた。あと少し遅かったらミーアがブレスを吐いていたかもしれないからばれなくて良かった。
「カイン!ここにシャル姫様を連れてきたら、わざわざ人気の無い場所で戦っている意味がないじゃないか」
「お前もシャルが英雄に憧れていて頑固なのは知っているだろ」
「私、これでも魔導士の端くれよ。足手まといにはならないから」
ブレスが使えないミーアと俺の二人だけだったら、地上から上空への攻撃手段が無かった。だからシャル姫が魔導士として参戦してくれたらかなり楽に戦えるのも事実だ。
「援護してくれるのは助かるが、安全は保障できないぞ」
シャル姫が魔法でワイバーンを撃ち落としてくれると助かるが、詠唱中はだれでも無防備になる。ワイバーンの動向を気にしながら詠唱中のシャル姫を護ることは不可能に近い。
「それは俺の役目だ。お前はワイバーンの動きにだけ集中してろ」
「そうです。アスラン君は前だけ見ていてください。もしもの時は私が治します」
あってはならないことだが、もし仮にシャル姫が怪我してもマリアの回復魔法なら傷跡まで消してくれるから少しは気が楽になる。とか言っている間にもワイバーンは関係なく攻撃してくる。
「ミーア、そういう事だからワイバーンの興味をシャル姫の方に移させるなよ」
「うん。わかった」
とは言え、魔法の詠唱も陣とかが光ったりして結構派手だから、ワイバーンの注意を逸らさないようにするのは至難の業だ。
「ギィギャー!」
またワイバーンが降下し始めた。だがまだシャル姫たちには気付いていない様で、俺の剣めがけてきている。だがこの剣が輝いていられるのも日没までのあと僅かな時間だけ、何としてもそれまでに撃退したい。それに何度も魔法で遠距離攻撃を仕掛けていたらそのうち気付かれる。
「シャル姫様、当てなくても良い。降下中の体勢を崩すだけで充分だ」
実戦経験が少ないためか、決まったと思った最初の一発の効果がなくて焦ってしまい、その後は外してばかりいた。
「それなら閃光を試してみるわ。合図したら視界は自分で確保してね」
「了解だ。タイミングを誤るなよ」
そしてまた猛スピードで降下を始めるワイバーン。詠唱を始めるシャル姫。俺とミーアは背中合わせで降下に構え、剣を空高く掲げる。合図とともに目をつぶる、そして衝撃音が聞こえる。ワイバーンが地面に激突した音だ。だがただの土の地面だ、それだけで絶命するほどやわじゃない。
「ミーア!今のうちに翼を砕くぞ。また上空に行かれたら厄介だ」
「分かった。ミーアは右翼」
「それなら俺は左翼だ」
やっぱりミーアはすごい。俺が剣で何とか筋を切っているというのに、素手で翼の関節を殴って粉砕していた。それからの展開は一方的だった。飛べないワイバーンは俺とミーアそしてカインも加わった攻撃に成すすべなく絶命した。
「いったい何事だ?さっきすごい音もしたし、それにみんなして村の外に集まって……」
その声の主はウィルだ。ワイバーンの死体を見つけて固まってしまった。だがすぐに再起動しウィルにあったことを話す。
「じゃあ本当に死んでいるんだね」
「そうだ。何なら解体でもしてみるか?こいつがその時の奴かは分らんが家族の仇だろ」
「そうだけど。でもここで解体できるのも、その死体を運べるマジックバックを持っているのも僕だけだからどの道僕が解体することになるんだろ」
「古くから、ワイバーンの討伐に成功したらその肉を以って宴にすると聞きます。村人たちのところに戻って私たちも宴をしましょう」
そうして俺たちはワイバーンの死体をウィルのバックに入れてシャル姫の合図で村に戻った。
俺たちが村に戻ると、最低限の荷物だけまとめて、村人たちが村を離れようと準備している最中だった。だがウィルがワイバーンの死体を取り出すと一気に歓声が起こり、皆手放しで喜んだ。そこからはウィルの解体を見守りながら、村長指揮の元あれよあれよと宴の準備が行われた。秘蔵の酒も振舞われるらしい。その様子を離れたところで見ていたら、シャル姫に声をかけられた。
「アスランさん。先ほどは的確な指示ありがとうございます」
「いえ、それより依頼主を戦闘に巻き込んでしまったのは冒険者として良かったのかどうか?」
「気にしないで下さい。私が望んで戦闘に参加したのです。断じて巻き込まれた訳ではありません」
「そう言って貰えると気が楽になります」
とは言った物の冒険者として近接戦と回復術師だけのパティーというのはどうかと思う。
「あのアスランさん。よろしければ私をパーティーに入れてくれませんか?」
「はい?パーティーとはあのパーティーの事ですか?」
「えぇ、そのパーティーの事です。もれなくカインとステラという侍女がついて来ることになるとは思いますが」
何で王族が冒険者になっているのか?とか色々聞きたいことはあるがまずは置いておこう。
「なんで今なんです?」
「本当はもっと自分たちだけでランクを上げてからお願いする予定だったのですが、今回ワイバーンの討伐に参加したことでランクが思ったより早く上がることになるので」
「ですが俺一人で決めれることじゃない。シャル姫様だって仲間と相談とかしてないんでしょう?それにここでパーティー組むって言ってもギルドで手続きしないとダメなんですから」
正直なところ壁役として前衛で戦えるカイン、後方支援ができる魔導士のシャル姫の二人が加わったら今日みたいに戦闘が楽になるから、パーティーを組むのは助かるが王族と貴族だ、他国に行ったりするとき色々制約がありそうだ。
「そうですね。それでしたら明日、ギルドの職員がこの村に来ます。その時に確認してみましょう」
「それまでに他の二人の確認を取ってくださいね」
それからは村人たちに英雄のように相手をされ、宴の主役としてもてはやされた。俺はワイバーン相手でもなんとかなる見込みがあったから戦ったわけだが、村人からしたら英雄に見えてしまうのは無理のないことなのだろう。初めて食べるワイバーンの肉は素焼きでも美味だったのだが、そこにウィルの料理の腕と調味料が加わりより一層美味しかった。疲れたミーアとミーアの世話をしていたマリアは途中で抜けて寝たのだが、主役として扱われている俺、料理人として肉を焼き続けるウィル、英雄譚に憧れ野外で宴をすることが夢だったシャル姫とカインを筆頭にその護衛達は朝まで宴に付き合うことになった。一晩食べて飲み続けてもワイバーンの肉は結構余った。
村人たちの酔いも醒め、後片付けに入ったころ近くの街からギルドの職員が数人やってきた。昨日のうちに護衛の一人が呼びに行っていたのだ。
「あなた方がワイバーンを討伐した冒険者ですか」
「そうです。これがその魔石になります」
ここは俺が代表して受け答えをすることになった。魔石の大きさに一瞬トリップしかけた職員だったがすぐに戻ってきた。
「かなりの大きさですね。これだけ大きい魔石の持ち主はさぞ大きかったのでしょう?」
「あれがそのなれの果てです」
皮は剥ぎ取られ肉も無くなっているが、骨からその大きさは予想できる。
「本当にこの人数で討伐したのですか。だとしたら私の権限だけで昇格させるのは難しいですね。先に買取の方の相談をしましょう」
「提案だが、その金をこの村の復興費に充てることはできるのか?人的被害はないとはいえ、収穫前の小麦の何割かが駄目になった」
「お金をどう使うかは冒険者の自由ですのでギルドが指示することはありませんが渡しすぎるのも盗賊被害とかの危険が高まりどうかと思いますよ」
身の丈に合わない金を持つのも危険だという事か。それなら今の俺の所持金が増えるのも良くない。ただでさせ剣闘奴隷時代の使い切れない賞金があるのだから。
「でしたら肉と魔石は俺たちが持っていきます。残った骨と皮を売った金を復興費に回してください」
肉はウィルのマジックバックじゃないと保存ができない。折角の旨い肉を売るのも腐らせるのももったいない。魔石は持っていて損はしない。だが骨と皮は今のところ必要ない。
「分かりました。査定に時間がかかるとは思いますがそのように手配しましょう。あとこれはランクの昇格に関する書類です。皆さん王都在住だという事ですので王都の支部長にお見せください」
こうしてワイバーン襲撃事件は一件落着した。ちゃっかりシャル姫がパティー登録について聞いていたが、権限も書類も無いから王都で一緒に聞いてくれと言われていた。
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