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第15話

 武道大会の決勝戦まで勝ち上がったのは、虎獣人の男と狼獣人の男だった。二人とも毎年予選を勝ち抜き、決勝トーナメントでも上位に食い込む実力の持ち主で、番狂わせなどは起こらず下馬評通りのカードとなった。ちなみにウィルも一緒に観戦に来ている。


「お集りの皆さま、ご存じの方もいるとは思いますが、決勝戦は我らが獅子王レオ陛下と公務でこの国に訪れているローランド王国のシャルロット王女が観戦なさります。貴賓席にご注目ください」


司会の声が聞こえると、観客席で両選手の登場とは比較にならない位の歓声が起こった。言われた通りに貴賓席を見れば、正装で着飾ったシャル姫の姿があった。そういえば何度もシャル姫と会っている俺たちだが彼女の正装を見るのは実はこれが二度目だ。初めて会ったあの時以来一回も正装を着ているシャル姫を見たことない。屋敷に遊びに来るときも、今回の道中も基本的に動きやすい軽装だった。


「それでは決勝戦に先立ちましてレオ陛下に一言頂きたいと思います」

「弱き者を助け、悪しき者を挫く。そのための力だ。自らの力に溺れその力の本質を見誤らないようにせよ。私が言えるのはそれだけだ」


さっきまで湧いていた観客たちも王の言葉は静かに聞き入れていた。そして決勝戦が始まるとまた歓声が沸き起こった。

 決勝戦は一進一退の攻防が繰り広げられ、手に汗握る展開が続いた。そして最後、両者ともにダウンし、このままでは決勝戦は引き分け、優勝二人という不完全燃焼で終わるかというとき、虎獣人の男が拳を天に突き上げ、残る力を振り絞って立ち上がった。その瞬間レフェリーのカウントダウンが終わり、武道大会の優勝者が決まった。


「執念で勝ったのはタイガ選手。この決勝戦を演じてくれた両選手に拍手を!」


司会のその一言で、立ち上がるのを静かに見守っていた観客から、拍手と割れんばかりの歓声が再び沸き起こった。それは負けた方の選手を応援していた者たちも同じだった。決闘というものとこんな風に出会っていたら俺の人生は変わっていたのだろうか。そう過去を思い出してしまう自分がいた。試合後、決勝戦の余韻に浸って他の観客が動かないうちにその場をあとにした。会場の外には王国から一緒にきた馬車が待機していたので、俺たちもそこで一緒に待つことにした。ほどなくして獅子王レオやその配下と共にシャル姫たちがやってきた。


「それでは私たちはこれで」

「あぁ、レグルス陛下によろしく伝えてくれ」


こうして俺たちの獣人王国滞在は幕を閉じた。三台の馬車は首脳たちに見送られ首都を出た。

 帰りも順調に進み無事に国境を越えることができた。


「ここまで不気味なくらい順調に来ていませんか?」


ある日の昼休憩の時、シャル姫がふと呟いたのだった。


「賊にも魔物の群れにも遭遇していないのですよ」

「良いことじゃないか?何か問題でもあるのか」

「何か悪いことが起こりそうな気がするのです」

「創作物の読みすぎだよシャル。滅多にないからそんな事」


カインの言うように賊や魔物に遭遇するのは創作物、それも英雄譚での話だ。


「そうだといいのですが」

「騎士団や冒険者が定期的に討伐してんだ。それに街道でこんな大所帯が襲われたら堪ったもんじゃないよ」


魔物が一匹もこの周辺にいないわけではない。馬車の存在を認識して街道から離れたところに隠れているだけだ。だからこちらから刺激しなければ襲われることはない。


「王都までの道中しっかり俺たちが見張るから心配するな」

「うん。本当に注意して見張ってね」

「というわけだ、みんな今まで以上に警戒頼むぞ!」


カインがそう指示するので護衛の兵士たちはより一層周囲に注意を払うようになった。だが最大限の注意を払う兵士の索敵能力よりも、馬車で談笑しているミーアの方が優れている。だからミーアセンサーに反応が無ければ問題が起きることはまずない。

 そのまま無事に泊る予定の村に到着した。その村は国内有数の小麦の産地で、宿としてあてがわれた建物の眼下に広がる収穫前の夕日に照らされる小麦畑を、カインと二人で眺めていた。ちなみにウィルは馬の世話を、女性陣は入浴中だ。


「なぁカイン、絶景を眺めているのにその険しい目はなんだよ」

「すまん。ちょっとシャルの言葉が気になってな」


シャル姫の言葉と言ったら昼間のあれか。賊にも魔物の群れにも遭遇せず旅が順調すぎるという話か。


「そんな事はおきないってお前が言っていたんだぞ。何で自分の言葉を信じていないんだよ」

「そんなつもりじゃないんだ。だがシャルのああいう予感みたいなものが結構的中するのも事実だから」


まぁシャル姫と一緒にいる時間は俺よりカインの方が断然長い。だから長年付き合ってきた経験からそう思ってしまうのも仕方のないことかもしれない。


「そうだとしてもお前ひとりで気にしていても仕方がないだろう。今だって村の自警団に加え、兵士たちも交代で周囲の警戒に当たっている。護衛隊長のお前が休める時に休んでおかないといざという時どうすんだよ。この絶景だってその心を癒すために眺めに来たんだろ」

「そうだな。ここには部下以外にもアスラン達もいる。今の俺に必要なのは来るかもわからない敵に神経をすり減らすことではなく、いつ何が起きても良いように心身ともに万全な状態にしておくことか」

「正規兵のお前が一介の冒険者をあてにするのはどうかと思うが、まぁそういうことだ」


それにカイン一人が気にしてどうにかなる相手なら部下数人で対処可能だ。そのことに思い至ったカインの表情は少し穏やかになった。


『アスランお兄ちゃん。西の方から何か近づいて来る。何かはまだはっきりしないけど』

『本当かミーア?距離はあとどれくらいだ』

『本当だよ。まだ距離はあるけどこの村まで来るかはまだ分からない』

『来なかったら来なかったでいい。もし来た時は対処できるのか?』

『大丈夫だよ。多分ここにいる中で一番強いミーアが、瀕死になるほどの強敵だったらこんな余裕は無いから』


それって竜の姿になったらの話だろ、ミーアが竜種であるという事実は皆には伏せておきたい。知られたらそのあとが大変だから。


『ミーア、人間の姿のままでも大丈夫なのか?』

『お兄ちゃんたちが居れば大丈夫だと思う』

『わかった。待ってるからすぐに風呂から上がって来い』

『うん』


ミーアがわざわざ念話を使ってまで俺に伝えたかった脅威とはいったい何なのか。西って言ったら今見ている夕日の方だ。このプレッシャーは何なのだ、ゴブリンキングの比ではない。それこそ竜の姿になったミーアに匹敵するかもしれない。


「おいアスラン。急に静かになってどうしたんだ?」

「感じないのか、このプレッシャーを」

「プレッシャーだと?……って何だよこれ、本気の親父と決闘したとき以来のオーラだぞ」


カインと二人で西に意識を集中させる。そして茜色に染まった空に黒い影を発見する。その影は村の方に徐々に近づき、その姿が鮮明になった。それは紛れもなくワイバーンだった。それならミーアが念話を使ってまで知らせてきた事に納得できる。


「マジかよ。シャルの奴昼間からこのことを予感していたのか」

「そんなわけあるか。今はシャル姫と村人の安全が最優先だ。お前は部下と協力して村人たちをこの建物に集めてくれ」

「分かった。お前はどうするんだ?まさか一人で戦う気じゃないよな?」

「最悪の場合はそうなるかもな。シャル姫が逃げる時間ぐらいは稼げるさ」


カインは部下のところへ走っていった。丁度それと入れ替わりで建物からマリアが出てきた。


「アスラン君、いったい何事ですか?」

「ワイバーンに襲撃されるかもしれない。それよりマリア、ミーアと一緒じゃなかったのか?」

「えっ!?アスラン君と一緒じゃなかったのですか?ミーアちゃんアスラン君のところに行くと言って先に上がったのでてっきり一緒にいるものとばかり」


どういうことだ。


『おいミーア。どこにいる、聞こえているなら返事しろ』

『アスランお兄ちゃんこそどこなの?ミーアはもうワイバーンのすぐ近くまで来ているよ』

『建物の前で待ってたんだけど。……まぁいい、俺が行くまで何もするなよ』


ミーアなら襲撃者がワイバーンだって分かった時点で飛び出していくかもしれないことは簡単に想像できることだった。


「俺はミーアのところに行く。マリアはここでシャル姫や村人たちを頼む」

「わかりました」


もしミーアが一人で戦うことになったら人間の姿のままではそう長くは持たない。もしそうなったらミーアは竜の姿になるかもしれない。そうさせない為にも取り敢えず今はミーアと合流することが先決だ。


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