第13話
今日は診療所が休みでマリアが一日中暇だというので、久々に冒険者としての仕事をしようという事になった。そして城下街に向かおうと屋敷を出たとき、街の方からカインが手下を連れてやってきた。
「アスラン、三人揃ってお出かけか?」
「あぁ、たまには冒険者の仕事をしようと思い、ギルドに依頼を探しに行くところだ」
「ちょうどいいや。一緒に城まで来てくれ」
そう言ってカインは馬を方向転換させる。
「ちょうどいいって一体何の事だ?」
「詳細は後で言うが取り敢えずお前たちに指名依頼があるんだ、陛下直々にな」
詳細は後でと言っておきながら、陛下が直々にというのはかなり重要な事なのではないのだろうか。とかいう疑問は置いておいて、俺たちは久々に城にお邪魔した。案内されたのは前回と同じ部屋で陛下とシャル姫だけがいた。
「よく来てくれたアスラン君。今日君を呼んだ理由は他でもない。シャルロットの護衛を頼みたいのだ」
「陛下、騎士団や兵士たちの中から護衛を選別することは無かったのですか?」
「無論そこのカインを隊長に護衛隊は編成する。今回シャルロットには百獣王国に使者として言ってもらう事になっているのだが、道中遭遇するであろう魔物が相対的に強くてな。そこで冒険者である君たちにも護衛してもらいたいわけなのだ」
カインが言うには俺たちに頼みたいのは道中の護衛だけ、滞在時は両国の護衛隊が担当する手筈らしい。
「分かりました。俺たちも依頼を探していたところだったので良かったです。ところで依頼料と同行中の食糧の準備はどうすべきですか?」
「何も起きなくても最低で50万バリス。魔物に襲われたりしたらその数や回数、強さなどを別途計算して上乗せしよう。心配せずともこちらで準備する。出発は二日後、それまでに準備をしておいてくれ」
その後も色々と詳細な部分を決めて解散になった。
解散になった後、ミーアに便乗して城の食堂で昼食をとり(もちろん二人分の代金は払う)、その後は城下街で買い出しをした。マリアの診療所の患者さんなのか、会うたびに老若男女世代を問わず声をかけられていた。色々買い終えて俺たちは最後の店に向かった。もちろんウィルの店の事である。
「よぉウィル、明後日から百獣王国まで護衛に行くことになったがどうする?」
「なぁアスラン、どうするって何にのことだよ」
「仕入れだよ。行先は百獣王国、言ったことないだろ?」
ふつうに商人していても他国と取引できるほどに成長するには時間がかかる。折角だからついて来ないかと誘ったのだ。
「その誘いはありがたいが護衛の仕事だろ。そこに戦闘素人の僕がついて行って問題ないのか?」
「戦えないやつが一人増えても問題はない。それにウィルには道中の料理人という立派な仕事がある。食糧は向こうが準備するらしいが味気ない物になるだろう。だがミーアが何日もそんな食事に我慢できると思うか?」
「そういわれたら納得してしまうが、そもそも依頼主の許可はとれるのか?」
「大丈夫だ、もうすでに取ってある」
実は話し合いの時にシャル姫に聞いたら、ウィルの料理に虜になっていたためすぐに許可が下りた。その時食糧の準備はできても調味料の準備はできないからと言われている。
「わかった。店が軌道に乗り始めてきたが、滅多にない機会だ。アスランに同行しよう」
「ありがとう。集合は明後日の朝、城門の前だ」
そうしてウィルという道中の料理人を得た俺たちは屋敷に戻った。明日は一日諸々の準備に充てることになった。
翌朝俺たち四人以外で集合場所に集まったのはシャル姫と侍女、カインを中心とした護衛隊10人と馬車二台の御者だけで、他国への使者としてその人数で良いのかと思ってしまうほど人が少なかった。
「カイン、本当にこの人数だけで行くのか?」
「そうさ。友好国に行くわけだから、それも新興国家だからな。国賓を招くことって金がかかることなんだ」
だからって使者といえる立場の人がシャル姫一人というのはどうなのだろうか。だがそれもそこまで重要な話し合いがあるわけないらしいので、王女という申し分ない立場と権限があるシャル姫一人だけで十分らしい。
「マリアちゃん、アスランが王女様の護衛になったなんて聞いていないよ」
「言っていませんでした?護衛依頼が入ったって」
「てっきり商人の護衛とばかり」
隣でウィルがマリアに愚痴っているがバカかこいつは。何で商人の護衛に他の商人を連れて行くことになる?知り合いの商人を同行させて損をしない人間を考えれば依頼主がどういう立場の人間かすぐに分かるはずだ。それにそういった立場の人間は独自のコネクションで護衛を雇う。そう考えたときに俺に声をかける人間は限られてくるはずだ。マリアに同じことを言われウィルはひどく落ち込んでいた。
「さぁ、皆さん参りましょう」
シャル姫の号令で三台の馬車は発進した。先頭は俺たちの乗っているウィルの馬車、引くのはジョージとその相棒マッケンジーだ。今回クロとシロの二頭はお留守番である。そのため俺も馬車に乗っている。馬車に乗っていても外で偵察するより精度の高いミーアセンサーがあるのでいざというときはすぐに対応できる。二台目の馬車にはシャル姫とその侍女が乗り、最後尾三台目に護衛隊の乗った馬車だ。
それから四日後、無事に国境を越え一つ目の街に到着した。国境と言っても地形的な特徴はそこまでなく、魔物の強さが段違いに上がっただけだ。それでもまだ王国領内だったこの四日間、何度か魔物に遭遇したが無事に撃破できた。それに宿をとる街や村は決まっていたので野営することは無かったが、昼休憩はどうしても道中でとる必要があり、ウィルの料理を始めた食べた人たちは野外でこんなに旨い物が食えるのかと感動し、屈強な護衛の男たちもお替わりを遠慮していたが、それでも慣れたのか四日目は遠慮なくお替りしていた。ウィルのつくる量は増えるが、食材自体は国が用意してくれているので財布はあまり痛まないから遠慮してもらう必要はない。この街はローランド王国からの玄関口で王国からの商人や旅人の姿も見受けられるが、圧倒的に獣人の割合が高かった。交易都市などで何度か獣人を見る機会はあったが、ここまでたくさん街にいる光景を見るのはこれが始めてだ。
「ここまで来るのに約50年ですか、しっかり次世代に引き継がなければなりませんね」
「そうだなシャル。俺たちの世代でこの関係を壊したら駄目だ」
これはこの世界の人類史の汚点なのだが、獣人はその姿から忌み嫌われ、強欲な人間が嫌ったはずの身体的特徴を欲しがり彼らの奴隷として扱われてきた過去がある。そのことをドラゴンであるミーアに伝えたら、言葉で意思疎通ができるのにどうして?と自分たちと似たような境遇に同情していた。そして50年前にミーアと同じ疑問を抱いていた当時のローランド王国の国王が国内での獣人奴隷を廃止し、その波が長い時間をかけて世界に広がり、そして約15年前獣人族の国家百獣王国が建国された。そしてなぜ百獣王国に強い魔物が多いかと言うと、迫害されてきた彼らが集団で暮らせる場所とは人が近づかない場所という事で、元々人より戦闘力が高く、環境の変化にも強い獣人は自分たちには脅威ではないが、人間にとっては脅威となり得る魔物の勢力圏が一番の安全圏ととらえそこで生活してきたのだ。
俺たちはその街で百獣王国が手配した護衛隊と合流し、翌日から二日間かけて首都へ向かうことになった。その護衛隊、わかってはいたが犬、猫、兎などの様々な種族の獣耳集団だった。百獣王国側の護衛が到着したので往路の依頼は完了したことになったのだが、折角なので一緒に首都に向かうことにした。それにその方がウィルの仕入れ作業がはかどると思ったからだ。それにしても流石は獣人族だ。カイン達が認識できない距離から魔物を認識していた。それでも馬車の中からのミーアセンサーには敵わないようだ。そのまま無事にその日の野営地点に到着した。そこでウィルが作ったのはカレーだった。実は昼にあのスープを出して、獣人族の護衛達に好評だったので本物を作ることにしたのだ。だが人より臭覚が優れている獣人族にとって香辛料が効きすぎた料理は全体的に苦手らしい。ただ食べられないわけではないので普通に食べていたが、食後の臭いに敏感になっていた。そして、翌朝からの旅も順調に進み、無事に首都に到着した。
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