第11話
部屋にいる皆が見守る中、ベッドで横たわっていた陛下はゆっくりと、だが力強く起き上がった。
「さっきまでの悪夢が嘘のようだな」
「陛下、動かれて大丈夫なのですか?」
「問題ない」
見たところ後遺症のようなものは感じられない。本当に解毒できたようだ。
「娘の命だけでなく、私の命までも助られるとは、これは褒美を見直さないといけないな。ジルバあとは任せたぞ。私は溜まった仕事を片付ける」
そういって陛下は寝所から出ていった。
「カイン、お前は彼らを連れて先に屋敷に戻りなさい。明日陛下が呼ばれるまで屋敷で待っていてもらいなさい。私はまだ調べなければならない事がある。……君たちのお陰で陛下は救われた。領都の屋敷と比べたら手狭だが寛ぐことはできるだろう」
「わかりました。ですが父上、こんな時間からまだ何を」
「知らなくてよい。……いや当事者であるお前たちには教えておくか。君たちも聞いておいてくれ。王女の乗った馬車が襲撃された件と陛下が毒を盛られた件。王族が狙われる事件が連続で起きる偶然があると思うか?言いたいことはそれだけだ。今日はもう遅い、早く帰って休みなさい」
これだけ情報がそろったら馬鹿でもその先の仮設に辿り着く。だが一体誰が何を思ってやったのだろうか。それを調べるのは俺たちじゃない。俺たちは言われた通り城を出て、カインの王都の屋敷にお邪魔した。この屋敷には領都にあるような立派な浴場はないが、城下町の方に行けば共同浴場があるというのでそっちで汗を流した。そのあとは屋敷で食事をして夜を明かし、城に呼ばれるまで待機した。
その日の昼食を食べ終えたころ、城から使いがやってきて褒美を受け取りに来てくれとのことだった。本当ならば多くの臣下の前で褒美を授けるのが礼儀なのだが、ことが事だけに陛下たちはひっそりと行いたいらしい。その方が服装は自由で良いのでありがたかった。そして案内された場所には、国王と王妃とシャル姫、そしてローレンス侯爵と屋敷からついてきたカイン、俺たちの四人の9人しかいなかった。
「昨日は名乗ってすらいなかったな。私がローランド王国国王のレグルスだ。改めて礼を言おう、君たちのおかげで助かった」
一国の王がただの冒険者に頭を下げるという光景がそこにあった。
「レグルス陛下。その気持ちだけで充分です。どうか頭をお上げください」
「下げさせてくれ。父娘そろって助けられたのだ。王であっても父として頭を下げるのは当然だ。……それと褒美の件なんだが、このようなこと自体前例がなくてな。一晩何が良いか考えていたがなかなかいい物が出てこない。そこで提案なんだが、一人につき一つ私にできる事なら何でも願いを叶えてやることにしようと思う」
そうきたか。てっきり決まったものを渡されると思っていたが、王族二人の命にかわるものなど物などありはしないか。
「それでしたら陛下、王都の近辺で安全な旅の拠点を用意しては頂けないでしょうか?ご存じの通り俺たちは冒険者です。今までは宿を借りて旅をしてきましたが、これからはこの国に拠点を置いて活動しようと思いました。ですが依頼によっては留守にすることもあります。その時、安心して留守にできる拠点を探していました」
「君はアスランだったな、よかろう。すぐに適当なものを見繕い案内しよう」
俺の望みは言った。三人は何を頼むのだろうか?というか名乗ってないのに名前を憶えてもらっていた。
「私には城下町の診療所で働く機会をください。教会で回復魔法をかけるほどでもない人たちを癒す診療所があると聞きました。王都にいる間そこで治療する機会を下さい」
「本当にそんなことを褒美として望むのか?」
「回復術師として、治癒者として上達するには研鑽あるのみです」
「良い心がけだ。診療所で沢山研鑽を積むがよい」
マリアらしい望みだった。そもそも彼女の旅の目的が回復術師としての修行だ。日々怪我人や病人がやって来るという診療所は彼女にとってかっこうの修行場所だ。
「ミーアはおいしいご飯をいっぱい食べたい」
食欲に忠実なミーアだった。陛下も含めその場にいる皆が笑顔になった。
「ミーアと言ったか、可愛い望みだな。いつでも王城の食堂に食べに来てよいぞ」
まだ、望みを言っていないのはウィル一人となった。
「あとはその方の望みだけだが、望みは無いのか?何でも良いぞ、望むなら法衣貴族にすることも可能だ」
さっきから突っ立ったまま何一つ動かないウィルだが、よく見ると緊張の余りたったまま気絶し固まっていた。
「陛下、その男緊張で口が利けないようなので、俺が彼の望みを代弁しても良いでしょうか?……そいつは商人ギルドに登録している行商人でいつか商会を立ち上げここ王都に本店を置くことが夢だと話していました。ですが最初から一等地を与えても商才が無ければそれまでです。ですので、隅の方に店を構える機会を与えて貰えないでしょうか?」
「そこから潰れるか、成功して一等地に本店を構えるかはそいつの商才次第と言う事だな」
「そういう事です」
「よかろう。手頃な空きテナントを見繕っておく。すべての望みの物は明日までに用意しておく。それまでは城下町の方を見て回って来るのが良いだろう」
そうして俺たちはその部屋を後にした。カインは騎士団の訓練があるらしいので城門のところで別れ城下町に繰り出した。日暮れまでにここに戻って手形を見せれば、カインが一緒にいなくても屋敷に戻ることができるそうだ。
俺たちがいなくなった部屋で陛下が呟く。
「なぁジルバよ。あの青年どこかで見たはずなのだが思い出せんのだ」
「人違いではないでしょうか?彼らは帝国からやってきたという話です。まずお会いする機会がございません」
だが、最側近のジルバ=ローレンスはあり得ないと述べるのであった。
一方その頃、城から離れ城下町に出て、ようやく固まっていたウィルが再稼働した。辺りを不思議そうにきょろきょろと眺め、自分に何が起こったか覚えていないようだった。
「良かったなウィル、夢がかなって」
「夢?何のことだ」
「覚えていないのか?陛下とシャル姫を助けた褒美として、王都の空きテナント用意してくれるそうだ。これで王都に本店をもつ立派な商人じゃないか」
そう伝えると、屋台で買った飲み物でウィルが咽た。
「それ、僕の夢での出来事じゃなかったの」
「現実での出来事だぞ」
「そしたら、アスランが拠点を得たことも、マリアちゃんが診療所で働くことも、ミーアちゃんが城の食堂食べ放題なのも全部夢じゃなかったの!」
ウィルの奴、あの部屋での出来事をすべて夢の中での出来事として自分に言い聞かせ納得させていたようだった。
「アスラン君、そろそろ日が暮れてしまいますので早いこと屋敷に戻りましょう」
マリアにそう言われ空を見上げると、夕日で雲が赤く染まっていた。速足で門を抜け、屋敷に戻った俺たちを訓練から戻ってきていたカインが出迎えてくれた。
「城下町はどうだった?」
「活気ある良い街だったよ。俺たちがいたのが丁度夕食の買い出し時だったからか、市場はご婦人方でいっぱいだったな」
「そうか、今度は別の時間に行ってみたらどうだ?時間帯によって顔が変わるのが王都の特徴さ」
その日はそのままどこにも行かず、屋敷で夕食を食べ、屋敷の風呂に交代で入り、夜を明かした。この時はまだ拠点にあんなものが用意されているとは誰も知りはしなかった。
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