第10話
屋敷で出された朝食はトーストにベーコンエッグとコーンスープ、そしてフルーツの盛り合わせとシンプルな物だった。朝食の後は侯爵夫人に見送られ二代の馬車で王都へ向け出発した。ここから馬車を走らせれば半日もしないうちに王都の外周部に着くらしい。俺とカインがそれぞれの愛馬に跨り、馬車を先導して王都に向かった。
「なぁカイン、シャル姫はお忍びで何を見て回っていたんだ?」
「民間伝承を聞いて回っていたんだよ。女のくせにって言うのは偏見かもしれないが子供の頃から英雄譚が好きでな、それで各地に伝わる伝説や逸話を収集するのが趣味なんだよ」「民間伝承か、同じ国内でもそんなに内容が変わるものなのか」
「そりゃ建国当初から国土が変わっていないわけではないからな。それに建国時も様々な部族や民族が集まって国を興しているわけだから、それぞれの伝承があっても可笑しくはないだろう。それでも共通する伝承があるらしく、かつてはドラゴンと共存していたって話だから。今となっては信じがたいがな」
「そうだな。これは知り合いから聞いた話だが、ドラゴンとワイバーン両者の姿は似ているが全くの別物らしいぞ。英雄譚に精通しているシャル姫なら納得してくれると思うが、そこに出てくる英雄の騎竜として共に行動したり、秘境に住み英雄に知恵を授けたりして理解し合えるドラゴン。田畑を荒し、家畜を食らい、自然を破壊し英雄に退治されるドラゴン。知り合い曰く、前者が本当のドラゴンで、後者がただのワイバーンだという話だ」
もちろん知り合いとは本物の天空竜であるミーアの事である。
「その話、絶対にシャルの前ではしないでくれよ。シャルの奴あぁ見えて子供の頃は俺を含め同世代の仲間たちと剣を振り回していたんだぜ。魔法の才能が有ると分かってからはそっちに時間を割いて今では剣を振ることは無くなり、王女としての自覚が芽生えてきたんだ。そんな話を聞いた暁には立場を忘れ、遺跡探索者や考古学者になりかねない」
「失礼ね。私だって自分の立場ぐらいわかっているわよ」
後ろを向くと馬車の御者台から顔を出したシャル姫が叫んでいた。
「いったい何処から聞いていた」
「そんな話の辺りからね」
「なんだ、どんな話か分かって無いのかよ」
「分かっているわよ。だってこっちでも同じ話をしていたもの。ドラゴンとワイバーンが別物だって話と、竜の里の話でしょ」
どうやら馬車の中でも同じようなことが話されていたようだ。
『ミーアが天空竜だって事は言ってないよ。マリアお姉ちゃんに駄目って言われたから』
『マリアに助かったって伝えてくれ』
さすがはマリアだ。いくらミーアの為に竜の里を探しているとはいえ、こんなところでミーアの姿は竜が人間に変化したものだってばれるのは危険だからな。
「竜の里って何だ?それも知り合いの話か」
「それは俺の考察だ。考えてみてくれ、ただの作り話が伝承として何世紀も語り告がれるわけないだろ。だったらその時代にはドラゴンとの交流があったはずだ。だが今はワイバーンによる被害は結構あるのにドラゴンの目撃情報なんてない。だから人の辿り着けないような所にドラゴンの隠れ里のような場所があるのかもと思っただけだ。まぁあったら良いなのレベルだがな」
考察なんて言うのは嘘だ。実際ミーアがそこから来たわけなんだから存在しているのは確かだ。
「大層な考察だな」
「だから言ったろ、あったら良いなのレベルだって。それに俺は冒険者だ、その類の話にあこがれてしまう性なんだよ」
俺たちがこうして気楽に会話をしていられるのは、街道沿いは騎士団と王都の冒険者が合同で定期的に魔物の討伐を行って、魔物がいないからだ。だから道中ウサギ一匹見当たらなかった。そして賊に襲われる事も無く王都に到着し、俺たちの馬車は城下町の方は通らずに直接城に乗り入れた。
さすがは大国の王城、侯爵の屋敷もすごかったがそれとは比べ物にならないほどのオーラを感じる。今から演説でも始まるのか城の敷地内は兵士でいっぱいだった。
「なぁカイン。演説でも始まるのか?そうじゃなかったら城の中っていつもこんなに兵士たちが駆け回っているのか?」
「いや、そんな事はない。いつもはもっと静かだ」
カインが見てもこの城の兵士の数と騒がしさはおかしいことらしい。カインはその場にいた兵士を呼び止めて事情を聞いた。
「おい!そこのお前この騒ぎは何だ!いったい何があったというのだ」
「陛下が毒を盛られたのです。カイン様に王女様もこの非常時にどちらにいらしたのですか」
「どういうことだ!父はいったい何している!」
「お父様は、容態はどうなのですか?」
「総帥は現在兵を指揮し毒の出所を探っています。陛下は医薬部の尽力の甲斐あって毒の進行を食い止めることには成功していますが、解毒剤を調合するための薬剤が足りないとのことです。詳細は寝所にいる総帥にお聞きください」
それを聞き力なく倒れるシャル姫、カインが隣で支えて何とか立っている。
「アスラン、すまないがお前たちも寝所まで一緒に来てくれ。もしかしたら力を借りることになるかもしれない」
「良いのか、部外者が王の寝所までついて行って」
「緊急事態だ。責任は俺がとる」
緊急事態の時こそ、部外者は関わらない方が良いのではないのだろうか。
「私からも……お願い…………します」
「シャルもこう言っているんだ。とにかく行くぞ!
」
満身創痍のシャル姫に頼まれたら仕方がない。俺たちはカインの先導で王の寝所を目指した。
城内も兵はいたが、皆自分たちの仕事で手一杯でそばにシャル姫とカインもいるからか、誰にも俺たちの存在を指摘されることなく王の寝所に辿り着いた。そこにはベットに横たわる王とそれにしがみ付く女、王の世話をする医者らしき老人、それを見守る武官らしき男の三人がいた。
「父上、ただいま戻りました。陛下のご容体は?」
「カインか、よく戻った。見ての通り思わしくない。シャルロット王女も一緒だな、お前は彼女を自室に連れていき支度させろ。侍女たちを待機させてある」
どうやらこの武官らしき男がカインの父親。ジルバ=ローレンス侯爵その人らしい。
「父上、いったい何をなさるおつもりですか?」
「良いかよく聞け、御殿医いわく陛下が盛られた毒は死ぬことはないが徐々に自我を奪う物らしい。幸い今は緩和させる薬で意識を保てているがいつ効果が失われるか分からない。そうなる前に、陛下の意識がある今のうちに即位式を行う」
「そんな……お父様、私に王は務まりません。あの王座はお父様の物です」
シャル姫は王の枕もとで涙ながらに懇願する。
「シャルよ。よく無事に戻ってきてくれた。これで私は楽になれる」
「弱気になられては駄目です。必ず助かりますから、強気でいてください」
「そうですよあなた。私そのような弱気な男の元に嫁いだ覚えはありません」
シャル姫に寄り添って王のそばにいるのは王妃のようだ。
「厳しいことを言うな。だが特効薬がないのだから仕方がないだろう」
「陛下、正確には特効薬を作るための薬剤がないのです」
「だから今、兵士たちが王都中の薬屋に探しに行っているが、時期的にどこの薬屋も取り扱っていないらしいのだ」
「かなり貴重な薬剤ですから」
「それにもし見つかったとしても私が意識を保っているうちに間に合わないだろう」
王の言葉に泣き崩れるシャル姫、苦虫を噛み潰したような顔をするカインとその父。この重たい空気の中で俺たちにいったい何ができるというのだろうか?
「父上、その足りない薬剤とは何なのですか?」
「雪月華という花の球根らしい」
「それならなんとかなるかもしれません」
「どういうことだ!と言うかお前たちは何者だ!?」
雪月華と言う花の名に何か心当たりがあるのかマリアが一人つぶやき、そのつぶやきでようやく俺たちがいることが分かったのか、ローレンス侯爵が声を荒げ剣を抜こうとした。
「待ってくれ父上、彼らが賊に襲われたとき加勢してくれた旅人たちだ。中でも彼女は何の毒なのかも分からない状況で、症状だけで毒を当てその場で解毒薬を調剤した薬のエキスパートだ」
「そこまで評価されるほどではありませんが、彼らの毒を直したのは私です」
「もし彼女が雪月華の球根を持っていたとしても、そこから薬効成分を取り出し、特効薬を作ることがどれだけ大変で時間のかかる作業か分かるのか」
「その心配には及びません」
そう言いながらマリアはマジックバッグの中から小瓶を取り出した。
「ここに薬効成分を取り出した液体があります。……あと必要なものはこれとこれとこれ、と言ったところでしょうか?」
「何故だ、何故わかる。私は一言も他の薬剤の事も毒の名も言っていないのだぞ」
「雪月華の球根が必要な薬はいくつかあります。その中でも精神汚染系の毒に効く物を作り出せるのはこの組み合わせのみです」
「完璧だ。そしてどの薬剤も状態が素晴らしい」
医者はマリアが取り出した薬剤の状態とそれを選択した理由に感動していた。
「それで御殿医、その娘が持っているもので陛下を直す特効薬が作れるのだな?」
「もちろんです。御殿医の名に懸け必ず直して見せます」
そう言って医者はマリアの持つ瓶を受け取ろうとした。だがマリアはそれを渡さなかった。
「今、あなたが陛下の元を離れるのは良くありません。特効薬は私が調剤します」
そう言いだすや否や、マリアはマジックバッグから調剤用のセットを取り出し、切って潰して絞って熱して冷やしてと繰り返して調合を進めた。
「は、早い。どうして魔導具を使わずにそこまで正確に調剤できるのだ!」
「練度です。私に薬学をおしえてくれた師匠いわく、昔は魔導具なしで調剤していたんだ。だったら今を生きる私たちもできるはずだ。と言う事らしいです。……できました。」
マリアはしゃべりながらも手は止めずに調剤を続け、特効薬を完成させた。それを受け取った医者はすぐに陛下に飲ませた。
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