第1話
初日に読んでいただいた皆様、明けましておめでとうございます!初めましてK・Nです。令和2年元旦から連載作品『元剣闘奴隷の冒険譚』を投稿開始します。
俺はアスラン、しがない剣闘奴隷だ。ここ、ギーラ帝国の国営闘技場(裏)に収容されたその日から闘い漬けの日々が始まった。最初の相手はゴブリンだった。幸い、俺には剣術の才能があったので無事に勝利することができた。それからはゴブリンやオーク、ウルフにスライムその上位種のモンスターと毎日のように闘わされ、多い日には一日5連戦なんて事もあった。勝ち続けるにつれて相手がモンスターから人間へと変わっていった。生き残るために必死だった俺は人を斬ることに抵抗は無かった。元盗賊に始まり、死刑囚や滅ぼした国の元将軍、中には軍規違反を犯した自国の軍人なんかもいた。ある時は物好きな貴族が手下を臨時参戦させた事もあった。気付けば五年の時が経ち、俺は連勝記録を更新し続けて、昨日ついに五千連勝を達成してしまい剣闘奴隷から解放された。ただ、五百連勝を超えたあたりから数えるのが面倒になった俺は最近まで自分が何勝しているのか忘れてしまっていた。それに俺はここでの生活は嫌いじゃなかった。勝ち続けることで飯や寝床の質が良くなっていくし、入浴も許されるようになった。しまいには武器も専用のものを用意されるようになっていた。俺自身はこのまま剣闘奴隷を続けていてもよかったのだが、国が定めたルールによって、俺は剣闘奴隷から解放されることになった。
「お前さん、これを持ってさっさとここから失せな」
俺を闘技場の外まで案内してくれた老婆はそう言いながら皮の袋と布に包まれた棒のようなものを投げつけてきた。袋の中にはかなりの額のお金が詰まっていて、棒の包みを解くと俺が愛用していた片手用直剣が入っていた。
「お前さんが稼いだ賞金の一部とお前さんが使っていた剣だ。金の方はまだ全額じゃないから身分証をこの街のギルドか役所で作ったらこの書状を見せな、そしたら残りが振り込まれるようになっているから。剣の方はわしら職員からの選別じゃ。お前さんがこの先どんな人生を送るかは知らんが、使い慣れた剣を持って行って損はせんじゃろ」
老婆一人に見送られ、俺は成長期の大半を過ごした国営闘技場をあとにした。目指すは冒険者ギルド帝都支部。冒険者になれば関所で払う税金が安くなるし、国境を越える時、面倒な手続きをしなくてもよくなる。そしたら適当に依頼でもこなしながら他の国にでも行ってみよう。幸い、使い慣れた武器も手元にあるし、それに対人、対魔物戦闘合計五千勝は他の誰にも真似できない経験だと思う。そんなことを考えているうちに、俺はギルドの建物の前までやってきていた。
時計台の鐘が鳴ったので時刻はだいたい午前十時、ほとんどの冒険者が依頼で街の外に出ているからか建物内部の人口密度はそれほど高くはなく、受付も疎らに空いていたのでその中でも一番暇そうにしていた受付嬢に声をかけた。
「すいませーん。ギルドカードの新規作成をしたいのですけど?」
「あっ、それでしたらこちらの紙に必要事項をお書きください。手数料として100バリスかかります」
手持ちに余裕のある俺は適当に袋から大銀貨一枚を取り出しお釣りの900バリス分を銀貨9枚で貰い、一緒に受け取った紙に、名前に年齢、性別、種族のほかに特技という欄があったのでそこには剣術と書いて渡した。
「ありがとうございます。5分ほどで戻りますのでこの冊子を読みながら待っていてください。」
渡された冊子は冒険者ギルドの説明書のような物だった。そこにはランクはGから始まりF~A、Sと依頼数をこなしたり魔物の討伐数を増やしていけば上がっていくことや、Bランク以上になるには別に試験を受けなければならないこと、依頼は自分のランクの一つ上の難易度の依頼しか受けられないこと、パーティーを組めばその限りではないこと、自分のランクより下の難易度の依頼は何度受けてもランクの査定に加点されないこと、失敗したら違約金が発生すること、ギルドカードには依頼の達成回数や失敗回数、魔物の討伐数などが記録されることなどが事細かに書かれていた。裏に走っていった受付嬢は本当に5分ほどで戻ってきた。
「えっと、アスランさん。こちらがあなたのGランクカードになります。最後に裏面の陣に触れて魔力を流してください。ありがとうございます。これでこのカードはあなたのものになりました。所有者固定の魔法がかかっていますがなくさないで下さいね」
「わかった。それと、ギルドカードをつくったらこの書状を渡せって言われてるんだけど?」
「書状ですか、お預かりしますね。……ってこの封蝋の印璽、帝国政府のものじゃない!すいません。私一人では対応できませんので今から支部長のもとに案内するのでついて来てください」
そして案内された部屋には小熊が鎮座していた。正確には身長は1メートル程と小柄だが、筋肉隆々で若干白髪の混ざった髭面のドワーフである。
「お主がこの書状を持ってきたアスラン君じゃな。初めまして、儂がここの支部長をしているバルダ、ドワーフじゃ。」
バルダと名乗った支部長は受付嬢から受け取った書状を読みながら、見た目からは想像できそうにない物腰柔らかな口調で語りかけてきた。
「確認するがお主は自分が剣闘奴隷時代に稼いだ賞金の総額は聞いているのかね?」
「いいえ。知らされていませんが手元にはだいたい100万バリスほど渡されているので多くても500万バリスほどじゃないのですか?」
「そうか、知らんのか。18億7694万5230バリスじゃ。あまり驚いておらんようだが、そこらの小国の国家予算並みじゃぞ。儂も長年この仕事をやっているが、お主ほどの金持ちと会うのは初めてじゃ。というか今手元にある端数の約95万バリスだけで一人前といわれるCランク冒険者の平均年収に匹敵するぞい」
そんなこと言われても今までお金とは無縁の生活をしてきた俺だ、どんな例え方をされても“へぇーそうなんだー”程度の感想しか出てこない。まぁかなりの金額だということだけは理解した。
「その金はお主のもんじゃし、その使い道についてとやかく言うのもあれじゃが、金は使える時に使え。儂からお主に言いたいことはそれだけじゃ。それに今更魔物との戦闘についてお主に言う必要もないじゃろ」
「使える時に使え。ですか……」
「そうじゃ、武器や防具の修繕費にしたり、教会やまっとうな孤児院に寄付をしたり、それこそ好きなように使え。うまい飯の為に使うのもありじゃな」
そうだな。自分一人でこの大金使い切れるはずがない。使わずに無駄にするぐらいなら必要としているところに寄付するのは良いことのはずだ。
「バルダさん。ご忠告感謝します」
「礼なんかいらんさ。それよりもお主ランクを上げるなら帝都は止めておけ。ここにある依頼の殆どが商人の護衛依頼ばかり。城壁の外にはウサギ一匹すら生息してないし、薬草などの採集だって群生地に行って帰ってくる間に他の街に着いてしまう。それなら後者の方が得じゃろ。ここからなら西門が一番近いはずじゃ」
「わかりました。それじゃあ」
「あぁ、達者でな」
ギルドを後にした俺は入口の目の前の屋台で売られていたウサギ肉の串焼きを頬張りながら西門を目指し歩いた。すると門のすぐそばに教会があったので少し寄ってみることにした。さっきギルドでバルダさんに言われたからっていうわけではないが、これからの旅の安全祈願でもしようかと思ったからだ。
教会の外壁は白一色塗られていたが、内部は逆に鮮やかな硝子工芸で彩られていた。教会の中には治療院が併設されていて、見習いらしき修道女たちが薬箱を抱えせわしなく動いているのが目に入った。
「ねぇ、そこのお兄さん。願いの石は持ってる?」
「いや、持ってないけど。何だそれは?」
「北方聖教の信者の証って程のものでも無いけど、女神様にお祈りする時に必要なものだよ。教会の物は悪徳商人が売ってるまがい物と違って、女神様に祈りが届けば石が光るようになっているのよ」
信仰心を集めるためのパフォーマンスの一種のようなものか。どこからどう見てもその辺に転がっているただの石にしか見えないその願いの石とやつに、そのような力があるとは思えないからな。
「お兄さん、今、信じてないって顔してる。これに救われたって人結構いるのよ。森の中で迷子になった子供が、石の放つ光の方へ向かったら無事に村にたどり着いたとか、亡き妻との思い出の品をどこに保管していたか忘れてしまったお爺ちゃんが、夢のお告げの通りに行動したらその品が見つかったとか。これ全部本当の話なんだからね」
「わかった。そこまで言うなら一つ貰おう。いくらだ?」
「いくらって教会が定めている金額はないけど、みんな100~1000バリス程度の寄付をしてくれているね」
俺は修道女に2000バリスを渡し、首から下げるタイプの願いの石を貰い、女神像が置かれている祭壇の間に入った。祭壇の間は他の場所と比べると薄暗く、これは女神像を際立たせるためと、願いの石が光った時にわかりやすくするためらしい。祭壇の間には長椅子に座り女神像を見つめている老婆や安全祈願にきた商人や旅人、様々な人が祈りを捧げていた。中でも俺の前で永遠の愛を誓っていた男女は、自分たちの願いの石が光ってその場にいた人から拍手や祝いの言葉を送られ、照れくさそうにしていた。自分の番がきたので俺は願いの石を握りしめ祈り捧げた。すると石が急に熱くなり、握りしめた指の隙間から光が漏れ出していた。石の熱さに耐え切れず手を離してしまった俺は石の光の奔流に意識を奪われてしまった。そして気が付いたら目の前にはさっきまで祈りを捧げていた祭壇の間ではなく、知らない空間が広がっていた。
その空間を一言で表すとすれば『無』という言葉が一番しっくりくるだろう。なぜか服を着ていないし、よく見ると自分の体が透けていた。試しにあちこち触って確かめてみたが首が回転したり、手が胸を貫いたりすることはなかった。
「王の器をそなえし者よ。ようやくお会いできました」
空間が揺れそこから現れたのは教会にあった女神像によく似た女だった。いや、彼女の方があの像のモデルなのだろう。
「あなたが俗にいう女神様って存在か?」
「そう……、人々はまだ私の事を女神と思っているのね。それもそうね。私がまだ存在できているってことは、信仰が失われていないって事だから……」
やっぱり彼女が女神らしい。なんか色々問題を抱えてそうな感じだが、このまま放っておくと永遠と自分語りを続けそうだったので、勝手に遮ることにした。
「なぁ女神様よ、あなたが今何を思っているのかは知らないが、ここは何処で、俺の身には一体何が起こっているんだ?」
「そうね、私の像に祈りを捧げていたあなたの精神だけを私の住む空間に召還したって事になるかしら。他に聞きたいことはある?」
「あぁ、精神が抜けた俺の体がどうなっているかとか、王の器とは何だとか、俺の人生はどうなるのかとかな」
今の俺が知りたいのは単純すぎると自分でも思うがただそれだけだ。実のところは一瞬の出来事にまだ理解が追い付いていないだけだったりする。
「まず一つ目の答えだけど、あなたの体は今も教会にあるわ。でも安心してこの空間に時間という概念は無いから体に戻っても周囲から怪しい目で見られることはないわ。次に二つ目の答えだけどその言葉の通りあなたはいずれ王となる運命にあるって事よ。そしてこれは三つ目にも大きく関わってくるわね」
「俺が王になる運命って嘘だろ。つい先日まで闘技場で闘っていた元剣闘奴隷だぞ」
「嘘ではありません。あなたがこの先どうな選択をしても王になるのは確定事項です」
ようやく新しい人生が始まろうとしていた矢先に、また他者に人生を決められるのだろうか。俺の人生ってその程度の物なのだろうか?
「ただ、あなたがどのような王になるのかはまだ私にもわかりません。世界を滅ぼす暗君となるのか、皆に慕われる明君となるのか。だからこそあなたの今後の行動や選択が重要なのです」
「わかった。比較的自由に行動できるんだな?」
「えぇそうよ。でも明君になりたかったら世界中を旅して仲間や友達を増やすことね。それがいずれあなたの助けになるはずだから」
「あぁ、そうさせてもらう。だが何故にここまで肩入れするんだ?」
「それは……またいずれ別の機会に。今回はもう時間入れね」
その言葉を最後に俺は再び意識を失い、そして気が付いたら教会の女神像の前だった。
いかがでしたでしょうか?元剣闘奴隷アスランの冒険者としての新しい人生は。目指すのはありきたりだけどちょっと違うというものです。彼の人生を一つの軸として、たまに周りの人物が主役の物語も書いて行こうと思います。応援よろしくお願いします。