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第四部:王命

「よく来てくれたな」


 謁見の間。

 絢爛豪華な装飾が施されたその空間は、今は酷く静かなままだ。

 それもその筈。今居るのは俺達四人に王のみ。他の王族は皆仕事に励み、王妃も席を外している。

 貴族達は立ち入ることを禁止され、もしも無理にでも入ろうものなら即座に処断されるだろう。目の前の王が短絡的であるとは思わないが、思い切りが良いとは思っている。

 俺達全員が静かな緊張を孕んだまま日々を過ごし、既に一週間は経過した。その間にアンヌは慌てに慌て、俺とナノは彼女を落ち着かせるのに随分難儀な思いをしている。

 反対にハヌマーンの方はかなり落ち着いていたものの、その四肢は普段とは異なる揺れを見せた。それが彼なりに慌てている証拠であり、実際に彼も顔に出さないまま緊張している。

 

 これがハヌマーンに関することだけであれば、俺ももっと二人を宥めることに時間を費やしただろう。

 だが、実際はそうするだけの余裕を俺は持てなかった。理由など、たった一つしかあるまい。

 思い出すのは自室に置いて行った一枚の紙。王のシンボルである横を向いた金の狼が封蝋された封筒の内部には、ナノが教えてくれた通りの情報が記載されていた。

 あの手紙もナノが俺が居ない間に専属騎士から貰い受けた代物であり、当然ながら貴重な物だ。

 内容はもとより、その紙自体にも効果がある。偽物を作れば即座に処刑される程の力を秘め、反対に本物であれば何処の店でも最大限のもてなしを受けることが出来るのだ。

 

 下手な遺産よりも効力の高い物だけに、触れることすら戸惑いが生まれたものである。

 加えて、内容そのものも非常に重要だ。俺を一介の冒険者から最も位が低いながらも貴族に格上げさせるという旨を記した内容が書かれ、文字の最後には王本人の名前もある。

 この集まりも手紙に書かれていたことだ。具体的な話についてを此処で行い、最終的な予定の擦り合わせをしてから準備に取り掛かる。

 王本人に自覚があるかは知らないが、今の彼は非常に楽し気な態度をしていた。

 口は柔らかな曲線を描き、ハヌマーンを見る目は優しい。獅子の如き相貌でありながらも、そこには他者を受け入れる大きな器が存在していた。

 

「内容についてはフェイに送った手紙の通りだ。 お前達の此度の功績をもって、各々を順当な立ち位置に押し上げる」


「ワシリス様……いえ、お父様。 この決定は少々急なのではないですか?」


「確かに急だ。 しかし、悠長に別の功績が運ばれてくるのを待つ時間はあまり残されていない」


「と、仰いますと」


「お前達の存在についてかなりの数の臣下から質問が送られている。 質問といっても、半ば不審者を捉えろといった文句の手紙だがな」


 王の言葉に成程と内心で首肯する。

 噂が流れているとはいえ、俺達についての正確な部分は一切不明だ。各々の派閥に属している貴族からすれば信じたくないものであり、噂が流れていたとしても信じない可能性は大いにある。

 百歩譲って隠し子が居たという部分に納得は出来るだろう。それが自身の派閥の長になんの影響も与えないのであれば、放置したとしても問題にならない。

 だが、次の王の後継者であるというのは信じられるものではないのだ。それだけは彼等にとって認められるものではないし、そもそも何の教育もされていない王子を次の王にするなど有り得ない。

 総合的に見て、俺達の正体の正確な部分を教えろと言われているのだろう。

 それを言わないのであれば不審者として扱い、さっさと捕縛させろと突き上げを行っている訳だ。目の前の絶対強者と言わんばかりの王に文句を言うなど蛮勇以外のなにものでもないが、かといって此処は戦場ではない。

 武器を振り回すだけで国が治まるのであれば国の運営は全員脳筋であるべきだ。

 

「私としても国の情勢を悪化させるのは避けたい。 それ故に、ここで紹介してしまおうと思ったのだよ。 ちょうど功績らしい功績も溜まった。 今ならば少なくない人数の貴族を黙らせることは出来る」


「それはそうですが……」


「なんだ、今更緊張か?」


 王は正確にハヌマーンの状態を見抜いている。

 表面上は何時も通りではあるが、そこは親だからだろうか。簡単に見抜いて気安く笑い声を漏らした。

 半ば意地悪な子供のような顔もしている。本人は決して悪戯目的ではないし、恐らく言いたいことは激励の類なのだろう。

 それが王の子供だからなのか。これまでの生活があったからこそなのか。

 どちらに傾くかによって、ハヌマーンの心情は一気に変わっていくだろう。

 

「正直に言えば、もっと後だと思っていました。 もっともっと何かを示さねば、王族の席に座るなど有り得ないと思っていました。 ――私はただ勉強をしていただけです。 皆の帰りを待ちながら、何時かは自分もと足掻いていただけなのです」


 ハヌマーンの独白に誰も言葉を挟まない。

 跪き、静々と自身の心境を語るその様は酷く小さかった。思わず駆け寄ってしまいたくなる程に、今の彼は弱い人間そのままの形を取っている。

 王族という身分を持つ資格を有していても、一皮剥げば普通の人間だ。その人間性については平民も貴族も変わらず、不安も覚えれば恐怖も覚える。

 本当にこんな自分が王族の一員となっても良いのか。もっと何か大きな結果を自分の手で出さねばならないのではないか。

 王族は特別だ。特別だからこそ、そこに群がる人間も非常に多い。

 親子でありながら、その姿はあまりにも正反対だ。そして、だからこそ羨ましい。

 王は座っていた玉座から立ち、ゆっくりとハヌマーンの前まで進む。そのまま片手をハヌマーンの頭に乗せ、少々強引でありながら撫でた。

 

「それで良い。 お前が求める力は、そう簡単に手に入るものではない。 平民の心を掴むなど、どんな貴族や大商人が相手でも難しいものだ」


「お父様……」


「前を向け。 己の言葉に否を突き付けるな。 前人未到を踏破するのであれば、更に多くの不安と恐怖に心を支配されるだろう」


 第一王子も第二王子も、持っている派閥の大部分は資金を持っている。

 貴族や商人の人心を掴むのは確かに難しいが、しかし共通項が存在するのは事実。それは金であり、女であり、名誉だ。

 平民とて大部分は同じである。だが、王が言いたいのはそういうことではない。

 欲望に頼らず、真に平民を纏め上げる。それを成し遂げてこそ平民は味方となり、一つの大きな力となってくれるのだ。

 貴族とは異なり、金を撒くだけでは金の亡者となるだけ。手にして手にして、金が尽きて即座に姿を眩まされれば意味が無い。

 正しく前人未到。誰もやろうとは考えなかったが故に、それを成そうとすれば独自の展開が必要となる。貴族だけの視点ではなく、平民としての視点も必要だ。

 その為にハヌマーンが王子となることは必要不可欠である。

 

「何より、一人で考えるな。 不安があればナノやフェイを頼れ。 味方が居ないという状況ではないのだから、存分に寄り掛かってしまえば良い。 私も子供の頃は随分周りに頼ったものだからな」


「――はい」


 王として期待はある。だが恐らく、今のワシリス王は父親として接している。

 人払いをしたのも親子の語らいをする為であるし、それを察してハヌマーンも父親呼びをした。最初に来た頃は遠慮をしていたが、王からの無言の要求に応えたのだ。

 

「王として、親として、お前を王子として迎えることは喜ばしいことだ。 それは家族も一緒だろう。 ――そしてフェイよ、お前もこれからよりハヌマーンを支えてくれ。 貴族としてな」


「畏まりました、王様」


 是非も無し。もとより俺に選択肢は存在していなかった。

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