表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/251

第四部:王宮騒然

 その日、王宮は普段の静けさを切り裂くような騒ぎとなった。

 人為的な改造を施されたガレンザルの死体。その情報は各所を巡り、王族達の耳にも当然のように入る。

 騎士団達が予想するよりも早い情報伝達の原因。それは王宮内に配置されていた待機組の騎士達が足早に伝えに行っていたからである。

 ガレンザルの討伐そのものに何の違和は無い。しかし、明らかに国家に弓を引くような真似をした痕跡がある以上、それは国を巻き込んだ大事となるのだ。

 ガレンザルを騎士団の訓練用敷地に置き、即座に王が姿を見せる。

 普段は謁見の間や執務室で大きく構えているものだが、今回は事の大きさを加味して居ても立っても居られなかった。

 現れた王に全員が跪き、言葉を待つ。速度を求めるならばさっさと報告すべきだが、今の王には落ち着く時間が必要だ。


「……何があった」


 低く、何処までも背筋を震わせる声。

 氷柱を何本も差し込まれたかのような寒気に逃げ出したい気持ちを感じながらも、騎士団長であるワーグナーは責任ある人間として対面する。

 

「は、報告されたガラル森林にてガレンザルの特殊個体を討伐致しました。 ……ですが、そのガレンザルに人為的処置を施された痕跡が存在していたのです」


「場所を見せろ」


 騎士団長の言葉に返事をせず、王は直球で命令を下した。

 即座に騎士団長は立ち上がり、件の外獣の腕まで案内する。その道中で王は遠くに居るフェイを見つけたが、今は話し掛ける場合ではないと視線を切った。

 案内された場所に付けられた等間隔の刺傷に王は目を細める。自然界で付けられたとは思えない紫の点のような傷は、細い針で刺された痕だ。

 経過時間を正確に割り出すには専門の人間が必要ではあるものの、戦場での経験から間違いなく直近ではない。

 とはいえ、然程時間が経過しているとも思えない。故に、可能性としては解放されてから然程の時間は経っていないことに繋がる。


「周辺に怪しい者は?」


「我々が到着した段階では火災は大規模となり、煙の所為で視界も塞がれておりました。 怪しい人物が居たとしても発見するのは難しいかと」


「民主騎士団の方もそれは一緒か」


「っは! 我々も特に人影は見ておりません」


 民主も王宮も同じ言葉を放つ。

 となれば、既に人は居ないと見るべきだ。それに何処かで外獣を解放し、森にまで来た線もある。

 そもそも人為的改造をすること自体が有り得ない。そのような手法は世に存在せず、出来るとしたら遺産によるものしかないだろう。

 生物の構造に干渉する遺産。そのような存在を王は知らず、であれば秘密裏に隠し持っている可能性が高い。

 既に王は此度の件が平民では起こせないと考えていた。そのような手法を遺産無しで起こせるのであれば、この国で無数の特殊個体が報告されている筈だろう。

 平民全員が愚かとは言わない。しかし、考え無しの行動を起こし易いのは平民だ。後々を考えず、今ある幸せを求めて行動を起こすのが彼等の日常でもある。


 最も解り易いのは冒険者だ。

 一番に命を張るからこそ、手にした金を貯蓄しない。例えしたとしても、それは一気に全てを使う為である場合が多い。

 己の欲を満たす為。少しでも長く生きる為。発散というのは人間が生きる上で大事であるが、それも過ぎれば身の破滅を及ぼす。

 金を大量に消費するということは、それが無残に散った後の生活を何も考えていないということだ。

 安全の為に武具を購入したとしても、それを上回る難敵が姿を現せば壊されかねない。

 高価な物で見の安全を保証する、というのは冒険者である限り不可能だ。それが出来るとしたら、世界のあらゆる悪意を跳ね除ける最強でなければならない。

 よって、王が考えるのは貴族達だ。彼等であれば金も多くあり、人を雇う方法も無数にある。

 秘密裏に揃える術も持ち合わせていることを加味すれば、残る問題は遺産だけだ。その特殊な遺産の発掘場所を突き止めれば、自然と持ち主にも激突することとなる。


「直ぐに全ての発掘場所を調査せよ。 怪しい貴族の情報があり次第、家宅捜索も辞さぬ」


「畏まりました。 早急に始めさせていただきます」


 王の背後に居る家臣の一人が足早に下がる。

 その姿を見て、漸く落ち着いたのか王は重く息を吐く。出来れば自身の足で直接発掘場所を巡りたかったが、発掘場所は一ヶ所だけではない。

 何十もの数がある場所に全て出向くには時間が足りず、王子達に任せても些か不安がある。

 国の一大事になる可能性を孕んでいるのだ。何事においても慎重にならねば、何処で足元を掬われるのかが解らない。

 王は視線を落とし、何時の間にか握っていた手をゆっくりと広げていく。あまりにも力を入れ過ぎてしまったのか、その掌からは僅かながらに血が流れていた。

 

「……ガレンザルの死体を持ち帰ったのは見事だ。 直ぐに検死を始め、早急に原因を調査させよう」


「畏まりました。 ……一つ、提案をしてもよろしいでしょうか」


「断る理由は無い。 なんだ?」


「此度の件は過去にも起きています。 五年前にフェイ殿が紫の大蟹と戦い、それが人為的措置を施されたものではないかという証言を得ました」


「何? ――――そうか、解った。 ならば、早急に民主騎士団を動かして他の特殊個体も探させよう」


「私の権限で勝手に動かしました。 申し訳ございません」


「謝るな謝るな。 間違っていない行動をしたというのに怒る筈が無いだろう?」


 一先ず、ガレンザルは検死を担当する者達に引き渡されることとなる。

 王宮騎士団は王都の警備も新しく仕事に加わり、民主騎士団全体に外獣調査の任が下った。それによって民主騎士団の仕事量は一気に引き上がることとなるが、事が事だけに不満を口にする者は誰も居ない。

 何か不満を言えば、そのまま評価を落とすだけだ。それに民主騎士団の長であるマグガンは特殊個体を発見した者には金貨十枚を与えることを伝え、全体の士気を引き上げた。

 大人数の一斉行動を他の貴族が察しない訳が無い。後ろ暗いものを持っている人間は一斉に隠蔽に動き、逆にそのようなものが無い一部の貴族は騎士団に協力するようになる。

 解散となった場で、王はフェイだけをこの場に残した。

 その意味が解らない程彼は鈍くはない。他の兄妹達と別れて王とフェイは二人で執務室へと歩いていた。


「国の情勢が変わるだろうな。 今回の一件は」


「国家の益に傷を付ける貴族ですからね。 平民からの心象はますます悪くなっていくでしょう」


「参ったものだ。 如何に教育を施したとしても、元々の性根が悪ければ学んだ知識を悪用される。 出来れば全員が懸命な選択をすれば良いのだが、単純な欲に流れやすいのは人の性だな……」


 苦渋の混ざった声だ。

 王として頂点に立つからこそ、国全体の闇が幾つも見えてしまう。即位した直後からそれは彼自身理解してはいたが、実際に見てしまうと精神に負担がかかる。

 それでも、強靭な意志によって今も彼は自身を律していた。悪事を働く人間やその容疑が掛かった人間を諸共に処刑し、悪の芽が芽生えないようにする。

 粛清によって自身にとって都合の良い国を作るのは決して間違いであるとは言わない。良い意見であれば採用もするし、才能溢れる若者に手を施すことに一切の戸惑いも無い。

 自身が王として不足であるならば、退位することにも納得しよう。

 都合の良い国を作るとは言っても、そこにあるのは善性だ。悪性に支配されないからこそ、王の存在は善性を信じる者達の柱となる。

 

「さて、お前には幾つか話を聞かねばなるまい。 あの子の近況も聞きながらな?」


「私はあの方と常に一緒ではないのですが……」


「構わんよ。 同性だからこそ見えるものもあるだろう」


 執務室の前に到着し、侍従の一人がゆっくりと扉を開けていく。

 中には誰も居らず、二人だけの空間となるよう人払いがされていた。王とフェイは執務机前に備え付けられたソファに対面同士で座り、侍従が用意した紅茶に喉を通す。

 そのまま二人の話は続き、最後には夕餉の声がかかるまで雑談は止まる気配を見せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ