第四部:少女の役割
森の消火を終え、俺達の足は林業を営む村へと向かう。
ガレンザルの死体も一緒に運ぶことになるが、複数の馬と倒れて使い物にならない木材を駆使して比較的苦労せずに目的地へと辿り着くことに成功した。
目的地の村は何の特徴も存在しない一般的な形をしている。外獣への攻撃から村を守る為に木製の壁を円形に作り、入り口には普段は居ないであろう騎士服を纏った者が二名居た。
彼等は俺達の姿を見て即座に姿勢を正し、酷く堅苦しい言葉で騎士団長と言葉を交わす。騎士団長も慣れたもので、騎士達と少しばかり情報の共有を行い、村へと入ることを許された。
壁の内部にある村の状態は決して良いものではない。
民主騎士団が予定していた行動とはいえ、時間稼ぎしかしてこなかったのだ。そんな様をただ見るしかなかった村人にとっては絶望ものであり、最悪村そのものを放棄せねばならない状況になっていた。
俺達の情報はどうやら知らないらしく、ガレンザルの死体を発見した村人達は信じられぬとばかりに目を見開いている。
だが、次の瞬間には喜びに抱き締め合い、村の中に漂っていた暗い空気を一掃していった。
明るい雰囲気に騎士達も当てられたのか笑みを浮かべ、中には拳同士を突き付けあって相手を褒め称えている。どうにも平和的な空気が広がる中、未だ問題が残されている事を知っている身としては少々複雑だ。
先程の村に入っていった騎士が複数人の騎士を案内する姿が見える。
彼等の姿は王宮騎士団の姿と然程差は無く、やはり武装の質のみしか変化していないようだ。その中でも一段と図体が大きい男は、騎士団長の前で膝を付く。
「王宮騎士団の御助力、誠に感謝します」
「膝を付く必要は無いぞ、マグガン。 王宮と民主という違いはあれども、同じ騎士団長だ」
王宮騎士団長であるワーグナーの言葉に、改めて膝を付いている男を観察する。
見た目は正に怪力戦士。騎士服がまるで似合わず、剣よりも棍棒を振るっていた方が似合う風貌だ。
厳めしい顔付きは万人には好かれないものだろうが、騎士団長に就任している時点で決して人望が無いという訳ではないのだろう。
如何様な選考基準を設けているのかは定かではない。しかし、決して侮ってはいけない相手であると俺は気を引き締めた。
「王宮と民主では確固たる差が御座います。 何より、我々ではあれの討伐は出来なかったでしょう」
マグガンと言われた男は、苦渋に満ちた声を漏らす。
実際、ガレンザルと一早く交戦したのは民主騎士団達だ。彼等が仕留めていれば俺達は出てくる必要は無かったし、その面子に泥が掛かることも無かった。
面子に拘ることは良いことばかりではない。寧ろ逆に不利となる場面の方が多いだろう。
拘ったばかりに大きな失敗をするようであれば、恥を捨てて頼むべきだ。目の前の大男はそれが出来ているようで、故にこそワーグナーの声も優しい。
民主騎士団の評価はこれで一段下がる。貴族達からは舐められることとなり、それが良い方向に向かないのは確かだ。
だが、それで良いのだと思う。貴族達の金は必要ではあるが、勝てなければ折角の税金も意味が無い。
住民から搾り取って出来上がった騎士団でもあるのだ。成果が無ければ消えてしまう以上、どちらかに任せる形になったとしても最善を求めるのは当然でもあった。
「……ところで、そちらの御仁は一体? 見たところ騎士団の者ではないようですが」
「ああ、紹介しよう。 彼の名前は――」
――フェイ様。
気まずい空気を感じたマグガンは此方に視線を向け、騎士団長に説明を求める。それに対してワーグナーの方は自慢気に此方を紹介しようとしたのだが、その前に別の人物が俺の偽名を口にした。
両騎士団長の視線がそちらに向き、俺も声の主に目を向ける。
居る可能性はあると思っていた。居なければ良かったのにと内心で呟きながらも、見知った少女は今俺の目の前に居る。
ネル兄様もそうだが、五年という月日は見た目を大きく変えた。
それは雰囲気もだ。長い白髪を揺らしながら騎士服を纏った彼女は以前よりも美しくなり、男を魅了するには十分な風貌となっている。
子供らしさは抜け始め、今の彼女は順調に成長していた。このまま更に年月を重ねれば、誰もが放っておかない絶世の美女へとなっていくだろう。
「お初に御目に掛かります。 民主騎士団所属、ノイン・ナルセと申します」
「ナルセ……。 ということは、ネルの妹か?」
「はい。 ネル兄様とは兄妹の関係にあります」
儚さすら感じるノインの笑みに、一部の王宮騎士団が息を呑む。
その風貌が一役買っているのは確かだろうが、彼等にとって重要なのはナルセの家であること。特別な家系の生まれである彼女もまた、注目を集めるのには十分だ。
そして、同時に誰もが俺に視線を向けている。騎士達にとっても特別な家の者である目の前の少女が、一体何故俺と知り合いであるのかと。
「フェイ様、ザラ兄様は御無事ですか?」
「……っは、今も自由に過ごしております。 何の不自由も感じておりません」
「そうですか。 もしもあの人が何かを求めているようなら、遠慮無く私に言ってください。 全てを叶えられるとは言いませんが、可能な限り力を尽くさせていただきます」
「畏まりました。 あの方にもそのように報告させていただきます」
ノインの言葉に即座にネル兄様との騒ぎを知っていると理解した俺は、片膝を付いて答える。
どうやら彼女の場合は敵対の道を選ばないようだ。寧ろ逆に理解者としての立ち位置を構築している。
そっと彼女の紅い瞳と目を合わせれば、彼女は僅かに瞳を細めた。そこにどんな意味が含まれているかは解らないが、少なくともここでボロを出す真似はしないだろう。
「何やらナルセ家と関りがあるようですな。 何かあったのですか?」
「いえ、然程のものではありませんよ」
「ええ。 ――然程のものではありません」
互いに同じ言葉を吐き、詮索の声を断ち切る。
騎士団長もこれで解った筈だ。俺達のこの関係を迂闊に調べるのは不味いと。特にノインが笑みを深くした時点で危険な兆候が発されている。
そこに気付かない人間は今この場に居ない。彼等はそのまま口を噤み、これ以上の詮索の手を止めた。
触らぬ神に祟り無し。御家事情の一部を知りたくもないのに知ることになれば、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。
騎士団に所属していてもナルセ家は貴族だ。そういった側面が無いとは言い切れない。
彼女への対応は俺かネル兄様がすれば良い。もしくは、民主騎士団達が行っても構わない。どんなに彼女が有名な家の人間であったとしても、直属の上司の命令には従わねばならないのだから。
「――さて、話を進めようか。 私達の方でガレンザルの討伐は無事に終わっている。 森も広範囲が燃えたが、全体から見れば極小に留まったと言えよう。 林業については問題は無い」
「有難い話で御座います。 我等の部隊は総勢五百で耐えましたが、無事であったのは三百少々といったところです。 負傷者達を含めればもう少し人数は増えますが、動ける人員だけで数えるべきでしょう」
「そうだな。 亡くなった者達の家族に遺族金を送る手続きをしておいてくれ」
「畏まりました。 ……それで、そちらのガレンザルはどうするのですか?」
細々とした話を終え、ついにマグガンは尋ねる。
通常、外獣の死体をそのまま持ってくることは無い。仮に持っていくにしても、それは環境に悪いからという大きな理由が無ければならない。
相手は特殊個体。死んだ際に何か異常を起こすのではとマグガンは考えているのかもしれないが、実際はもっと深刻な問題を孕んでいる。
それを説明するには人数が多過ぎた。故に、ワーグナーは視線だけで民主騎士団が建てた急造のテントへ向かう事を指示する。
その目にマグガンも深刻なものを感じ取り、彼は更に表情を引き締めた。