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第四部:大猿討伐

 首と側頭部に刃を突き立てた。

 巨体から推測するに致命の一撃となる筈だが、かといって俺とネル兄様の武器はその巨体と比較すると些か小さいと言わざるを得ない。

 だが、蜂の一刺しでも生物は死ぬ。毒の要素が多分に含まれているにせよ、小さな生物が大きな生物を打倒する出来事は無数に存在する。それこそ俺だって経験があるのだから、一概に体格が良いというのは恵まれているという事実に直結しない。

 ガレンザルは此方を見やりながらも、移動をまったく行わなくなった。

 恐ろしいまでに沈黙を続け、両の眼は一度も瞬きをせずに睨み付けている。その眼力は王宮騎士団の者達でも動けない程で、それが死へと向かう最後の足掻きであると誰もが認識していた。

 

 此処から更に追撃を仕掛けることは出来る。出来るが、相手がどんな攻撃をするのかがまるで解らない。

 足掻きと言うが、その足掻きが腕を振るうだけなのか、それとも炎を使った広範囲の殲滅になるのか。

 一切が不明であるからこそ、油断せず睨み合いの状況を作り上げるしかないのだ。先の攻撃が有効打だったのは有益であるものの、即死に繋がらないのであれば依然として状況は有利に好転しない。

 攻めるには情報が不足している。相手の弱点もまともに見抜けていない以上、睨み合いは長期化するだけだ。

 そうなるくらいならば。

 そう考えてしまうのは至極当然。焦りは禁物と言えど、背後の森は今も燃えている。

 水による消火が不可能な以上は木々を倒して可燃物そのものを消すしかない。その作業が拡大しない為にも、今は時間を掛けている場合ではないのだ。


「一気に攻めます。 時間を掛けては森が燃えかねません」


「援護は任せろ。 もしもしくじっても、俺が決める」


 兄様と俺の思考は一緒だ。

 故に、早期解決を目指して動くしかない。そんな俺達の肩を叩く人間が居た。

 顔を横に動かせば、騎士団長が尚も呆れた表情のまま。こんな状況で呆れるも何もないだろうと睨むも、経験豊富な彼の前では一切意味が無い。


「急ぐのは解るが、二人共此方の戦力についても気にしろ。 相手が如何様な攻撃手段を持ち得ているか不明な状態なら、再度複数の同時攻撃で落とすのみだ」


 騎士団長の言葉に複数の白金騎士達が前に出る。

 全員が若年を超えた中年に差し掛かる頃であるが、その表情には笑みがある。この状況で無理をしてでもその表情を出せるのは強い証拠だ。

 そんな人物達が更に援護、もしくは追撃の矢となるのであれば心強い。

 そうだと、意識を切り替える。戦いの場となると、自然と自分一人で戦うことを考えてしまった。兄様が居たとしても個人戦闘の意識は抜けず、結局最後は兄様の安否を気にすることも無かった。

 忘れてはならない。今回の戦いは一人で行うのではなく、あくまでも団体で行うものだ。

 協力し、強力な敵を共に倒す。その意識を忘れてはならないと自分を戒め、相手を見ながらも自然と口は謝罪していた。


「すみません。 ――そうですね、一気に全員で攻めましょう。 場所はお任せしますッ」


「了解した。 各員散らばって即座に行動に移せ! 火柱が斬れるのはこの二人が証明した! であるならば、我々に出来ない道理は無い!!」


 騎士団長の酷な言葉に、しかし周りは反対を口にしない。

 火の中に自分から飛び込むという行為は、並大抵の精神では出来るものではないだろう。強靭な精神力と、鍛え上げた己を信じているからこそ出来る行為だ。

 これぞ俺が求めた騎士の姿。他の全員が同じかどうかは兎も角、今この瞬間において彼等が最高の存在なのは最早疑う余地も無い。

 全員が散開し、それに合わせて俺とネル兄様も構える。再度の突撃に対し、相手も流石に警戒を露にする。

 元は然程強くはない個体がここまで変化した。弱肉強食の世を生き抜く為に自力で進化と言うのであれば、目の前の存在も確かに生を求めていたのだ。

 だが、これがもしも人為的なものによるのであれば。

 

 それを考え、しかし明確な殺意でもって突撃を開始した。俺とネル兄様が最初に飛び出し、続く形で各騎士達が飛び込んでいく。

 騎士団長も俺に近い場所で動き始め、その速度は鎧を付けている状態でも俺と並んでいる。

 他の騎士達を一気に追い越して此方と並行して進む姿に、地力の高さを感じずにはいられない。

 突撃を選んだ俺達に対し、ガレンザルが選んだ手段は広域に広がる火球の山。これまでの中で最も多い数を火柱の大部分を消耗してでも作り出し、此方に放つ。

 新たに露出した足と胴体はガレンザル特有の赤い皮膚ではなく、マグマが冷えて固まったような黒い肌だ。時折罅割れのような部分にマグマに酷似した液体が流れるも、それは外には出ていない。

 薄い膜のようなもので体内循環をしているのだろうか。僅かに疑問が芽生えるも、それを深く考える前に目の前が火球で占領されていた。

 

 なるべく飛び跳ねないように左右の動きで回避し、直撃を避けられない状況では斬り捨てる。

 その度に僅かに跳ねた火が肌を焼くが、そんなことに意識を割くことは無い。火傷への対策を何もしていない以上、そうなるのは必然だ。

 最も火球の攻撃を受けない方法は、相手の懐に飛び込むことだ。

 時に兄様と共に回避や迎撃を行いつつ、足元にまで辿り着く。後は登って直接頭部を斬れば良いのだが、流石にそう易々と同じ手を使わせてはくれない。

 腕や足が鞭のように縦横無尽に動く。派手な音を立てながら上下左右に振れ続き、登らせるのを阻止しようと必死だ。

 だが、そこに何としてでも勝とうとするガレンザルの意地を見た。彼等は勝つことを何よりも至上としているのだから、見た目がどれだけ悪くなろうとも勝てればそれで満足なのだ。

 正しく死も厭わぬ悪足搔き。それを止めるには、此方も鬼となって相手を無慈悲に殺すしかない。

 露出した腕や足に狙いを変え、稼働する筋肉を狙って刃を立てる。流れる動きを読み解き、その大元を断てばどれだけ力を持っていようとも意味が無い。


 腱の切断。人間であってもそれは致命的だ。

 四肢が動かないなど介護は必須となり、平民にとっては死を意味する。誰も彼もが生きるのに必死な世の中で、四肢の不稼働など不利などという話では済まされない。

 先ず右足の腱を他の騎士と共に断つ。いきなり片足が動かなくなった事実に更にガレンザルが暴れるが、懐に飛び込んだ対処がそれでは容易に回避出来る。

 そのまま土を抉る腕の一撃を避け、地響きを感じながらも左足の腱を切った。回転も合わせた全力の斬撃によって裂傷は大きく広がり、マグマのように熱い血が噴き出る。

 それに触れては此方が死にかねない。高過ぎる温度の前では刀剣類は全て溶けてしまう。そうならないように注意を払う俺のすぐ傍で、兄様と騎士団長は一気に止まった足を登った。

 狙うは腕の腱。肩部分に刃を差し込み、真上から真下へと一気に振り落とす。ロングソードから放たれる一撃は強大で、俺には真似出来ない筋力任せの手段は呆気ない程に相手の腕を静止させた。

 これで四肢の全てが完全に停止する。それを知らないままにガレンザルは暴れようとし、体勢を崩して後ろに倒れた。


 頭部の火に触れた草達は炭になり、徐々に徐々にと延焼範囲を拡大させていく。

 そのまま倒れた状態を維持される前に、俺は足から胴体へと走る。狙うは首だ。首以外に興味は無い。

 ガレンザルの瞳が俺を見る。未だ諦観に支配されず、此方を殺してやろうと睨む様は流石の一言。もしも攻撃先を腱ではなく別の箇所にしていれば、相手の殺意によって殺されていた可能性は否定出来ない。

 今頃相手の全身には激痛が走っている筈だ。意識を保っているのも辛い状況に置かれている筈だ。

 ここから起死回生の一手は打てない。それは相手も解っているだろうに、それでも負けてはいないと懸命に首を振って炎をまき散らす。

 火の粉を避け、首周辺の炎を一刀で掻き消す。最後の砦を失ったその首に、俺は少しの敬意を抱きながらも剣を横に振るった。

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