第四部:大炎上
ガラル森林地帯。
広大な森林が広がり、幾ら木を取ったとしても一向に減らない場所である。
通常は三日という時間を掛けて辿り着く道程を一日半で踏破するのは中々に無茶であったが、その甲斐があってか俺達の目の前には広大な森林が見えている。
青々とした森は光を遮るかのように乱立し、最初から定められた境界線を越えないのか一直線状に森は横に広がっていた。
一説によるとガラルの森は外獣によって誕生したとされている。森の奥地で身体を休め、その姿を隠す為に外獣が森という場所を形成しているのだ。
そこには普通の生き物も生息していて、一つの生態系を構築している。その森の近くには村もあり、人間の生活にとってなくてはならない場所にもなっていた。
だが、その森は今正に燃えている。
夕方に差し掛かる時刻でも周囲が昼のように明るく、一掃するが如く炎が森を蹂躙していた。
それがどんな生物によって齎されたのかは言うまでもない。だが、広範囲を燃やし尽くすような被害を与えるガレンザルは未だ報告に無く、特殊な個体であるという事実は嘘ではないのだろう。
耳を澄ませば暴れ回る音も聞こえてくる。戦闘中なのは明らかだ。
恐らくは足止めに奔走している民主騎士団だろう。これだけの被害を起こせる相手を前に未だ足止めを行える辺り、実力に関しては十分なものを持っているのかもしれない。
兎に角、俺達はこの場に無事に到着した。であれば、残るは敵の討伐のみ。周囲に伝令役の民主騎士が居ない点が見るに、全戦力で対応しているのは確実だ。
「先ずはガレンザルを森から出すぞ! 各自最大限の注意をしつつ、牽制を仕掛け続けろ!!」
騎士団長の声に合わせ、銀騎士がいの一番に前に出る。
外獣が居る方向に一直線に向かい、その左右に金騎士が展開する形だ。白金騎士と騎士団長は此処に滞在する形となり、俺は騎士団長に一声を掛けてから銀騎士達と同じく直線状に進んだ。
内部の被害は甚大だ。外側から見る限りでも大炎上していたが、内部は黒い煙が充満している箇所が多い。
これは草や枝が密集している所為だろう。上に煙や空気が抜けていく構造だった筈が、炎によって閉ざされたことで下側に溜まるようになってしまった。
森全体にまで煙を充満させるには時間が掛かるが、現在の状態でも十分視界が潰されている。
こんな状態で戦うのは難しい。かといって相手側が有利かと言われればそうでもない。
「……煙も使って足止めをしている?」
ガレンザルは内部に炎を発生させる器官を有しているが、煙に対応する機能は持ち合わせていない。
これが特殊個体故に対応しているのであれば、民主騎士団は更に苦戦していた筈だ。全滅は無いにしても、かなりの数が殺されていたと予測を立てられる。
だが、戦闘音は未だに発生し続けている。少数と思うには一発一発が起きる距離が変わり過ぎてしまい、どう判断したとしても複数の場所にガレンザルは態々出向いて攻撃を仕掛けている。
ならば、充満しかけている森の中にはまだ多くの騎士が居るのだ。彼等が煙を用いて視界を潰し、己を苦境に立たせてでも時間稼ぎを行い続けている。
きっと長くは保てない。今この瞬間まで耐えている方が奇跡的なぐらいで、この瞬間にも危険な均衡が崩れて民主騎士団の一部が消失する可能性は大いにある。
だからこそ、なるべく俺達は彼等と交代する形で飛び込まねばならなかった。
他の銀騎士達を追い越し、黒煙に飛び込む。
倒れている騎士達の気配を掴みながらも無視を決め込み、奥へ奥へと一気に距離を縮めた。
破砕音、殴打音と武器を用いない攻撃はこれまでのガレンザルと同じ。違うとすれば、時折発生する炎の量が桁違いに多いことか。
進みに進み、今度は銀騎士達とは違う姿が見えてくる。王宮騎士達とは同じ装いをしていながらも、彼等の持っている武器は特徴らしい特徴が見受けられない。
性能そのものは決して悪くはないのだが、あくまでも悪くはない程度になっていると見るべきだ。それで特殊個体を倒そうとするのであれば、相応の実力が必要となるだろう。
民主騎士達は此方を見て驚きを露にするが、今は彼等と言葉を話す時ではない。指で下がれとだけ伝え、そのまま一気に音の発生源へと飛び出した。
「――こいつはッ、」
発生源の場所は無数の木々が倒された広場となっていた。
中央には太い火柱が立ち、火には目玉が二つ付いている。此処だけは黒煙とは無縁の場所となっているものの、民主騎士団の姿は見えてはいない。
黒煙のある場所にまで下がり、移動しようとすれば攻撃しているのだろう。火柱の中から赤い毛に覆われた太い腕が現れ、移動を開始した直後に無数の矢が四方八方から襲い掛かる。
炎に対して金属製の鏃は有効だ。これが木製であれば燃え尽きて何も効果を発揮しなかっただろうと思いながらも、対象に意識を傾ける。
ガレンザルの姿は全身が赤い毛で覆われた猿だ。巨大な太い腕と口から吐き出す炎を武器に戦う外獣ではあるが、今目の前に居る外獣はそんなガレンザルの特徴を何一つとして有してはいなかった。
いや、腕は見えているのだ。実際はガレンザルの特徴を有しているのだろう。
しかし、それよりも先ずは森を焼き尽くさんばかりに立ち上る火柱だ。
あれの火力は尋常では無く、倒れた木々は既に炭となっている。元から火力は多い方だったが、この威力は通常のガレンザルを凌駕している。
同種同士で戦えば此方に軍配が上がるのは確定だ。脅威という意味では間違いなく特殊個体は人々の存続に多大な影響を与え、最速で滅ぼさねばならない。
先ず狙うべきは唯一露出している腕。特殊な個体であるとはいえ、相手の身体は恐らくガレンザルに極めて近い状態である筈だ。
火柱を突破する為にも弱体化は必須であり、その為にも腕の機能停止は必要。業火の熱が肌を舐めるも、そんなことはお構いなしに腰の剣を走りながら引き抜いた。
相手も真っ直ぐ走る俺の姿を見つめ、大地を揺らすような咆哮を上げる。
「騎士団は……まだ無理だな」
腕の切断は必要だ。だが、その前に騎士団長が告げた命令通りに動かねばならない。
相手を引きつけ、民主騎士団から徐々に徐々にと離す。騎士団長の思惑全てを見通せる訳ではないものの、その点だけは容易に想像が付いた。
両腕が待ち構えるように開かれる。頭よりも上の位置まで腕を上げたのは、単純に炎そのものに人が耐えられないと理解しているからか。
そのまま懐近くまで飛び込み、剣を振る素振りを見せながらも通り過ぎる。相手は片方の腕を即座に此方に叩きつけに動いたが、速度に関しては通常のガレンザルと何も変わらない。
鈍重な速さしかない猿の動きは簡単に見極め可能であり、フェイントを仕掛けるのも然程難しくはなかった。
だが、自身の攻撃が外れたと覚った直後にガレンザルは火柱から数発の火球を発射させる。
そのどれもが侮れない速さを持ってはいたが、決して見失う程の速さでも無かった。
冷静にステップを刻みながら回避し、再度の突撃を行う。火球が命中した大地は大きく抉れ、炭となった木々も大きく抉れてしまっている。
それがもしも人体に命中すれば火傷では済まないだろう。なるべく他所への被害に意識を巡らしながらも、振り切った肘関節に剣を当てることは成功した。
そのまま引き、柔らかい肉を一気に切り裂く。ガレンザルは激痛によって腕を振り回し始め、意識が混濁する前にさっさと脱出した。
ガレンザルの二つの青い瞳に激情が宿り、それが此方を睨む。
完全に狙いを定めたと理解した俺は漸く現れだした銀騎士達に下がる旨を叫びつつ、そのまま黒煙が発生している森の中へと再度飛び込んだ。