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第四部:封書

 騎士団の活動拠点は基本的に王宮の端だ。

 一本の塔のような建物と訓練用の敷地が存在し、塔内部で騎士達は寝泊りをしている。帰省は時期によって決まり、一年も帰れない状態となっている騎士も多いそうだ。

 だが、彼等は最初から騎士を志した者達である。その性根は決して悪くは無く、寧ろ逆に善性に傾いていると俺は信じていた。

 大声の聞こえる方向へと足を運ぶ。普段であれば訓練をしている筈の彼等は今は準備に掛かりっきりで、まるで俺の方に意識を向けようとしない。

 それだけ急いでいるのだ。件の相手が特殊個体であることを加味し、早期の討伐を目指している。

 そんな場所に今から飛び込むとなると緊張するものだが、此方には相応の武器があるのだ。それがある限りは決して無碍にされないだろうと思い、そのまま彼等の敷地を進んだ。


「――失礼致します。 少々お時間を頂けないでしょうか」


 然程大きな声で言わず、普段よりも少しだけ大きくした声で近場の騎士に尋ねる。

 だが、反応したのはかなり広範囲の騎士達だ。皆が何の用だと険吞を混ぜた目を向け、もしも下らぬ要件であれば袋叩きにされかねない。

 正しく今の俺は邪魔者扱いを受けている。彼等の行動を一時的に止めたのだから当然だが、ここまでの目を向けられるとなると状況は決して良いとは言えないのだろう。

 外套を被ったままというのも影響しているかもしれない。兎に角、要件を手早く済ませてしまおうと懐から王族専用の封書を見せた。

 

「シャルル様より騎士団長にお渡ししたい封書があります。 どうか、騎士団長殿に御取次をお願いします」


「シャルル様の!? しょ、少々お待ちください!!」


 流石の威力と呼ぶべきか。

 封書を見せた瞬間に周辺の騎士達は慌て始め、俺に対して不穏な眼差しを向けるのを止めてくれた。というよりかは、そんな目を向けてしまえばどんな目に合うか解らないから止めたと表現するのが正しいか。

 これで後は待つだけ。部屋で待ってもらうかと騎士が提案してきたが、急いでいる者達にそこまでさせる気は此方には無い。

 構いませんとだけ返し、俺はそのまま敷地の端の方で騎士団長を待つことにした。

 彼等は此方に視線を向けながらも足早に準備を進めている。もしも怠けている者が居れば即座に蹴り飛ばされるだろう。

 そんな者達の中に、やはりというべきか兄の姿があった。彼は此方を捉えた後に直ぐ作業を再開させたが、意識は間違いなく俺に向いている。


 本当は何か話したいのかもしれない。

 しつこく戻って来いとは言わない兄だが、心の底では俺が戻って来るのを待っている。俺がそれを求めていないのを知りつつも、あの頃のように戻りたいと日々を過ごしているに違いない。

 だが、今それをするのは無理だ。お互いに立場を得てしまい、それは簡単に止められるものではない。

 片方は夢であるが故に。もう片方はそこでしか騎士になれないが故に。

 どちらも最終地点は変わらないが、過程の中で離れていくことだろう。それを止めるのは至難の業であり、中々上手くはいくまい。

 俺は離れることを望んだ。だから言ってしまえば、俺の事など放置して自分達だけの未来を向いてほしい。

 そこに俺の存在が居なくて良いのだ。居ても汚点としか残らないのだから、寧ろ彼等にとって不都合な存在であるのは言うまでもない。

 

「失礼! お待たせしました、フェイ殿」


「いえ、然程待ってはおりません。 寧ろこんな状況で呼び立ててしまい申し話御座いません」


「何を仰いますか。 王族からの御用であれば参上するのは自然です」


「そう言ってくだされるのであれば有難い限りです。 では早速この封書を読んでください」


 相手が必要以上に遜るのを阻止する為、さっさと封書を渡す。 

 騎士団長は恭しく受け取り、その中に書かれているハヌマーンの文字を読んだ。内容は自身が平民と王との間に生まれた子供であることや、正式な王子として認められたい旨など。俺やナノに関する話は一切存在せず、ハヌマーンは己の秘密のみを明かしていた。

 これら全てを公開し、その上で正式に協力を打診する。もしも断られても、騎士団長であれば秘密を抱えたまま日々を過ごしてくれるだろう。

 相手は彼が王の後継に当たる程の王子であると考えている。そんな人物からの打診であれば、喜ばない道理は存在しないだろう。

 現に彼は今にも泣き出しそうな顔で手紙を読み進めている。一部の騎士が心配する程に、今の彼は感情を露にしていた。

 何度か手紙を読み返し、丁寧に折り畳んで封書に再度入れる。此方に返し、その頃には元の表情を取り戻していた。


「内容については理解致しました。 私でよろしければ、如何様にもお使いください。 王族がその身分を名乗れないなど、不幸ではないですかッ」


「貴方ならばそう言ってくれると思っていました。 くれぐれも今回のお話は内密でお願いします。 ……この件に関してはワシリス王も絡んでおりますので」


「承知の上です。 王族の方々もそれを望んでおられるのでしたら、私はそれを阻む者共を殲滅致しましょう」


 今回が二度目。それも日を跨がずの出会いだ。

 普通はもう少し考えるものだが、彼はいっそ純粋なまでに王族達を信頼していた。その信頼は非常に重く、それ故に強力だ。絶対に揺らがないと信じさせてくれるからこそ、秘密を共有するのに打って付けであるとも言えよう。

 手紙には今回の要請については書かれていない。協力を取り付けた後は俺の出番であり、そこから先の全ては俺の選択次第となる。

 

「では早速ですが、此度の討伐任務に私も参加させてください。 あの方の剣として活躍すれば、その行動を許可したあの方の評価にも繋がりましょう」


「解りました。 では此方で把握している限りの情報を後で纏めてお伝えします」


 お願いしますとだけ告げ、一先ずはこれで退散する。

 想像よりは早く話が付いた。やはり王族の力は偉大であると感じつつ、装備を整える為に先ずはハヌマーンの部屋へと向かう。

 そこで報告を済ませ、次に武器や防具の準備だ。装備品の殆どは没収されている状況ではあるが、確認するくらいは流石に出来る。

 手入れは怠ってはいないが、一度完璧に整えるつもりだ。ナイフも消耗した分は買わねばならないし、毒の補充も何処かで済ませなければならない。何よりも回復薬の量が減っているので、これは絶対に王都で補充する必要があるだろう。

 全てを完全に仕上げる時間は、正直な所無い。そもそもナイフに使用される毒物を補充する手立てが存在しないので、ナイフに塗る毒は別の物になってしまう。


 それで特殊個体に対抗出来るかどうかは解らないが、やらないよりはマシだ。

 早速王都に向かう許可を貰い、そのまま街へと降りていく。何気に初の王都ではあるものの、ゆっくりしている時間は無い。

 観光気分も味わえないまま、街の住人達から店の位置などを尋ねつつ準備を整えていく。やはり一番物が集まる場所だからなのか、港街と比較すると品揃えがとても豊富だ。

 一番欲しい毒は無かったものの、人工的に作れる外獣向けの毒の中では最高峰の代物も売られている。必要金額があまりにも高いので購入は出来ないものの、そういった代物を堂々と出す時点で己の腕前に嘘は無いと宣伝しているのだろう。

 だからこそ店には多くの客が存在し、彼等は望み通りの毒付きナイフや毒瓶を購入していく。中には規制されていて売られていない毒物もあるのではないかと尋ねる冒険者も居たが、それに対する店側の言葉は存在しないの言葉のみ。

 やはり外獣から採取出来るような危険な毒物は取り扱ってはいないかと肩を落としつつ、次は回復薬を求めて薬屋に向かうのだった。

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