第四部:第二の企て
王宮騎士団の総人数は約百人に上る。
軍という規模で言えば少ないことこの上ないものの、彼等の質は最上の一言。並の剣士では勝てず、対遺産を想定した運用を基本姿勢にしている。
厳しい訓練や定期的に開催される騎士団内の序列争奪戦。最終的に勝者となった人間には名誉のみが与えられるが、彼等にとって名誉という存在は非常に重要視されている。
その反対に、民主騎士団は名誉を重んじてはいない。いや、まったく気にしていない程ではないにしても、彼等が重んじているのは民の平和だ。
平民の生活の一部として機能し、悪を裁く正義の使者としての振舞いを基本とする。人数も王宮騎士団と比較すれば五万と圧倒的であり、この国の法を守っているのは彼等だという言葉は的を射ているだろう。
王宮騎士団が民の為に動く場合はある。あるが、それは大規模な災害が起きると決定された時だ。
民を守るのは民主騎士団の領分。そして、王宮騎士団の役割は王族や貴族の護衛である。お互いの領分を犯してはならないし、犯してしまえば別ける必要性が無くなってしまう。
故に、民主騎士団が王宮騎士団の役割を行うことはないし、逆もまた然り。装備も騎士の質もまるで異なる二つの組織は、互いに不可侵を貫いているからこそ対立関係は起きていない。
今回はその王宮騎士団の外獣討伐に参加する形となる。偶然かナノが狙ったのか、王宮騎士団長とは繋がりを得た。
騎士団は騎士団という枠組みの中でしか行動しないそうだが、必要があれば外部の組織と行動を共にすることもあるという。
「討伐対象はガレンザル。 ただし、特徴とはかけ離れた姿をしているそうよ」
「ランクは確か……四でしたね。 とてもではないですが騎士団が態々出る必要はありません」
「でも、今回彼等は出てくることになった。 詳しい部分を聞いた訳じゃないから確実とは言えないけれど、かなり強力な外獣になっているそうよ」
ガレンザル。その特徴を一言で表すならば、生きた炎だ。
常に全身に火を纏わせ、その状態のまま格闘を行い日夜他の外獣と戦いに明け暮れている。一般的にガレンザルが及ぼす被害というのは森の焼失であり、その被害規模は決して無視出来ない。
発見次第早期に殲滅せねばならず、速さを何よりも重視する依頼となるのが通常だ。それ故にランクも四か五になるものの、彼等が強いかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。
ガレンザルは巨体だ。身の丈が大人五人程であり、腕の一振りで木々など簡単に飛ぶ。
更に炎を使った攻撃も得意であり、口から放出される炎に一度でも命中すれば火傷では済まずに炭と化す。だが、速度は遅い。
走れば避けられる程に遅く、更に彼等は基本的に人を襲撃しない。
彼等が求めているのは強者との戦いだ。そこに死ぬことへの忌避はまるで存在しない。
戦って戦って戦い続け、どれだけ己を高められるか。ガレンザルの生態は正に求道者に近く、これで炎を纏っていなければ討伐対象にすらならなかっただろう。
そんなガレンザルに王宮騎士団が討伐に向かう。それは確かに只事ではないし、彼女の手にした特殊な外獣という言葉には危険な臭いが漂っていた。
場所は王都から東に三日は進んだ所にある、大規模な森林地帯。そこでは林業が盛んで、もしも潰されてしまえばこの国にとって打撃となるのは明白だ。
特殊個体の出現は今までの戦いの日々の中で、まだ一回しかない。その一回も人為的に生み出された外獣であり、通常はそのような個体が生まれる筈が無い。
ナノがこの仕事を俺に告げたのは、恐らく経験があるからよりもそこに繋がっている。もしかすれば彼女の実家と繋がっているかもしれないと考えたからこそ、無視が出来なかった。
「その討伐の手助け、もしくは討伐そのものを行うのが貴方の仕事。 騎士団との繋がりは今後必要となってくるわ。 王族の壁となってくれるのが騎士団である以上、味方につけておくのは悪くない」
「では、私が手紙を一枚書こう。 相手が勘違いをしている内にな」
「いいえ、ハヌマーン様。 彼ならばいっそ教えてしまっても良いかもしれません。 あの性格は味方にした方が有用ですわ」
「――ならば、兄上に頼んで専用の封書を貰うとしよう」
味方を増やしておくのは、長い王宮生活を続ける上で必要なことだ。
とはいえ、その増やすべき味方を騎士団長と定めるあたりは流石ナノ。踏み出す足に遠慮が無いというか、いっそ強欲なまでに彼女は前に進み続けている。
此方が静止させたくなる程彼女は全てを利用して目的を達成しようとしていて、ハヌマーンはそんな彼女の思考を読みながら決定を下す。
二人の間柄は軍師と主であり、良い関係を築けている。ハヌマーンが然程深く考えずに言葉を決めたのも、確りナノが解り易いよう説明したからだ。
王宮騎士団の長が味方となれば、そのまま騎士団全体が味方となる可能性は極めて高い。現状は騎士団内で派閥争いは存在せず、王族には敬意を抱いている様子なのだから。
「封書については私が直接出向きます。 シャルル様に頼めば一枚程度は融通していただけると思いますので」
「そう言えば、フェイ殿はシャルル兄上と知り合いだったな。 経緯が気になるが、まぁ今は仕事の方を優先させようか」
「アンヌ様も今後は警護をより厳重にお願いします。 これからハヌマーン様は、更に公の存在になるのですから」
「――――かしこまりました」
王宮騎士団に、一介の冒険者が協力を願う。
普通であれば一蹴されて御終いだ。誰も見知らぬ冒険者を仲間に加えようとはしないだろうし、幾ら顔見知りの相手であっても騎士団長は否を突き付けるだろう。
だが、そこにもしも王族からの推薦状があればどうだろうか。縁故採用のような狡い手段ではあるものの、誰も俺の事を無視は出来なくなる。
ましてや、王族に対して一際大きな敬意を抱いている騎士団長だ。彼は王族に期待されているのだと喜びながら俺の参戦を受けてくれる。
確実にそうなる訳ではないと思いながらも、心の何処かでは確信を抱いていた。
騎士団が王都から発つのは二日後。既に準備は開始され、終われば二日後よりも速く彼等は森に向かう。
その前に全ての工程を終わらせねばならぬと部屋を退室し、その足でシャルル王子の部屋へと向かった。
彼の私室には厳重な護衛が二名付いている。王宮騎士団内の精鋭が配置され、彼等の実力は非常に高い。
「シャルル王子様に取り次ぎをお願いしたいのですが」
「貴殿はこの間の者か。 シャルル様からは特別に通せと言われているが、要件を聞こう」
「そちらの騎士団に参加したいのですが、私一人が頼んだところで断られるでしょう。 ですので、どうにか参加する方法を尋ねたいのです」
「ああ、例のガレンザルか。 特殊個体だとは聞いているが、王宮騎士団が動いた以上は直ぐに解決する筈だ。 そこに参加したいというのは――功績目当てか?」
護衛は確りと此方の様子を確認しつつ、世間話のように情報を集めている。
流石に参加したいという言葉には驚いたみたいだが、それが功績目当てではないかと目を細めた。
とんでもないと首を左右に振る。俺にとって功績など二の次三の次なのだ。
「強くなるには強者との戦いが必要なのです。 私は特にその傾向が強いみたいで、どうにも通常の鍛錬では何の成果もあげられないんですよ」
「……成程。 話は解った」
一瞬、騎士二人の間に沈黙が流れた。
直ぐに言葉が返ってきたものの、それはどこか取り繕うような雰囲気を纏っている。彼等二人の内片方が王子に伺いを立てに向かい、直ぐに俺は通された。
「やぁ、フェイ。 随分久し振りに感じるよ」
「お久し振りで御座います。 シャルル様」