第三部:王宮騎士団長
「何たることだ! あの馬鹿共め、俺に隠れてそんな真似をしていたとはな!!」
王宮で王の叫びが轟く。
王者の咆哮は建物を震わせ、近くに居れば畏怖によって膝を屈するだろう。こうして間近で聞いている俺達の耳は痛みを発し、聞こえていなくなっているのが不思議な程だ。
王宮からの道程は驚くほどに平和だった。誰の邪魔も無く、恐らくはあの男が冒険者を囮にしたのだろう。
俺に必ず契約を結ばせると言っていたくらいだ。此方に優位となるよう行動を起こし、最終的な負傷は肩の切り傷のみとなった。
その怪我も中位の回復薬で治り、全体的な被害は少ない。故にそのまま王宮内のハヌマーンの部屋へと向かい、事態の推移を説明した。
俺の帰還を一番に喜んでいたのはハヌマーンだ。
アンヌは未だ複雑な表情をしているものの、結果自体には喜んでくれた。ナノもそれは同じであり、付き合いの長さ故か心配の籠った言葉も送られた。
そして、結果を携えた俺達は翌日にワシリス王への謁見を取り付け、予定よりも遥かに早く謁見することを許される。その速さに王の期待が感じられ、ハヌマーンは僅かに震えていた。
期待に背く結果となってしまったらどうしようと怯える姿は、ただの子供だ。彼は彼なりに決心をしたが、それと親への感情は別物。特にあの親であればどのような言葉が来るのか想像も出来ず、俺達はただ結果が良い方向に動いてくれるのを願うしかない。
だからこそ、その咆哮は耳に痛いながらも良い方向に動いたと確信させられた。
今直ぐにでも首謀者を殺さんと肩を怒らせる姿は恐ろしく、同時に頼もしさすらも感じられる。
王である以上、今回の件には厳しい処罰をせねばならない。明らかな犯罪行為であり、己の益だけを求めた自己欲求の塊など国の為には認めてはならないのだから。
貴族の成すべきことは贅を極めることではない。勿論裕福さを見せ付けることで土地の豊かさを表す事は可能であるが、その為にも先に住人の生活を豊かにせねばならないのだ。
それを疎かにし、加えて他の街にも影響を及ぼしかねない事を起こそうとした。その罪は極めて重く、首謀者が償うだけでは到底足りない。
「件の首謀者、並びに加担した貴族共を全て捕縛して情報を吐かせろ。 大至急だ、急げ!」
『はっ!』
すっかり萎縮してしまっていた衛兵は慌てて謁見室を出て、場は静まり返る。
玉座にはあまりの怒りに身体を震わせる王が座り、その下に俺達四人が跪く。横には衛兵や重鎮達の姿が存在し、事態の重さに眉を顰める者や恐怖に慄く者ばかり。
酷使された奴隷が貴族への仕返しと称して人肉を混ぜるとも限らなかったのだ。その恐怖は皆が理解するところであり、故にこそ解り易く重大であると広まっていた。
「ハヌマーン。 よくぞ今回の事態を調べてくれた。 お前が調査する決意を下さねば、被害は拡大していた筈だ」
「ありがとうございます」
「うむ。 そしてフェイよ、見事にハヌマーンの望みを達成させたその力は見事に尽きる。 ある意味では流石だな?」
王の含みを持たせた言い方に内心で眉を顰めながらも感謝の言葉を送る。
証拠品は即座に王に見せた事で虚偽を防ぎ、俺自身が見たものをそのまま伝えたので信憑性は極めて高い。例え嘘だと糾弾する者が居ようとも、俺達の掴んだ証拠がある限りは覆すのは難しい。
彼等の人生はこれで終わりだ。空いた場所には近くの貴族が管理を任せるか、あるいは一時的に王領として誰の干渉もさせないようにするか。
どちらにせよ、今の俺達には大して問題にはならない。今回これを行ったのはハヌマーンの地位を得る為であり、領土が欲しかった訳ではないのだから。
金も名誉も今は意味が無い。必要なのはハヌマーンの地位を明確とすること。身内は認めているものの、外の人間達が認めなければ結局彼は正式に王子とはならない。
今回の成果だけでは王子とは認められないだろう。ただ一つの大きな成果だけではまぐれだと揶揄する人間が出現し、よろしくない噂を無差別に流し続ける。
そのまま尾鰭の付いた噂すら漂えば、更なる成果を叩き出したとしても認められるかどうかは不明だ。
苦労はした。だがしかし、その苦労は階段を一段登った程度でしかない。その証拠に王もハヌマーンを王子とこの場で宣言せず、今は功労者として扱った。
望みの物を褒美とし、この場はそこで解散だ。貴族達が此方を気にしているのは、やはり王とハヌマーンの間に流れている噂が故か。
王の後継者とされている隠し子。その情報は一部が正解ではあるものの、間違いの方が多い。
そして、その修正は出来ないのだ。否定をすればする程に貴族というものは邪推するもので、ましてや二人の関係が普通のものに見えないのは誰でも解る。
彼の身分は現状において平民のまま。それは従者の噂話から経由して貴族達も把握しているだろう。
そんな二人の間柄が何故あんなにも親密であるのか。そこに貴族達は関心を寄せていた。
「部屋はこれまで通りの場所を使え。 褒美については夜にでも聞くとしよう」
「かしこまりました」
「ああ。 ……それでは私は戻る、後をどうするかはお前次第だ」
最後の言葉は、親としてのものだ。
それをハヌマーンも理解しているのか、笑顔を見せて返事を返している。俺達はそのまま部屋に戻り、今後の活動について改めて意見を交換するつもりだ。
従者に案内されて元の部屋へと進み――――しかし物事はそう簡単には進まない。
今や俺達は注目の的。王の関心深く、期待している人間であれば例え平民であろうとも接触の一つや二つはしたくなるものだ。
その中で先ず最初に接触を図ってきたのは、服と見た目が合致しない男だった。
短く刈り込んだ茶髪に、力の籠った瞳。細身で顔も良いものの、何故か美麗とは結び付かない姿をしている。
「初めまして。 突然話し掛けてしまい、申し訳ありません」
「いえ。 ですが、どちら様でしょうか?」
「私は王宮騎士団所属・騎士団長のワーグ・バーグナーと申します」
騎士団長。それも民主ではなく王宮の騎士団長。王族を警護する騎士達の頂点であり、いきなり現れた大物の登場に全員が緊張を露にする。
だが、それを前にしてもワーグは何も言いはしなかった。真剣な顔のままハヌマーンの前に立ち、まるで貴族と話すかの如く姿勢を正している。
そこから察するに、彼もまた噂に踊らされている人間側なのだろう。確証は無く、未だ憶測でしかないものの、今回の謁見によって信憑性は高まった。
「騎士団長様、ですか? 一体私等にどのようなご用件が……」
「率直に申し上げます。 現在この王宮内では無数の噂が飛び交っておりますが、その中の一つに貴方様が王の隠し子ではないかという話が出ております。 その真偽を確かめる為、失礼を承知で話し掛けました」
「隠し子……」
困惑したような雰囲気を見せるハヌマーンを他所に、俺は冷静にバーグナーという男を観察する。
見た限りにおいて、彼は酷く正直な男だ。その真っ直ぐさは人心を集める力があるものの、同時に多くの敵を生み出してしまうだろう。
この王宮内で素直は悪だ。どれだけの美辞麗句を述べても、その裏には確実に何かが存在している。
それを読み解き、逆に利用する。そうせねば生き残れず、さりとて彼は今も生き残っている。
余程人の良い人物が助けてくれたか、単純にその強さで周りを黙らせているかのどちらかだ。そして、見る限りにおいて彼がいきなり剣を引き抜く存在には見えない。
そんな人物だからこそ、その率直さに裏を感じなかった。ハヌマーンも彼に対して年相応の声音で彼に答え、無難に回避していく。
その姿が酷い違和感塗れなのに気付いているのは、騎士団長を除いた四人だけだ。