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空を切る

 少年が立ち去った飲食店内部は静寂に包まれていた。

 会話が発生せず、発生しないからこそ参加することも出来ない。空になった紅茶のカップが一つだけテーブルの上に置かれ、シャルルはそのカップに視線を注いでいた。

 思い出すのは、少年との会話だ。

 僅かな時間であったとはいえ、少年の人となりは多少なりとて理解した。

 あれは生粋の自己犠牲主義者だ。本人が自覚しているかどうかはさておき、あのままでは少年の人生は決して長くはない。

 良くて三年。短ければ一年。どのような最後を迎えるかは定かではないが、家出を決意した時と同様に他者を優先するのは間違いなかった。

 振り返るのは少年の落ち着き払った姿だ。彼は王族を前にしても過剰に緊張せず、僅かながらに警戒する程度に留めていた。


 何を言われようとも真実を話さぬと言外に告げていて、しかして家族の話題になると酷く流暢に話すのである。

 彼にとってその家族が大事であったのは事実だろう。切り捨てられたとしても、これまでの恩を思い出して見事に受容している。

 少年の声には怨嗟が籠っていなかった。こうなったのは己のせいだと断じ、その様は我儘盛りの子供のものとは思えない。

 シャルルが同じ年齢だったとして、その時同じ境遇に曝されたらどうしていただろうか。

 暫く考え、出てきた答えは酷く単純な復讐だった。

 勝手に期待し、勝手に失望し、勝手に切り捨てた。悪は家族の側であり、裁かれるべきは家族である。


 その感情の全てを仕方ないで流してしまえる少年の精神に、シャルルは白旗を振りたい気持ちだった。


「ザイン、君の目から見てあの少年はどうだった」


「はっ、誠に強靭な精神を持つ子供であると感じました。 出来ることならば、王宮騎士団に入ってもらいたい程です」


「そうか。君でもそう思うのか」


 騎士ザイン。

 王宮騎士団に所属する彼は専らシャルル王子の護衛役として行動を共にする機会が多い。

 必然的に騎士団内でも上位の役職であり、現在は近衛としての活動を中心的に行っている。

 近衛に至るまでには、当然ながら実力は必要だ。加え、教養にも優れていなければならず、見掛けは体格の大きい男であっても実際はまるで違う。

 そして、そんな男が欲しいと言うのだ。酷く真剣な顔で。

 珍しいことだと、シャルルは内心で思う。王宮騎士団のスカウト行為は基本的に禁止であり、全員が試験を受け、厳格に結果を決め、その果てに王宮騎士団に入れる訳である。その最前提を解った上でザインが欲しいと思うということは、それだけの輝きを秘めていると考えるべきである。


 だが、件の少年はその話を聞いても首を縦には振らないだろう。

 今は家出している最中。その中で出自を隠して騎士団に入ろうとしても、周りに何と言われるか解ったものではない。

 騎士団は厳格を重んじるが、それでも大多数は貴族である。

 民主騎士団であれば入っても然程問題は無いのだろうが、ザインが求めているのは王宮騎士団。未だ明確に実力も判明していないのならば、王子が推薦しても色々な立場の人間から厳しい目で見られるだろう。

 所詮は絵空事。叶う筈も無く、ましてや今回の出会いは偶然だ。

 良い人材を発見した。それを冒険者として動かすよりも、騎士団として国防の任に付けたい。

 これはシャルル個人の認識だ。今の立場でなく、ただの一貴族としてであれば彼は純粋に少年を誘っていただろう。


「――――おや」


 ベルの音が飲食店に鳴り響く。

 店である以上、他の客がやってくるのは必然だ。高位の貴族が多く来るこの店でも、貴族同士が出会う確率はまったく低いものではない。

 入店した人物は二人だけだった。目の覚めるような眩い金の髪に、雪のように白い髪を持った人物達は明らかに貴族らしい服装に身を包んでいる。

 白いシャツの上に茶色のベストを付け、その上から黒い外套を羽織っている男性はシャルルの姿を見つけて目を丸くした。

 如何に此処が首都から離れているとはいえ、王族の顔は貴族なら誰もが知っている。

 同時に、その王族が何も通達せずに視察に訪れるのも有名だ。白と青の印象が色濃く映る少女も彼の姿を発見して、はしたなく思われない程度の速足で彼の前に姿を現した。


「御機嫌よう。 一番最初の貴族は君達だ」


「……このような場所でお会いするとは思いませんでした、シャルル様」


「まぁ、ね? 目立つようには来たけど、店は自分で決めてたから」


 シャルルは指で対面側のテーブルを叩く。

 その指示に青年の無表情は崩れず、静かな動作で席に付いた。シャルルは更に二人の間のテーブルを指で叩き、騎士の一人が椅子を運んでくる。

 こうなれば最早逃げる事は叶わない。青年は無表情の仮面の裏で苦々しい感情を抱きながら運ばれた紅茶に手を伸ばし、乾いていた口を潤わせた。

 シャルルと二人は初対面だ。それ故に自己紹介を挟み、ナルセという家名にシャルルの目は僅かに見開いた。

 

「ナルセの家の者か。 確かに領地とは隣接していたな」


「はい。 兄妹で静かに考える時にこの店に来ているのです」


「成程、そっちの君もかい?」


「……はい」


 静かに考える時。

 その言葉にシャルルは違和感を覚えるも、それを務めて無視して言葉をノインに向ける。

 王族との接点は何処の貴族も喉から手が出る程欲しいものだ。だというのに、ノインは窓から見える商店街にだけ目を向けていた。

 見方によっては大変失礼である。だが、シャルルはノインの目の下に濃い隈があるのを見逃さなかった。

 何かがある。その何かは解らないが、少なくとも尋常の事態であるとは考え難い。

 ナルセの家は騎士の家系として有名だ。今は当主が引退しているが、子供達は確かに成長している。

 腰に差した剣も付けられているという印象は無い。

 学園に通わず、独自の教育によって騎士として高い水準を叩き出すナルセ家は国防上必要不可欠だ。交友関係を広く持たず、王家にのみ忠誠を誓うその様は孤高の騎士として有名である。

 

 シャルルの目の前に居る青年もゆくゆくはそうなっていくのだろう。

 だが、そんな客観的な話を今はする時ではない。王家の人間達にとって、騎士団の頂点に君臨していたネグル・ナルセは非常に頼れる男だ。

 しかし、家の事についてはまったく話さない男でもある。結婚そのものも突然に発表され、引退する年齢も自身が語っていた。

 今の騎士団長は気さくで明るい男だ。正反対に位置する男だけに周りも非常に軽く声を掛けるのだが、シャルルにとってはそんな現在の騎士団長をあまり信用していない。

 

「君の御父上に伝えてくれないか。 貴方が引退してから騎士団は何処か軽く感じるとな」


「軽く、ですか?」


「そうだ。 職務には忠実だし、他者を敬っているのも事実だが、雰囲気に以前の頃のようなものがない。 ……それが時代だと言われてしまえばそれまでだがな」


 決して怠けている訳では無い。

 それは解る。実力も王宮騎士団としての水準を保っているし、今現在において問題は起きていない。

 だが、何時でも起こりそうな危うさが漂っているのも事実。軽いということは、それだけ常識的な縛りに対して緩いのだ。

 何処かで気を引き締めてほしいのだが、それを態々頼んでは意味が無い。

 問題がまだ起きていないが故に、必要以上の言葉は圧力と取られかねないのも悲しい話だ。


「まぁ、此処で愚痴を吐いても仕様が無い。 どうだ、そちらの家では何か問題は起きていないか? 此方はそちらに対して多数の恩があるからな。 何か困っていれば助けるくらいは吝かではない」


「――――吝かではない、ですか」


 他家に対して個人の愚痴を吐いてもどうしようもない。

 空気を変える為にもシャルルは明るく尋ね、だがその言葉は今の兄妹に深く突き刺さった。

 ネルはまだ無表情を保てている。だが、妹であるノインは露骨なまでにシャルルの発言に反応していた。

 瞳に僅かな希望を見せ、力になってほしいと切に願っている。

 釣りをしようとは思っていなかった。本当にただの世間話をする程度で、時間が経てばそのまま解散するのだろうと思っていたのだ。

 しかし、相手は大分追い詰められている。今すぐに救いが欲しいと願うノインに対し、シャルルは一度姿勢を正した。


「どうやらナルセ嬢は何かご相談したいことがあるようだ。 詳しくお聞きしても?」


「……ノイン」


「ですが、情報はなるべく多く欲しいのは事実です。 ネル兄様」


 ネルはノインを咎めるも、彼女の懇願についに溜息を吐く。――まだまだ、この店から出ることは出来ないらしい。

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