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第三部:盗人

「――既に誰かが入っているな」


 ランタンの火を消し、棚の陰に隠れながら入ってきた相手の姿を見やる。

 俺と同様に外套で身を包んだ姿。腰には大型のナイフが装着され、他にもピッキングツールや回復薬を装備している。

 身形も然程悪くない。寧ろ良いくらいで、十中八九冒険者だと見るべきだ。

 希薄過ぎる気配は暗殺者や盗賊によく得る感覚であり、であれば目の前の男はその手の技術を収めた上で此処に入っている。

 推測出来るのは俺と同じだが、油断をしてはならない。信用ならない相手であるのは一目瞭然なのだから、早々に場を離れた方が自身の安全に繋がる。

 彼は暫くランタンで辺りを照らしながら、数枚の書類を確認していた。捲る音から察するに、彼の求めている情報も重要書類。

 

 何枚も何枚も素早く捲る音に潜入している人物が部外者であると予想を立てる。

 誰かが既に入っている事を察して入り口近くで探し続けているのは非常にやり辛い。これで既に相手が居なければ滑稽な話であるが、実際に立ち往生を選ばねばならない自分には笑い話にもならないのである。

 早く居なくなるか、あるいは俺が今居る位置にまで進んでもらいたい。

 扉を開けてしまえば相手にも気付かれてしまうだろうが、共に騒ぎを起こしたくない者同士。潜入している限り直接追いかけて来るとは考え難い。

 相手が似たような目的を持っているかどうかの話であるものの、それでも願わざるを得なかった。

 暫く書類を探し回り、外套の男は舌打ちを一つ。残されている時間は少なく、彼もずっとは潜入していたくないのが伺い知れた。


「っち、何処にあるんだ。 まさか外れとは言わないだろうな」


 独り言を呟きながら奥へと進み始め、それに合わせて俺も位置を入り口にまで動かしていく。

 汗が流れる。絶対に目撃されてはならない以上、此処で発見されると痕跡として相手の記憶に残ってしまう。

 外套で顔を隠しているので正確な情報は手に出来ないだろうが、世の中何が理由で露見するか解らない。その前に貴族連中を追放出来れば良いものの、そう簡単に事が進むとも思えなかった。

 漸く入り口の扉横にまで到達する。案の定彼によって鍵が掛けられ、開けようとすれば物音が鳴ってしまう。

 それに、此処を巡回している者達の足音も徐々に近付き始めていた。

 油断している連中であれば此処の中を見ないだろうが、気紛れというものは存外気が抜けない。相手も足音に耳を傍立てているのか、ますます苛立ちを増幅させながらも書類の山と格闘していた。

 

「ない、ない、ない、……あ? あの壁は何だ?」


 気付いたか。

 壁の中に収められていた箱はそのままだ。中の書類は全て回収しているので空だが、安易に板を破壊してしまったことを悔いる。

 あの板を元通りに嵌め込む時間は無かった。そもそも破壊してしまったので嵌め込んでも意味が無く、此処を見た誰かが騒ぎ出すのは間違いない。

 だが、今此処で騒ぎ出しそうな者が居た。彼の身体から放たれる怒りの感情を受け、先程の暗殺者めいた気配の殺し方は何だったのかと文句を吐きたくなる。

 これでは盗人だ。彼が自覚しているかは不明だが、感情を表に出してしまうような人間では今後生き残れる筈も無い。

 純粋な実力は恐らく、ランクにして二か三。戦闘経験は動き方であるのだろうと推測出来るが、では強いのかと聞かれれば首を傾げてしまう。 


「ちくしょうめ。 ……誰だよ、俺の依頼品を盗んだ奴は」


 見つけ出して殺してやる。

 そう宣言する男に、呆れすら感じてしまう。誰が聞いているのかも解らない場所で情報を漏らすなど論外であり、ましてや感情を先行させてしまうなど失敗しますと言っているようなものだ。

 間違いなく、突発的な出来事に彼は対応出来ない。経験を積んでも難しい事態は起きるもので、外獣との戦いではよく起きる事だ。

 彼はその突発的な出来事に遭遇した時、そのまま何も出来ず死ぬのだろう。

 ならば、今此処で気絶させれば濡れ衣を着せる事が出来るのではないだろうか。

 書類強奪は遅かれ早かれ絶対に露見する。その時、誰がやったのかについて牧場で調査が行われるのは確実だ。

 奴隷達にも尋ね、拷問もされるだろう。その時に目の前の男が気絶してくれれば、彼を犯人として仕立て上げることが出来る。


 屑のような方法だが、どの道相手がやっていることもことだ。

 互いに悪事を働くのであれば、俺は俺の都合を優先させる。それによって起きる被害に善人が巻き込まれるようであれば全力で止めるが、悪人であるのならば躊躇は無い。

 彼は冒険者であるが、書類の内容を聞いた筈だ。相手が嘘を吐いたとしても、少しでも経験していれば冒険者に潜入させるような書類がまともな物ではないと思い当る。

 その上で受けたとしたら、最早言い逃れは出来ない。回収して騎士達に預けるなら兎も角、あの言葉からはとてもではないが預けるとは考えられなかった。

 

「報酬が高いから受けたんだがなぁ。 こりゃ失敗か?」


 愚痴を吐く男の様子を見つつ、徐々に徐々にと足を入り口から離していく。

 相手が前を向いているのか後ろを向いているのかはランタンの明りが教えてくれ、更には独り言を放っている方向から外れを無くしていた。

 中腰の姿勢のまま書類の山を漁る彼の背後に回り込み、腰のナイフを一本引き抜く。

 殺害はしてはならない。必要なのは此方の情報を覚らせないことと、なるべく無傷の状態で転がしておくこと。

 ナイフに塗ってある毒は大抵は死を呼ぶ物ばかりだが、麻痺のナイフもある。それを使えば相手が何かを話す前に身動きを封じ、そのまま意識を奪えるだろう。

 容赦はしない。俺が生き残る為にも、このまま犯人として拷問を受けてくれ。


「しゃあねぇ。 別の場所にでも行くと――――あ?」


 首筋を撫でるように切り付ける。相手は突然の攻撃に呆けるような声を漏らし、そのまま顔面を守れずに地面に激突した。

 唯一出せるのは小さな呻き声だけ。身動きの取れない身体を小刻みに震わせ、振り返ろうと必死だ。

 だが、クザンビーの毒針から抽出された麻痺毒は並ではない。入手が難しい代わりに効果は高く、指で触れば腕まで一気に麻痺が進行する。

 それを首に直接受けたのだ。満足に動くことは不可能であるし、今意識を保っているだけでも十分称賛に値する。

 伊達に盗人の技術を磨いた訳ではないということか。毒物に対する耐性を得るのは冒険者として必須であるし、例え盗人でなくともある程度の耐性は得ておきたい。

 俺は残念ながら経験が少ないので毒を受ければかなり不味いが、かといってそれを練習機会に恵まれなかった。


 倒れた男の後頭部を数回ナイフの柄で殴り、そのまま意識を昏倒させる。

 ついでに外套の中身を見てみると、ただの中年の男の顔がランタンの光に照らされて出現した。

 特徴的な部分は無く、記憶にも残り辛い。それは暗殺者として有利だが、活用する機会を自分で潰しているようであれば無駄でしかなかった。

 薄く切られた首筋の傷はあまり目立たない。例え牧場の誰かが気付いたとしても、何処かで切ったか程度の認識しか持つまい。

 更に、男の傍にあった棚を静かに倒しておく。これで頭をぶつけて気絶したのだと見せかけ、別の誰かがいたと気付かせる時間を遅らせるのだ。

 幾らでも時間稼ぎはしても良い。すればするだけ此方にとって優位になるのだから、ある意味彼は俺にとって都合が良かった。

 そのまま周囲の足音を調べつつ、俺は静かに部屋を出る。相変わらず警戒のけの字も存在しない施設を抜け出しつつ、明日の予定を考えるのだった。

 

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