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第三部:悪徳の書

 奴隷達に俺の事を他所に話さないよう頼み、少女が倒れていた部屋へと再度潜入を果たす。

 話をしている間に監視をしていた者達が帰って来ると思われたが、流石に牧場が広過ぎたのだろう。未だ帰って来る気配が無く、そのまま部屋の奥へと進むことが出来た。

 施設内の構造は奴隷達が住む場所とは異なり、確りと整備されている。伯爵や男爵が来ることも想定されて質は悪いものの茶色のカーペットが敷かれており、肉の生産場所とは思えない程に等間隔で調度品が並んでいた。

 実際の作業は別の施設で行い、此処で行うのは書類業務や来客の対応だ。応接室は多く存在し、それだけ多数の人間が取引を掛けに来ているのだろう。

 真実を知らないままで見れば、此処は非常に魅力的だ。

 

 この国の大部分を支える生産所との交流は自身の身分を高めることに繋がるし、安心を値段に上乗せして売れば冒険者達が挙って購入する。

 創設者であるアリアン公爵の名前が付いたアリアン牧場の名は世界的に有名で、他国の商人とも取引をしている噂も存在していた。

 故に部屋の数が多いのも解り切っていたし、目的の場所を見つけるのも簡単だ。深夜であることも含め、此処の内部警備は驚く程に杜撰極まりない。

 俺以外にも誰かが噂を怪しんで極秘の調査に乗り出さないとも限らないのに、一体どうして此処まで内部に関しては手薄のままであるのか。

 もしや遺産を使った警備体制を構築しているのかと不安を抱くも、彼等がそれを使うとしたら邸宅だけに絞るだろう。

 

 誰だって本拠地を最重要視する。

 此処も重要拠点の一つではあるが、様々な恩恵によって誰も手を出さなかったと見るべきだ。そもそも貴族達は関わり合いになりたくなかったのではないかと俺は考えるが、その結論を下すのは早計が過ぎる。

 高貴なる身分を持つ以上、誰かの恨みは必ず買う。如何なる聖人であろうとも、起こした結果によって悪く思われることは絶対に起きてしまうのだ。

 例えば伯爵や男爵が多方面に肉を格安で提供していたとして、そんな真似をされれば豪商達が不満を抱く。

 折角の取引相手が居なくなってしまうのだ。二人に対して怒りを覚えるのも自然であり、何かしら黒い噂を求めて調査を差し向けるのは違和感が無いだろう。


 にも関わらず、これまで何も騒ぎは起きてはいなかった。

 その理由は幾つか思い浮かぶものの、決定打となるものがない。今回の俺の行動はかなり突発的であるし、それが良い方向に影響していると考えるしかなかった。

 書類が保存されている部屋はこの施設の中でも最奥。周囲を石壁に囲まれ、窓の無い暗室に全てが収納されている。

 石壁だけであれば中位以上の冒険者であれば破壊可能であり、重要書類のある場所に石壁だけしか守りが無いというのは有り得ない。俺が考えるなら、石壁を二重にした上で間に金属版を挟む。

 その上で警備兵を二人常に滞在させ、重要書類には出来る限りの鍵を取り付ける。最高は誰にも解らない場所に置くことだが、人が書類を置きに行けば自然と何処かで情報が漏れてしまう。

 今回も奴隷達が情報を共有していたお蔭で保管場所は掴めた。これが無ければ探すのに手間取り、この日は本当に施設内の情報を探るだけに終わっていただろう。


「…………」


 足音が施設内に響く。巡回している人間の数を耳で拾った限り、人数は精々五人程度。

 保管場所に近付けば近付く程に音は大きくなっていき、次第に姿も見えてきた。ランタン片手に歩き回る姿に警戒感は薄く、欠伸を漏らしている姿に形式的なものでしかないことが伺える。

 殺そうと思えば簡単に殺せるが、相手がまるで警戒していないのであれば態々手を出す必要も無い。相手が通り過ぎるのを隠れてやり過ごし、一気に部屋の前へと進んだ。

 扉は応接室と変わらない構造であるが、取っ手には鍵穴が見える。正規の鍵を用意せねば突破は難しいが、古今東西まともに鍵を集める盗賊など居る筈も無い。

 外套の内側に付けられたポケットから細い金属棒を二本取り出し、鍵穴に差し込む。

 足音を聞く限り、次に巡回が来るまでは多少の時間がある。その間にこじ開け、書類を奪取して街で潜伏するつもりだ。

 書類だけでも大打撃となる。別口からになるが、そこから税金搾取の情報も出てくるだろう。

 

「――――開いた」


 鍵の構造は複雑ではない。流通されている一般の鍵よりはいくらか難しくなっているものの、宝箱型の外獣よりは簡単だ。

 元盗賊の冒険者から形だけ教わったので精度は悪い。だが、一般流通している物であれば突破するのは出来るので助かったと言える。

 そのまま中に入り、内鍵を閉めて折り畳み式のランタンに火を灯す。

 小型のランタン故に部屋全体を照らすのは難しいが、置かれている書類が多過ぎるので全体を照らそうとしても阻害されて無駄に終わるだろう。

 夜中は何時までも長く続かない。出来る限り迅速に書類を探し出す必要があるものの、棚に置かれた籠の中に無造作に入れられている。

 これではどれが重要でどれがそうでないかが解らない。手当たり次第に探すしかないかと籠の一つを見ると、肉の生産量と動物の名前が書かれていた。


 この牧場で飼育されている動物は豚や牛だ。馬や鶏の飼育は別地方に有り、食肉としての役割を持った大型の動物ばかりが此処に居る。

 その為、生産量も高い。一体あたりが取れる肉の量も多く、部位ごとの取れ高についても記載されている。

 ――だが、暫く書類達を読んでいると違和感を覚えた。

 此処にある肉の行先は国中にある。何処にどれだけの量の肉が運ばれたかが書かれているのだが、その内の一部に行先不明の肉の記載が存在していた。

 一部とはいえ、場所が場所だ。量も多く、推測するに百人分の肉が何処かに運ばれている。

 何処かについては今は放置だ。それよりも重要書類の方をと探し続け、ふと視線を上げた先にある壁に意識が向いた。

 木を隠すなら森の中。であれば、書類を隠すには書類の中。

 

 その可能性を考えていたのであるが、この言葉は世界中で有名だ。

 聖人認定を受けているユウ・カジマが残した様々な情報は人類の発展に繋がり、同時に新しい争いにも発展するようになった。

 その人物が残した言葉だからこそ、誰もが同じ事を考えるだろう。大切な物を隠すのであれば、似た物と混ぜてしまえば良いと。

 では、その思考を逆手に取られていた(・・・・・・・・・)としたらどうする。

 壁に近付き、軽く叩く。石の硬い感触が伝わってくるものの、諦めずに横に向かって移動しながら壁を叩き続けた。

 鍵はピッキングについて多少の心得がある人間ならば誰でも突破出来るものだった。貴族であればもっと強固な鍵を用意することも出来たのに、態々簡単な鍵だけを用意した理由なんてそれしかない。

 であればとノックの要領で叩き続け、奥の一部を叩いた際に軽い音が返ってきた。

 

「この壁、木製なのか……!?」


 余程塗装が得意な人間が居たのか、本当に石のような見た目の壁が目の前にある。

 その壁をナイフの柄で殴れば、軽い音と共に板は割れた。この壁は一枚の石壁のようになっていると思ったが、実際は二枚の形で構築されている。

 その内の一枚を削り、正方形の空間に木箱が収められていた。

 鍵は掛けられておらず、開けてみれば数枚の書類が残されている。目を通してみれば、やはりというべきかよろしくない情報ばかりが記載されていた。

 この情報を回収し、王宮にまで戻る。それで俺の仕事は終わるだろうと確信し――直後誰かが急速に近付く足音が聞こえた。

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