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第三部:奴隷の証言

「此処に居るのは、全員奴隷か……」


 広めの部屋に、数人の人間が居る。

 蝋燭の光だけが照らす部屋の中は薄暗く、やはり視界だけで全員を把握することは出来ない。

 鍛え上げた感覚で数人だと解るものの、それでもまだ他に人間が居ないとも限らなかった。此方が困惑を深めているのを他所に、奴隷達は横たえていた身体を動かして整列をし始める。

 予め教育されている。横一列に並んだ者達を見つつ、牧場の真相に苦虫を噛み潰した頃を思い出した。

 奴隷とされる人間は大部分が犯罪者だ。奴隷とされる程になると、殺人や密売を最低でもしていることになる。

 だが、実際は何の罪も無い人間が奴隷である場合が多い。その殆どが人通りの無い村からであったり、他国の人間であったりする。

 

 彼等は捕獲された際に闇市で売られ、酷使されるのが基本だ。

 炭鉱での採掘業務。男を相手にした一夜の相手。農作業でも当然ながら奴隷が使われ、彼等の存在はこの国を支える上でなくてはならない存在だ。

 確かに奴隷には人権が無い。条件として犯罪者ばかりである為、人権を設けてしまえば彼等はそれを利用して悪事を働く可能性が極めて高くなってしまう。

 だがそれで罪の無い人間まで酷使されてしまえば、捕まった彼等の人生が悲惨なものになってしまう。

 彼等を解放するには相応の手続きが必要であるが、その為には闇市で購入したという事実が必要だ。奴隷商人の商品目録から彼等の情報があれば、即座に彼等は解放される。


「突然の訪問、申し訳ない。 私は此処に配属されたのではなく、此処の領主達の不正行為を調査する為に潜入した者だ。 そちらは全員、不正規の方法で奴隷になってしまったのか?」


「……お役人様ですか!?」


 俺の言葉に、中年の男が驚きと喜びを混ぜた言葉を紡ぐ。

 それに合わせて周りもざわつくものの、全面的に信じる気配は未だ薄い。それも当然というか、そうでなければ彼等の方が偽りではないかと疑ってしまう。

 骨と皮になるほど働かせられ、なおも人を信じられる程人間の善性は高くない。その状態で他者を信じられるのであれば、それは聖者ではなく只の間抜けだ。

 彼等に信じてもらうには、別の証拠を提示する必要がある。その為の方法が無いではないが、かといって無闇に見せるのは難しい。

 それを見せるのは最後の手段だ。本当に追い詰められた時に使うもので、今は選択肢として入れてはならない。


「信じてもらえるとは思っていない。 だが、此処の領主が不正を行っている情報を得ている。 私はその情報を求めて此処に潜入したのだが、何か知っていることはないか」


「…………」


 他に手札を公開出来れば容易に信を得る事も出来る。

 しかしそれでも、俺には他に選択肢が無い。もしもあるとすれば、彼等を奴隷の身分から解放する程度だ。だが、もしも彼等の中に本当の犯罪者が含まれていないとも限らない。

 調べれば良いだけの話だが、それが出来るだけの力をまだ俺達は持っていなかった。

 簡単な方法であるとはいえ、それでも一人の商人を探すには多くの資金と物資が必要となる。姿を隠し、何年も探し続けるような真似をしている余裕は無い。

 だからこそと言うべきか、闇市の消失は依然として発生してはいなかった。探し出すのは難しく、加えて言えば闇市によって生活が成り立っている普通の市民も居る。

 闇市を閉鎖させて生活を困窮させてしまえば、感情論が基本の市民では国家の批判を行うだけだ。

 状況を改善させる為に動いているのに、悪化させてしまえば意味が無い。よって単純に開放させるのも簡単なようで難しかった。

 

「……ぁの」


「! ……何か知っているのか」


 短い沈黙が続き、先程助けた少女が俺に声を掛けた。

 その目には不安があるものの、しかし僅かな期待が浮かんでいる。もしかしたらを想像しているのは一目瞭然だ。

 

「シュリ……何をするつもりだい」


「……しんじて、みたいの。 うら、らぎられるかもしれなぃけど」


 諦観に支配されていた女性の強い言葉に、されど少女は切な想いで反論した。

 少女が少女として居たいが故に。人間が人間のままで終わりたいが故に。彼女は確かに激痛に身を丸める手段しか持っていないが、完全に全てを諦めきっただけの人間ではなかった。

 彼女の内には僅かな蝋燭の灯がある。誰かに託せるだけの人間ではなく、自分で道を作ろうとするだけの意志の力を有している。

 それを捨てるのは損失だ。彼女のような存在にこそ、栄光を掴んでほしい。

 思わぬ出来事ではあったが、此処で彼女を見捨てぬ必要性は生まれた。ならば、その為に活動することに何の躊躇があるというのか。

 腰の武器を床に置く。彼女の足元にナイフを転がし、自身が無手であることを全員に知らしめる。


「何か不都合を感じたならば、即座に殺してもらっても構わない。 だが、必ず君達を救うと約束しよう」


 負けぬと決めた者を捨て置く非情さを、俺は持っていない。

 誰かを騙すのは戦いの中か、排除せねばならないと決めた時だけだ。此処に居る面々が全て彼女のようになるかは解らないが、もしもの可能性は加味しておかねばならない。

 宝石は何処にあるのか解らないのだ。例え玉石混交であっても、見ないという選択肢は俺には無い。

 

「……わゕりましぃた。 はなせるぶぶんは、はなしまぁすぅ」


 痛みに眉を顰めながら彼女が語る内容は、正に此方の利益に通じるものだった。

 この施設は二十年も前から闇市で購入した奴隷を使い、払うべき賃金を払わずにいる。監視も正規に雇うことはせず、裏路地で麻薬を売るような連中ばかりだ。

 今現在もそれが判明していなかったのは、黒幕である貴族達が金で雇った者達で偽装を施していたから。

 伝聞に始まり、人員や作業の完全な偽装。王族の誰かが来ることを掴んだ瞬間に奴隷達は此処から少し離れた粗末な小屋に押し込められていたそうだ。

 その小屋の中こそが彼等にとって安息の地であり、毎年起きる視察を何時も待ち侘びている。

 領主である伯爵が来るのは年に二回のみ。それ以外は別の人間を間に立てているらしく、それが誰かについては彼女達も知ってはいなかった。

 

「脱走した連中は皆此処で肉にされちまったよ。 その解体をしていたのは……俺達だ」


 最後に呟いた男の言葉で、全員が沈黙した。

 話すべき事柄は全て話したのだ。これ以上を彼等は知らず、ならば後は行動あるのみ。

 この牧場は一種の地獄だ。そして、絶対に閉鎖してはならない地獄でもある。此処がある限り、酷使しようと目論む人間は生まれるだろう。

 貴族達にとって嫌悪すべき場所だからこそ、それを有効活用しようとすると奴隷だらけとなる。

 この場所全体が悪因を呼び込む元凶だ。それを止めるには、やはり黒幕達を止めるしかない。

 最初は徴収の頻度と額が大き過ぎると来てはいたが、最早そんな枠では収まらない程の悪が此処にはあった。

 見た目は肉の生産工場だ。だが、真実を知った今ではとても此処の肉は食べられない。

 疲れた表情を見せる男達の姿は今にも死にそうで、実際に栄養状態の悪さから近い内に死にそうだ。

 生かすと決めた以上、最速で事を済ませる必要がある。情報は手にしたし、部屋の場所も大体は把握出来た。

 これならば書類がある場所も予測が付く。決定的な重要書類は此処においていないだろうが、金の流れを掴むくらいは出来るだろう。

 

「話してくれて感謝する。 これが終わったら必ずお前達を解放すると誓おう」


「……おねがぃ、します」


 一週間という調査時間で解決に導く。それを自分の中で定め、行動を開始した。

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