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救われぬ者に救いの手を~見捨てられた騎士の成り上がり~  作者: オーメル


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第三部:タコ部屋

 殴打に殴打を重ね、損傷の目立つ身体となった女は部屋の端の方に捨て置かれた。

 満足そうな吐息を吐く男は別の男から一本の酒瓶を貰い、グラスに注がずそのまま飲み始める。その様子に男の一人が文句を言うものの、その声には多分に悦が含まれていた。

 外で働く者達とは異なり、彼等の身形は比較的整っている。綺麗さとは無縁であるが、まともな恰好をしている時点でこの施設では恵まれている方だろう。

 この施設の中で彼等が上位の存在であるのは間違いない。国営の施設である牧場でならず者同然の連中が働いているのはそれだけで問題ではあるものの、誰も知らねば何も問題にはなりえない。

 この情報を王宮に伝えれば、少なくとも騎士が派遣されるのは確実だ。実際に働いている者達からも証言を募れば、それだけで悪事が世に出るだろう。

 その前に対策される可能性も高い。解決の可能性はあるが、かといって確実性があるとも言い切れない。

 

『ふぅ、今日も退屈なもんだな。 トレビン』


『そう言うなよタレス。 給金は良いし、肉も水もタダで手に入る。 それに、此処に居る奴等は仕事に影響しない限り好きにして良いとのことだ。 他に良い仕事があるか?』


『別に文句を言うつもりは無いさ。 でも、まぁ、何か刺激が欲しいと思わないか』


 酒を飲み続ける男を放置して、二人は話し続ける。

 彼等にとって、此処は欲望の全てを叶えることが出来る場所だ。金を多く手にして、働いている人間達に好きなように命令を下すことも出来る。

 その割には彼等自身が苦労する必要も少なく、雇い主の命令も然程苦しいものでもない。

 間違いなく、彼等にとって此処は天国だ。それが何時崩れるかも解らない場所であると理解せず、彼等は破滅する瞬間まで甘い蜜を吸い続ける毒虫となるのだろう。

 善良な人間を食い物にする典型的な悪人だ。このような人間は余程の理由が無い限りはその場での殺人も許され、家族達は恨むことは一切出来ない。

 

『言わんとしていることは解るがな、刺激的な仕事なんざ俺は御免だ。 死ぬような目にあっちまったら折角溜め込んだ金が無駄になっちまう』


『そうかい? 俺は出来れば刺激的な生活を送りたいもんだよ。 一時は冒険者も目指してたんだぜ』


『命知らずな奴だ。 そんなら直ぐにこの仕事を止めて冒険者にでもなっちまえよ。 龍と対決でもすりゃ英雄になれるかもよ?』


『はっはっはっ、なってみたいもんだなぁ』


 取り留めも無い話だ。

 無駄な話を続けるばかりで、生産性のある話は一切無い。その間も殴られ続けた女性はまるで動かず、しかし耳はか細い呼吸音を拾っていた。

 呼吸は恐怖に震え、出来る限り相手に興味を持たれないよう潜めている。

 そんな真似をしても彼等が視界に収めれば無駄に終わるというのに、最後まで諦めずに生存の機会を握ろうとしていた。

 それが彼女なりの必死なのだ。そうせねばこれまで生きていけなかったのだろうと思うと、彼女に哀れみさえ浮かんでしまう。

 今この場で助ける事は出来る。此処に居る面々を殺し切れば、彼女を助ける事は十分に可能だ。

 彼等に戦いの経験は無い。見ているだけで素人だと解るし、実際に戦ってみれば剣すら使わずに終わってしまうだろう。

 

『……おっと、そろそろ見回りの時間だ。 さっさと行くぞ』


『へいへい。 コイツも外に捨てておくわ』


『ああ。 おいジョニー、酒ばっか飲んでないで行くぞッ』


『んぁ? あぁ、すぐいくよ……』


 酒浸りの男の頭を叩きつつ、彼等は部屋から出て行く。近くの扉が開く音が聞こえ、そのまま見回りへと夜闇の中を歩き始めた。

 暗色の外套に身を包んだ俺の姿は捉えられることも無く、扉に鍵を掛けずに出て行っている。

 その為、侵入も容易い。なるべく足音を立てずに部屋に入るものの、やはりどうしても女性奴隷の近くを通らざるをえないのが問題だ。

 他に安全な侵入経路もあるのだろうが、連中が居ない場所を通った方が俺にとって安全である。

 出来れば息を潜めたままでいてほしいと願いながらも様子を伺うが、彼女は呻き声を漏らしながら身体を動かし始めている。

 手足を縛っている紐は今は無い。自身の足で元の場所に戻る為に外され、捨て置かれたのだ。

 例え死んだとしても一人だけ。従業員はまだまだ存在するし、一人程度の補充は奴隷であれば簡単だ。

 死亡しても誰の記憶にも留まらない。奴隷の扱いは生きた消耗品と同程度だ。居なくなってしまえばまた増やせば良いと考える思考は、まさしく支配者だからこその思考だろう。

 

「…………」


 動き始めた彼女はしかし、直ぐには起き上がらない。

 当然だ。そもそも負傷箇所が多く、身体に栄養が巡っていない。不健康な身体で暴力を振るわれれば、中々身体を回復させる事は難しいものだ。

 誰かが助けねば、恐らく彼女は死ぬ。だが、それを選べば俺の姿は誰かに認識されることになる。

 隠密を取るか、人助けを取るか。巡る思考は、先程哀れみを感じた時点で決まっていたようなものだ。

 土の上に倒れた彼女に近付き、横向きの身体を仰向けにさせる。突然俺が触れたことで彼女は目を瞑って身体を硬直させてしまったが、直ぐに暴力が飛んでこないことを気にして目を開く。

 そうなれば必然的に俺と目が合ってしまう訳で、見知らぬ俺の姿に目を丸くしていた。

 一先ずは彼女の傷を回復させる必要がある。完全な回復を行うには中位以上の回復薬を飲ませるべきだが、それでは後日男達に怪しまれるだろう。

 なので、低位の回復薬で最低限の回復に留める。腰にぶら下げていた薬瓶を取り出し、彼女の前に差し出した。


「回復薬だ。 それを飲めば最低限動ける程度には治る」


「……、ぇ?」


「此方を怪しむのは当然だが、動きたいならさっさと飲め。 でないとまた殴られるぞ」


「……!!」


 善意で語るよりも、脅迫ぎみに話せば彼女は即座に瓶を口で加えた。

 そのまま飲み続け、僅かばかり彼女の負傷が癒される。痣の数も減っていき、横たわっていた身体はゆっくりと起き上がった。

 腫れあがった彼女の顔もある程度は引き、醜かった顔も多少は元に戻る。

 驚くべきは、その顔はかなりの美人だったことだ。彼女の姿からは想像がつかなかったが、顔も合わせるとまだまだ若い。

 恐らくは俺と同年代。もしくは、一歳か二歳程年下か。

 困惑を瞳に映しながらも汚れ切った茶髪を揺らし、彼女は静かに頭を下げた。


「あ、ありがとう……ございま、ました」


「……まだ若干話すのは難しいか。 取り敢えず、お前が普段寝ている場所に案内してくれ。 そこで詳しい話をする」


「ぁい」


 覚束ない言葉遣いで彼女は立ち上がり、ゆっくりと自室へと歩いていく。

 その近くで隠れながら進み、時に彼女は見回りの男達に罵倒を浴びせられながらも一つの部屋の前に立った。

 顔だけ振り向かせ、彼女はそのまま入る。

 此方もそれに合わせて入り込み、扉はそのまま閉じられた。

 隙間風が多く入る木造の部屋は今にも壊れてしまいそうで、無駄に広いだけの空間は寒々しい。

 しかしそれは彼女だけが寝ている訳ではないからだ。他にも横になっている人間が居て、俺の登場に彼等は総じて困惑を露にしている。

 いきなり大声をあげないのは純粋に疲れているからだろう。今までとは違う人物の登場に新しい人間が配属したのではないかと恐れられても不思議ではないが、一人の別の女性の目には諦観が浮かんでいた。

 誰が新しく入っても変わらないと思っているのだろう。何も変わらないのであれば驚く必要など僅かたりとて存在しない。

 そこで初めて気づいた。彼等は総じて痩せ細っているものの、全て何らかの理由で来させられた平民だと思っていた。

 だが、彼等の首元に見える鼠の入れ墨。それが奴隷である事を示していたのだ。

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