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第三部:闇夜の者達

 夜闇の空間は基本的に活動には向かない。

 目視が難しくなり、騒音を立てれば周りが何事かと苦情を伝えに来るのだ。夜間の活動においては静かな行動を求められ、それが出来ない者は総じて自室で大人しくしていた方が良い。

 ただ、隠密行動は冒険者でなくとも絶対に必要となる技術だ。隠れ潜む技術は外獣に迫る際に必要となり、犯罪者を取締る騎士達にも必要である。

 それ無くして職務を全うすることなど不可能。余程外に行かない内政系の仕事が必要としないくらいか。

 ベッドから音を立てないように抜け、装備を整えて静かに宿屋の外に出る。

 静まり返った世界は足音一つでも大きく、普段はあまり意識を払っていない部分にも自然と意識が巡っていた。

 周辺の気配を探れば、やはりこの時間帯でも活動する人間が居る。

 

 その大部分が脛に疵を持った者達ばかりであり、無闇に近付いても良いことにはならない。

 この時間で行動する以上は他者と繋がりを持つべきではないのだ。それに南の牧場も広く、今の俺にはそんな者達と交流を持つ時間は残されてはいない。

 空にある月は今日は見えていなかった。雲によって閉ざされ、ただでさえ悪い視界が余計に悪くなっている。

 頼れるのは自身の感覚。視界が建物の輪郭だけを映す中でなるべく急いで進み、南側に街の出入り口に到達。

 門番は深夜も働いている。欠伸をしながら前を見つめ、それ以外にまるで注意を払っていない。

 警戒のけの字も存在しない態度だ。暗殺者であれば殺し放題であり、気付かずに通り抜けるのも然程難しくはなかった。

 人間一人分のレンガ積みの壁は一般人であれば通り抜けるのは難しいだろう。だが、此方は冒険者だ。

 一度勢いをつけて跳ねるだけで壁を通り抜け、そのまま街の外へと出る。

 

「警戒の目が無い。 ……杜撰だな」


 成人男性一人分程度の高さしかない壁はある程度の実力者であれば容易に抜けられる。

 そんなことは門番達も知っている筈だろうに、まるで警戒されていない。これでは抜け道どころの話ではない。

 門番の身分証確認など形だけになってしまう。それによくよく見れば、門番達は民主騎士団所属を示すエンブレムを付けていない。

 此処には正規の騎士など存在せず、貴族達が雇い入れた人間だけを置いている。であれば、情報の改竄なんて幾らでも出来てしまうだろう。

 予想以上に敵は多い。この街全体でどれほどの人数が貴族達と同じく甘い蜜を吸っているのだろうかと考えつつ、足は牧場へと一直線に進んだ。

 街と牧場の間はそれほど離れてはいない。歩き続けていれば牛の鳴き声が聞こえ始め、柵の姿も見えてくる。

 

 それに合わせて複数人の動く気配も感じた。

 深夜でも動物達の様子を確かめに働く人間は居る。大規模牧場ともなれば人数も多くなり、それに賃金も高くなるのが一般的。

 本来ならば寝ている時刻に働かせているのだ。その分だけ割増にするのは道理であり、法にも確り明記されている。これに違反すれば、店であれば即座に閉店だ。

 国営の施設であれば責任者の解雇を行い、精査された別の人間がその席に座ることになる。

 牧場は国営の施設だ。なのでこの場合、不正が発覚した時点で首の交換は行われるだろう。そして、恐らく俺の予想が正しければ牧場で働く人間は正当な分の給料を貰ってはいない。

 無数に居る動物達の陰に潜みながら、建物のある方向へと進み続ける。進めば進む程に人の気配は多くなっていき、次第にその姿も見えてきた。

 

 彼等の身形は非常に汚かった。

 綺麗な衣服を着ている者など存在せず、肌も土塗れ。髪も荒れ放題な姿を見ていると、港街の捨て子達を思い出させる。

 健康状態も悪く、ランタンを持つ腕は骨と皮だけだ。

 それが幾人も存在し、さながら亡霊の群れを想起させられる。普通の平民が深夜に出会えば絶叫しかねず、此処が肉の生産拠点であるとは思わないだろう。

 まともな働かせ方をしていない。此方の予想通りの姿に同情を覚えつつも、手を差し伸べるのは後回しだ。

 今直ぐに助ける事は出来ない。それをするのは本当に手が無くなった時くらいなもので、感情論を利用した手段は綻びが誕生しやすいのだ。

 それに、この瞬間に助けたところで救いになる訳でもない。俺に彼等全員を普通に働ける程度まで養う程の資金は無いし、義理も無いのだから。

 

 この施設の健全な運用。

 それこそが彼等にとって最も救いとなるのは明白だ。だからこそ彼等を放置し、施設の奥深くへと踏み込む。

 施設そのものに問題があったのはこれで判明した。実際に王族達が此処を視察すれば、即座に問題として取り上げてくれるだろう。

 貴族達は何かしらの手段でもって王族接近を感知するだろうが、隠し通せるとも思えない。

 この区画だけ不健康な人間が居る訳でもあるまい。大量の人間の一部が王族に訴えれば、その瞬間に彼等の目論見は総じて露見する。

 甘いのだ、全て。貴族は平民達の決死の行動を何処か軽く見ている。それが時として歴史を大きく変えることも教科書に載っているというのに、己の代ではそれは起きないと見ているのだ。

 気配を探ると、規則的に見回りをしている影は少ない。彼等は裏切らないと貴族側は見ていて、実際に何か反抗されても監視の人員だけで対処出来ると認識している。


 ――だから、簡単に情報を抜き取られるんだよ。

 施設の材料は一部レンガ造りだが、殆どは木材だ。しかも雨風に晒されて腐食している部分も存在し、腰のナイフでも穴を開ける事が出来てしまった。

 これでは侵入経路は作り放題。早速見張りの交代要員が居る建物を探し、そこに小さな穴を開けた。

 彼等が居る場所は簡単に見つけることが出来る。他者を虐げる組織の中でも、下層の連中は素行が悪い。

 下品な笑い声や他者に暴力を振るう人間ばかりであり、その音を耳で辿れば到着は直ぐだ。

 今も聞こえる肉を叩く鈍い音に目を向ければ、小さな穴の先で人間を甚振る者達が居た。数は四人で、一人は酒を浴びるように飲み続けているのが確認出来る。


『オラァ! もっと良い声あげろや女ァ!?』


 その内の一人。最も大声を上げている男の目の前に、腕や足を縛られた女らしき人間が居た。

 顔は限界まで腫れあがり、肌が見える場所は紫の痣ばかり。とてもではないが見ていられない姿に、俺は即座に彼女が奴隷であると察する事が出来てしまった。

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