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第三部:鍍金

 黒曜石のギルド内は周辺の街にある支部とは異なり、何処か富裕層めいた雰囲気が流れている。

 それは恐らくこの建物そのものの構造や、通常ならば置く筈の無い調度品があるからだろう。全面硝子張りにした床は水の青を映し出し、天井にぶら下がる灯りは松明などではなくシャンデリアだ。

 清潔に保たれ、食事処も酒場も併設されてはいない。一種異国とも思える世界に驚きが無い訳では無いものの、直ぐに気を取りなおして止まっていた足を動かした。

 冒険者の身形までは流石に変化は無い。何時も通りの革と金属の鎧を纏い、時々見える外獣を用いた武器を視界に収めておく。

 冒険者達はこの施設をよく使っているのだろう。驚きは無く、普段通りに笑い合いながら仕事を受けている。誰かが暴れる気配も無いあたり、この施設の治安もかなり良い。

 

「うわ、掲示板も大分違うな」


 待機用の椅子に座りながら、木製の枠に収まった依頼掲示板を見る。

 乱雑に貼られている港街の掲示板とは違い、此処は確り整理された状態で張り出されている。木枠の横には受付までの案内板もあるし、紙の質も極めて高い。

 これだけでも如何にこの施設に金が掛かっているのかが解る。こんな施設はそれこそ王都でなければ見られないかもしれない。

 それだけの資金を投じるだけの理由。その点こそが最大の疑問だ。

 事前に周辺を調査してもらった手紙曰く、この街に専属の冒険者は存在しない。高位の冒険者も居らず、此方が確認した限りにおいて最大ランクは七。

 それは高位一歩手前のランクではあるものの、中位であるのは変わらない。

 実力として開きがある訳でも無く、かといって油断など出来る訳も無いだろう。


 ――――良く考えるなら、この街が以前に冒険者によって助けられた。

 金の使い様を見つつ、表面的な部分から判断した結論はこれだ。この理由ならば理解は出来るし、どれだけ使われたとしても問題は無い。

 ギルドが発展を遂げれば、その分だけ冒険者を手助けする札が多くなる。

 冒険者が用意せずとも支給品という形で回復薬や携帯砥石を提供することも出来るし、冒険者によっては専用の部屋を用意することも可能だ。

 一部のギルド支部ではその方法を取っているのだが、残念なことに港街では行われていない。

 治安が悪いこともそうだし、単純に資金も無い。此処とは正反対なのが港街とも言えるのだから、何でそんな場所を俺は拠点としたのかと少しばかり考えてしまった。

  

「――ん? 君は見掛けない顔だね」


 暫く周りを見渡しながら呆としていたからか、横から声を掛けられる。

 顔を動かせば、何処か胡散臭い印象を覚える青年の顔があった。目は細く、最早閉じている程だ。

 面長の顔に銀の髪と珍しい風貌の持ち主で、彼の身体は全身が見た事も無い服装で統一されていた。

 白と黒の布を用いて製作されたと思われる袖の広い装いは、何に近いかと尋ねられれば高級宿で見る白いガウンだろう。

 ただし、彼の下側はスカートのような構造となっている。更に草を織り込んで作られた独特な履物を身に付け、腰にある剣は鞘越しでも細い。

 異国の施設の中で異国の人間と出会った。まさにそんな状況であるからこそ、彼の言葉に即座に何かを返すことが出来ない。


「おーい、聞こえてないのかーい?」


「……ッ、すいません。 こういった場所にあまり慣れておりませんでしたので」


 再度の呼びかけに、今度は確り答える。

 外套によって顔は見えていないだろうが、俺の声音で咄嗟に答えたのは解っただろう。

 成程と顎に軽く手を添えた男は抑揚に頷き、一度周りを見渡してから俺に顔を寄せる。あまりにも近い距離に顔を背けるも、本人は気にせず何かを話し始めた。


「此処に来たからには冒険者なんだろうけど、正直此処はお勧めしないよ。 出て行くならなるべく早めにすると良い」


「――御忠告有難う御座います」


 彼の言葉は何も知らなければ意味深だ。だが、この街の裏を知っている身としては至極当然。

 危険な場所に長居するだけの理由は無い。それを彼は知っていて、新しく来た人間である俺に忠告を述べてくれた。

 なら、彼は一体何者なのか。その素性は気になるものの、態々詮索するつもりは俺には無い。

 怪しい行動が悪い事態を運ぶのは何時ものこと。それが世の常である限り、失敗を踏まない為にも至って普通の冒険者として振る舞うことが求められる。

 彼の言葉に直ぐに感謝を送ると、胡散臭い顔はそのままに緩く弧を描いた笑みを見せる。

 顔が良いだけに、その表情だけで引っ掛かる女性が出てきてしまいそうだ。美人は何時も得をするのだから、若干ながらに嫉妬も覚えてしまう。

 

「今日は施設を一度見てから適当に宿を決めるつもりでした。 何か良い依頼でもあれば受けようかと思ったのですが、ちょっと施設が以前の場所と違い過ぎて……」


「ああ、解る解る。 ちょっとの違いならあまり気にしないけど、此処は他とは違うからねぇ。 匹敵するとしたら、やっぱり王都かな」


「そうですよね。 じゃあ、取り敢えず適当に宿を取って今日はそのまま休もうと思います。 有難うございました」


 現地人と長い時間接触しているのは不味い。

 今回は情報収集ではあれど、現地人から直接話を聞くものではないのだ。施設の確認に、牧場や邸宅の調査がある以上は選択は早めに決めていかねばならない。

 そう思ったことは何の問題も無い筈だ。俺は極めて普段通りの回答をしたと判断し、席を立った。

 そのまま出口を抜け、足は宿屋が多くある区画へ。時折道を確かめながら進むのだが、何故か隣には言葉を交わした男が居た。

 お互いに宿屋を目指している、という訳ではないだろう。

 彼は恐らく此処に住んで長い。長期に渡って活動を続けるのであれば、宿屋に泊まるよりも何処か家を買った方が最終的には安くなる。

 とはいえ、家の購入代金は安くはない。結果的に安くなるだけで、初期費用は一年や二年程度で貯まってはくれないのである。

 なので彼が未だ宿屋暮らしをしていると見ることは出来るのだが、身形に違和感があった。

 彼の恰好は鎧ではなく布で構成された服。一般的に鎧よりも服の方が安いのだが、彼の衣服はどう見ても特別製だ。

 

 完全な特注となると、例え衣服でも必要となる費用は遥かに増える。

 それを用意し、特に何でもないような一日の中で着ている時点で彼の資産は並ではない。

 ただの冒険者だと思うのは無理だ。それだけの資産を用意出来るとなると――――彼の家族か彼自身が著名な人間でなければならない。

 つまり目の前の男は。そこに行き着き、口は直ぐに開いた。


「あの……どうして一緒に? もしや同じ方向でしたか」


「いんや。 家もあるし、何なら契約してる部屋は複数あるさ。 宿屋に行く必要は無いね」


「ではどうして隣に?」


 胡散臭い顔が此方に向く。

 悪意も善意も全て隠した蛇のような笑みに、果たして一体どのような真意が込められているのか。

 一つ言えるのは、このような人物と深い関りを持つべきではない。持つとしても、常に二重三重の安全策を取るべきだ。

 他者を欺く術を持つ人物。それは俺達にとって欲しい人材ではあるものの、かといって簡単には仲間にするべきではない人材でもあった。

 

「なんでだろうね? 何となく気になったってだけさ」


「気になった、ですか……?」


「そう、本当に特に理由は無いんだ。 迷惑だとは思うんだけど、宿屋まで付き合っても良いかい?」


 両手を顔の前で重ね合い、謝るように言葉を紡ぐ。

 その所作は些か情けないものの、親しみを生みやすい行動だ。そんな様も似合っているあたり、彼の行動は本当に怪しさに溢れていた。

 このまま無視するのは容易いが、此処で断っては悪目立ちする。この状況を利用して逃げられないようにする一瞬の算段に、俺は内心舌を巻いた。

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