飲食店にて
少々暴力的となってしまったが、最短で事態を解決させる事が出来た。
暗殺者擬きの男は警備の人間に連れて行かれ、少女も無事に親の元へ帰れたのだから良しとしよう。
余計な時間を使ってしまったものの、後悔は無い。俺の行動によって死ぬべきではない人間が生きることに成功した。
シャルル王子には一部の傷も無く、騎士達も無傷なまま。
視察を続行するのも可能だろう。そして、その視察をしている間に俺は素直に去るつもりだった。
今回の一件があったとはいえ、俺とシャルル王子の間には何も無い。赤の他人も同然であり、故に感謝の言葉程度で終わると考えていた。
だが、件の王子は思ったよりも恩を大事にする存在だったようだ。
今はこの街で一番の飲食店に入り、対面同士で席に座っている。
正方形のテーブルの上には赤い紅茶が置かれ、対面で座っているシャルル王子は微笑んでいる。
それが子供に対してのものであるのは明白であり、同時に僅かながらに圧を放っていた。此処で離れようとするならどうなるか解っているな?と告げている瞳に、内心乾いた笑いが出てしまう。
どうしてこうなってしまったのかとは思わない。一般的に俺の行動は中々出来ないものであると理解しているし、見た目から少年であると解った以上は余計に俺のやった事は異常に見えるだろう。
鍛錬の中で怪我なんてのは付き物だ。時には骨が砕ける事もあり、実際に何度も体験していると何処を破壊されても動けるかが解ってしまう。
足の指は激痛を与えるが、完全に動けなくなる程ではない。連行されるのを予測した上で、破壊箇所を限定すれば警備の人間も困らないだろう。
「……さて、今日は本当に有難う。 君のお蔭で私の身体は傷一つ無い」
「有難うございます。 そう言っていただけて何よりです」
飲食店での最初の一言は酷く有り触れたものだった。
社交辞令も社交辞令。俺もそこまで他の貴族と接触した事は無いが、知識としてその辺は理解している。
相手は俺よりも年上だ。記憶の限りにおいては十四であり、しかも王族であれば無数の貴族と話をする場面もあるだろう。
視察をしていることからも、情報を引き出す話術も持っているに違いない。
油断が出来る相手ではないのだ。元より地力の時点で圧倒的な格差が存在している。
「此度の視察は誰にも知らせていなかったが、だからこそ功を奏したのだろうな。 もしも事前に知らせていれば更に腕の立つ者が来ていただろう」
「それは否定出来ません。 こう言ってはあれですが、人である限り誰かからは嫌われるものだと思いますから」
「道理だ。 こんな状況も既に何度か経験しているし、私を嫌う者も相応に存在するのは確認済みだ」
人は人である限り、誰かに害意を向けられるものである。
その人物の地位が高まれば高まる程に悪意は集まり易く、王族という存在は頂点の地位だ。
シャルル王子も苦労を重ねているのだろう。言葉の最後に溜息を吐き、それは酷く重かった。シャルル王子でそれならばワシリス王はどれだけの害意を向けられているのだろうかと少し考え、しかしそんな事を考える余裕など俺には無いと直ぐに振り払う。
「……君は少年でありながら、私を助けた。 素晴らしい人格をしていると思うよ。 もう少しやり方を変えるべきだとは思うがね」
「申し訳ございません。 何分時間が無いものでして」
「時間が無い? この後に何か予定が入っていたのかな」
早く街から抜けねばならない。故に多少は危険であれども、俺は急ぐ道を選んだ。
それに俺の父の事は知っていても、その子供にまでは意識など向きはしまい。もしも知る機会があったとしても、その時点で今の俺とは結び付かないだろう。
この危険な橋渡りにも意味はある。そう思っての俺の判断に、シャルル王子は眉を寄せた。
「ええ、出来れば早い内に街を出ようと考えていまして」
「此処に住んでいる訳じゃないのかい?」
「住んではいませんね。 私の生まれはもっと別ですから。 此処には冒険者として立ち寄っただけです」
「……へぇ、冒険者としてね」
微笑みの眼差しが細く鋭いものへと変わる。
何か間違えたかと思いつつも、表情そのものを変える訳にはいかない。一瞬、子供が冒険者をしている事に疑問を感じたのかと考えたが、これは世間一般の常識だ。
まさかその事を知らないとは思えないし、これは王族を馬鹿にする行為だ。直ぐに捨て、相手からの反応を待つ。
話をする相手がもう一人か二人居れば良かったのだが、護衛役の騎士は離れた席に座っていた。
俺の事を侮っているのは一目瞭然だ。俺が剣を抜こうとも自分達の方が間に合うと確信していなければ、離れた位置で座るなんて考えられない。
店の店員達も緊張で笑顔が引き攣っている。この分では助けを求めるのも無理だろう。
「君には両親が居ないのかい? 背丈と声で判別する限り、君は私よりも遥かに年下だ。 未だ親に庇護されるべき立場でありながらも冒険者をするというのは、相応の理由あってだろう?」
「……家族は居ますよ、両親も兄妹も。 愛されていたかは解りませんが、きっと庇護はされていたと思います」
父も母も、求めていたのは時代を担うだけの才能だ。
その才能を兄も妹も持っていて、俺だけが持っていなかった。けれども、それ以前は両親なりに俺達の生活を充実させてくれていたのも事実。
愛されていたかは俺には解らない。そうだったのかもしれないし、そうではないのかもしれないし――――今となってはそれを調べる術も無いだろう。
だから曖昧に答えるしかない。嘘を吐けば良かったのだろうが、家族の事に関しては俺は嘘を吐けなかった。
「……複雑な家庭って奴かな」
「いえ、解り易い家庭だと思いますよ。 両親は才能ある子供だけを優先して、才能の無い子供を切り捨てた。 客観的な事実だけを述べるなら、これが真実です。 切り捨てられても食事は与えてくれたから、私は両親の事を嫌いには思っていないんですけどね」
「それは……」
俺は何故、王族に対して愚痴を零しているのだろうか。
赤の他人の話を聞いて良い思いを抱く筈も無い。現にシャルル王子もどう返せばいいか困り顔だ。
間違いなく外れを引いてしまったと考えただろう。ならばその空気を変える為にも、もっと明るい話をした方が無難である。
紅茶を一口。顔を見せないように意識して動かすのは地味に大変だが、少しでも顔を覚えられないようにする為には絶対にしなければならない。
「ははは、申し訳ございません。 王族に対してこのような話題を出すべきではありませんでした。 深く謝罪致します」
「そんなことはないさ。 市井の者から話を聞いて、為政者は何が不足しているかを知るんだ。 本音で語ってくれなければ問題が解る筈もない。 で、どうして冒険者なんて危険な真似をしてるんだい?」
「いえ、実は家出しまして。 しかも戻ったら殺されそうなので、生活の糧を得る為に冒険者を始めた次第です」
「また何とも特殊な話だ。 此処に君のご両親が居たら切り捨ててしまいそうだよ」
当たり前のように話した内容に、顔にだけ驚愕を浮かべる。
世間話として話しているのかと思っていたのだが、どうやらシャルル王子はそれなりに親身に話していたようだ。しかも彼の言葉尻は僅かに震えていた。
俺は特に精神的に堪えてはいないつもりだが、シャルル王子はもしかすると怒っているのかもしれない。
優雅に紅茶を飲む彼の姿は自然体だ。殺人という言葉とは無縁な程にその様は美しく、絵描きを呼べば一枚の絵画として歴史に残り続けるだろう。
見る限りにおいては優しく慈愛に溢れているように見えるが、実際はそれなりに苛烈な部分もあると思っておく方が良い。
これ以上家族についての話を進めれば場所が判明されかねない。故に平民のように紅茶を少し乱暴に飲み干し、空気を切断した。
「――申し訳ございません。 私はこれで失礼させていただきたく」
「ああ、何かあれば言ってくれ。 命の恩人を無碍にはしないさ」
「解りました。 何かあればその時に」
俺がシャルル王子を頼る事は無い。例え死に瀕しても、俺は頼ろうとはしないだろう。
これは予感ではなく確信だ。少しでも貴族社会から離れる為に、俺はシャルル王子に頭を下げてから騎士達にも同様の対応をして外に出る。
既に時間は超過していた。準備が全て終わっていたのが救いだが、それが無ければあの騒ぎを見ていただろう平民達の前で買い物をしなければならなかった。
足は東へと向く。家族の誰とも接点が無く、そして首都からなるべく遠い場所へ。
自分の未来が果たしてどうなるのかまでは俺には解らない。不安はあるが、しかしそれ以上に外の世界というものに期待を寄せていた。
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