表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/251

三部:人肉の闇

 ナナエ達にも生活がある。

 一般的な冒険者よりも多く資金を手渡しているが、彼等の本分は冒険者だ。

 俺が調査を頼んだとして、直ぐに向かってくれるとは限らない。ナナエは俺を優先してくれると言ってくれたが、その好意に甘え続ける訳にはいかないだろう。

 彼女だけは残すにしても、他の人員が必要なのは変わらない。

 俺達を裏切らず、高い確率で仕事を成功させるような人材が。そんな宛が無いのは解っていても、愚痴を吐きたくなってしまう。

 現状、遠くの領地に居る貴族に対して諜報の目は向けられない。目を向けられるとすればこの王宮内の空間と、ナナエ達が滞在している港町周辺の領地くらい。

 不審な種を発見すれば即座に手紙にしたためて送ってくれと頼んであるものの、人員が少ない故に時間が掛かるのは想像に難くない。


 更には彼等の安全もある。

 今させている作業がどれだけ危険であるかは承知の上で、可能な限りの安全を頼み込んでいた。

 その分だけ追い詰められるのは解っている。それでも、命を最優先とするのは冒険者としても基本でもあった。

 送り返された手紙に視線を落とす。門番が王宮に届く嘆願書や個人宛の手紙を受け取っているのは周辺観察をしていた際に確認しておいたので、受付時間だけを測って直接受け取っておいた。

 ナナエと幾人かの冒険者は参加を表明している。しかし全員ではなく、動ける人員は最大で四割。残りは冒険者家業に精を出している状態なので、暫くの間はこの四割で動くことになる。

 

「こっちは予想通り……。 だが、もう一方は不明なままか」


 切り札と呼ぶ程ではないが、仲間になってくれるのであれば頼りになるのは間違いない。

 単純戦力が高いのもそうであるし、あの人の繋がりは徐々に広がり始めている。このまま広がっていけば、恐らくは何処かの貴族が金を積んで懐に納めようとする筈だ。

 そうなる前に此方側に引き摺り込めれば、彼をそのままハヌマーンの騎士にすることも出来るだろう。そう期待していたものの、ナナエからの手紙にはギルドに戻っていないとのこと。

 接触出来次第話しはしてみるそうだが、忙しい身空では恐らく無理だろうとナナエは最後に書き綴っていた。

 その意見には、残念な事に賛成である。


「ナナエもそうだが、バウアーもハヌマーンと直接関係している訳じゃない。 引き込むならそれ相応の理由が必要だよな……」


 これが単純に依頼についてであれば、然程深く考える必要は無かった。

 五年の間に簡単返事で依頼に参加するような関係だ。貴族との関わり合いが無ければ今も依頼を一緒に受けていたのは間違いない。

 お互いに友愛があるのは事実。信頼も信用もしているし、ナナエを含めた三人の間柄に不穏な要素は一切無い。

 だからこそ、こんなことに本来は巻き込むべきではないのだ。

 彼には彼なりの人生があって、明るい未来がきっとある。しかしこの勢力に入ってしまえば、暗い闇が幾つも喉元に襲い掛かるだろう。

 それは刃かもしれない。それは薬かもしれない。世間の間では生活出来ない不名誉な名前を付けられれば、確実に肩身の狭い暮らしを余儀無くされる。

 良い部分など何一つとして有りはしない。それはこの勢力の中でも常識だ。疑うことなど一片たりとてある筈も無かった。

 

 万が一。そんな程度の確率だ。

 だから頭の片隅程度に残し、別の手紙(・・・・)に手を伸ばした。他と同じく何の飾りも無い白い封から紙を取り出し、結果の記載された文面に意識を向けた。

 彼女から肯定の返事が来るだけでも有り難かったが、彼女自身はただ返事を送るだけでは満足していなかった。少ない人数で出来る限り港町近くの不穏な情報を調べ、彼女なりの予測を交えた意見を載せていたのだ。

 そこにあったのは二人の貴族について。爵位は男爵と伯爵であり、両名は共に秘密裏の税金徴収を行っていた。

 我がエルディア国において、税を納める時期は二ヶ月に一回。各々の貴族によってある程度税の高さを決めることが出来るが、しかし上限は決まっていた。

 民衆から徴収出来るのは最大で三割まで。それ以上を求めるのは法で禁じられ、罰則でもなければ全てを取り上げる事は無い。

 

「困窮に喘ぐ声の持ち主を全員監禁か。 ……口封じと人質だろうな」


 男爵と伯爵が領民に提示している税金は一割。

 負担は最も低く、それ故に領地には常に人が集まっているのだという。牧場が多く存在している件の領地では人々が毎日動物達の世話を行い続け、市場には比較的安価な肉が流れているそうだ。

 そんな場所であるが、人々の表情はナナエ曰くかなり無理をした笑みだった。

 栄えている筈の街と比較して細い身体も目立ち、ナナエは一般家屋への潜入や男爵達の邸宅周辺を調べて真実の一端を掴んだ。

 彼等は毎月五割の税金を払わされ、逃亡を図った領民は邸宅の地下に監禁されている。

 その殆どは家族に対する人質として使われてしまい、中には専属の料理人によって人肉に変えられてしまったそうだ。その人肉はそのまま市場に出回り、今も商店や飯屋で優先的に消費させられていた。

 

 この真実を知る者は少ない。

 王族達も他の領地の視察しているが故に知らず、領民も人質達のせいで真実を口にすることが出来ないでいる。もしも話してしまえば赤の他人とはいえ間接的に人を殺めてしまうことに繋がってしまうのだから、殺人に忌避感を抱く者であれば誰だって沈黙するしかない。

 これだけ情報が集まれば、俺が動く理由にもなる。アンヌは俺をハヌマーンの側に置きたくはないだろうし、俺もこうしてただ護衛役として勤めることは喜ばしくはない。

 互いにとって都合が良いのだ。ハヌマーンの守りは薄くなってしまうものの、それでも彼の支持を集める為には民との間に強い結び付きが必要となる。

 早速ナナエに手紙を書き、準備を軽く整えてから部屋を出てハヌマーンの部屋へと足を進めた。

 侍従用よりも遥かに豪華な部屋にはノックと声かけだけで入る事が出来てしまい、防備について強い不安を覚えてしまう。


「失礼致します。 ……お勉強中でしたか」


「ああ。 だが、丁度良い時に来てくれた。 流石に少し休憩しようと思っていたのだ」


 入室直後に気付いたが、ハヌマーンは椅子に座って無数に乱立する本を読み耽っていた。

 その殆どが教科書の類いであるのは言うまでも無く、疲れた表情を浮かべながらも彼の目の奥は餓えた動物が如くに知識を貪欲に求めていた。

 正しく必死。執念を燃やして王子になろうとするその姿を見つつ、進捗について横に佇んでいたアンヌに無言で視線を送る。

 その彼女は胸を張って首肯を返してくれたので、進捗は良いのだろう。

 幼い頃から剣を握ってばかりだった俺とは違う成長に笑みが浮かぶも、用件が用件なだけにゆっくりもしてられない。

 俺は立ったまま彼が紅茶を飲む姿を見つめ、話を聞く姿勢が整ったと同時に一通の手紙をアンヌに渡した。


「早馬でナナエ達の協力を取り付けました。 ですが、参加してくれる人員は最初期の四割。 情報収集という面において遅れてしまうのは否めません」


「構わない。 彼等は私の為に動いている訳ではないのだから、無理を言っては敵になる恐れがある」


「はい。 ですが、どうやらそれだけでは彼女達も満足はしなかった様子。 港町周辺の情報を集め、二人の貴族に纏わる噂を真実と判断したようです」


「どんな噂だ。 無差別殺人か、強制奴隷か」


「強制搾取です。 それもかなり惨い話のようです」


 この幼子を前に残虐極まりない話を本来話すべきではない。しかし、王子となるからには甘い世界に浸らせる訳にもいかない。

 僅かに身体を震わせながらも俺の話に耳を傾け、一字一句を確り覚えようとするその姿に心苦しさを感じつつ、しかし全てを語るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ