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第三部:正義の味方

 王宮内は別世界かの如く、贅を極め尽くしていた。

 磨き抜かれた石の床に、白く塗られた石の壁。廊下は外に通じる道を除けば全て赤いカーペットに覆われ、貴族達の貧弱な足を疲労から守っている。

 噴水のある広場に、花の咲き誇る庭園。騎士団の格好一つを取っても美しさを重視し、どれほどの費用を消費したのか解らない。

 この国の象徴。それ故に資金を投じて絢爛豪華な仕上がりにするのは道理ではあるが、同時にその為に払った税金が無駄にも感じてしまうのだ。

 豊かな生活を送れることは幸福である。しかし、その生活の下には何十何百何千といった者達の苦労がある事を貴族達はよく理解していなければならない。

 見栄を張るよりも、俺は自身の領地に住まう民達に何かしら施しをするような貴族こそが尊敬されるべきであると思っている。


「何だね、その格好は。 あまりにも王宮の人間らしさが無いではないか。 小間使いかね?」


 パリオ公爵との会話を終え、俺達は無事に王宮に住まう許可を得た。

 ハヌマーンが望んだ力は平民だ。貴族達の力を得ることをせず、彼等が下に見てしまう者達の力で己の存在理由を勝ち取ると告げた。

 その宣言は静かなものだったが、熱い感情が込められていたのは事実。王族は例外無く貴族の助けを得てしまうからこそ、未だ何処とも明確な繋がりが存在しないハヌマーンが平民達と繋がる事が出来る。

 俺達が表上は平民ばかりであるのも今回は効いた。アンヌが元民主騎士団であったことも一助となり、少なくとも今回はパリオ公爵の首を縦に動かしてみせたのだ。

 

 しかし、何事もそう簡単には上手くいかない。

 部屋を出て戻ろうとした際、やはりというべきか少数の貴族と鉢合わせになってしまった。

 平民の服装としては破格ではあるが、向こうからすれば大した物ではない。

 だからといって即座に馬鹿にするような言い方は納得出来るものではないが、ここで言い返そうものなら折角のパリオ公爵の好感が失せてしまう。

 社会に出れば必然的に構いたくもない相手と話をする必要がある。今回は偶然それに当たっただけのことだ。

 

「このようなお姿で申し訳御座いません。 本日は王様に御呼び立てを受け、此方に参上していた次第でございます」


「王様に、かね?」


「はい。 もしも御疑いでしたら、御調べしていただいても構いませんが……」


「結構だ。 平民と話す時間など私には無いのでね。 侵入者でないのならばこれで失礼させてもらう」


 黒いマントを翻した、頬に縦線の傷痕を残す男は足早に隣を通り抜けていった。

 頬は痩け、服で誤魔化しているとはいえ身体の線は細い。神経質な感性の持ち主だろうと当たりを付け、ハヌマーンの咄嗟の誤魔化しに内心で小さな称賛を送った。

 目の前の少年は成人していないにも関わらず、相手が求める最も無難な選択を選んでみせた。

 やはり彼は急速な成長を遂げている。そしてそれは、恐らく彼が最初から持っていた才に寄る所が大きいか。いや、そうとしか俺には思えない。

 末恐ろしいものだ。極端に秀でている人間は一度嵌まると爆発的に能力を高めてしまう。

 凡才だと思っていた人間ならば尚更に突き進み、他の者達の感情など知らぬとばかりに立ち止まる事を良しとしない。

 

 才能の暴力。人が生み出した言葉は時に確信を突いていた。

 部屋内に戻り、ハヌマーンが溜め息を溢す。王族だと言っても今はまだ誰も信じてはくれず、逆に不敬だと騒ぎが大きくなるのは否めない。

 早く結果を出さねば事態はこのまま。王宮に住まう謎の者達と噂され、全員から冷遇されるのは容易に想像がつく。

 そうなる前に結果を残さねば。誰しもが胸に思い浮かび、アンヌが自然と顔をナノに向ける。

 王宮内で頼れるのはナノだ。彼女が今後の動きを決め、俺達がそれに合わせて動きを変えていく。

 

「先程の男については忘れましょう。 気にしたところで何の意味も有りません。 それよりも、今後の立ち回りについてです」


「ああ。 私が宣言した通り、今後は平民を味方に付けて周囲に認めさせるつもりだ」


「それ自体は構いません。 いえ、寧ろ私にとっては都合が良いとも言えます。 先程のパリオ公爵と話す前に用意していた貴族の醜聞。 これは調査の段階には達しておらず、殆どが平民達が広めているものでございます。 ならば、もしも本当に真実だったのならばどうでしょう?」


「実際に苦しんでいる領民が存在し、王族の視察の目を掻い潜って悪事を働く貴族が居ることになる。 ……成る程、平民に恩を売れると?」


「そうです。 我々の一番の目的は貴方様が王族だと認知されること。 その認知に彼等平民の助けは必要不可欠であり、支持される地盤を固める為にも問題解決に動くことは悪手ではありません」


 パリオ公爵との会話の中ではこれを挟む余裕は無かった。

 王子とは何ぞという問い掛けがあったが故に、ナノ自身の足が止まってしまった。

 だが、それを利用しないという手は一切無い。人が最も信頼する瞬間は地獄から救い上げられた瞬間で、恩人に対して大小はあっても報いようとする。

 もちろん、俺達から何かを望む事はしない。するにしても最小限に留め、恩を恩だと感じさせたままにするのが望ましい。

 貴族の不祥事を暴くことでそこと繋がっていた貴族達と敵対することもあるだろう。

 しかし、正義は此方が握っている。味方となってくれるだろう存在達の権力も高く、勝ち目が無いとは言い切れない。

 言ってしまえば正義の味方。俺達の地盤形成には、その方法を取るしかない。

 

「情報は私があんたの仲間である冒険者に指示して探ってもらうわ。 実際に現地に入って証拠を探るのはあんたよ」


「解りました。 ナナエにも告げておきます」


 噂話の真偽をナナエ達が調べ、苦しんでいる事実を掴んだ後に俺が潜入して証拠品を見つけ出す。

 騎士というよりも調査員めいた動きを求められるが、人員がまるで居ない時点でやる他ない。それに、俺自身も悪事は実際に目にしたいのが本音だ。

 悪を裁くには悪を目にする必要がある。冒険者の頃に様々な問題事を起こした人物を見てきたが、どれも小粒と言っても過言ではなかった。

 巨大な悪事を見たことなど無く、人は何処まで外道に成り下がるのかを俺は知らない。

 知らないからこそ、目にしなければならないのだ。そうせねば自身の尺度が解らないままとなってしまうのだから。

 剣を引き抜く時を見誤ることは避けておきたい。


「アンヌはハヌマーン様の護衛を。 このまま何事も無ければ良いんだけど、絶対にそうはならないでしょうから」


「かしこまりました。 粉骨砕身の覚悟で守らせていただきます」


「実際に砕けないでよ。 ただでさえ人が少ないんだから」


 これで王宮の外に出る人員が決まった。

 出るのは俺だけで、他は王宮でハヌマーンの警護や貴族の調査だ。ハヌマーン本人も勉学を重ねてより知識を増やし、ナノが調査の隙間に作法を教える。

 どちらが苦しいのかは一概に言えないが、作法の方が個人的には御免だ。

 そのまま幾つかの細々とした話を続け、一度俺とナノは別れる。

 個人部屋の中でナナエに向けた手紙を書きつつ、ついでに別の事も彼女に頼んでおく。

 今は兎に角情報だ。俺のよく知る界隈の中で貴族と通じる者が居るとすれば、それは高位の者だけ。

 もしも手助けをしてくれればと願いながら、手紙を書ききった足は自然と外に動いた。

 今日から俺達はハヌマーンの存在を周囲に認知させる為に、正義の味方となる。

 その事実は思いの外俺の心をざわめかせた。ーーーー出来れば誰にも悟られないと良いのだが。

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