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第三部:兄妹の密会

「シャルル王子の話通り、ザラが此処に来ている」


 夜闇に紛れるように隠れたバーの一つ。

 著名人が訪れる隠された名所は表面上は素朴な木製家屋であり、扉を開いても一軒家の室内と何も変わらない。生活感溢れるボロの暖炉や、埃も目立つ剥き出しの木の床。机の足は一つ外れ、三つの足で危険な均衡を見せている。

 しかし、その木の床の一部には僅かに正方形の痕があった。

 手前側の部分を叩けば床は勝手に浮上し、内部に続く石製の階段を見せる。その先へと進んでいけば、極僅かな人間しか知り得ないバーが従業員と共に出迎えてくれた。

 棚に並ぶ古今東西様々な酒。木製の偽装家屋とは比較にもならない銀の装飾が施されたカウンター。

 テーブル席の周りには柔らかなクッション素材の椅子があり、ノインの形に合わせて椅子は変形した。

 

 柔らかな感触は貴族の中でもそうそうお目にかかれるものではない。ましてや、日常を鍛錬ばかりに費やす一族であるナルセ家であれば柔らかな素材よりも石の方が慣れている。

 とはいえ、そんな感触を気持ちの悪いものとまでは流石に思わない。人間である限り、その感触に気持ちの良さを感じることは当然だ。

 目を細め、ネルが用意したグレープジュースに手を伸ばす。

 此処はバーだが、著名人の中には家族連れで訪れることもある。その為にバーのマスターが事前に子供用の飲み物を用意し、それをネルは頼んでいた。

 ネルだけは酒だ。仕事が終わり、自由時間となった以上は酒を飲んでいても誰も文句は言いはしない。

 

 ナルセ家であるからこその周りからの嫉妬の視線も嫌味も今は感じる事も無く、あまり経験の深くない酒の味に彼は暫くの間没頭していた。

 その様をノインは心配気に見ていたが、ネルは最初の一杯を呑むだけで次に行くことはしない。

 此処で酒を飲むのは自由だが、それよりも前に話し合わねばならない事がある。

 急遽決めた事とはいえ、ネルとザラはかなりの精度で完璧な演技を見せ付けた。わざわざ血まで流していたのだから、最初から嘘だと知った上でなければ騙されるだろう。

 或いは、余程嘘の臭いに敏感な人間だけ。少なくともネルが見た限りでは王族を除いて誰も嘘だとは思ってはいない様子だった。

 残るはザラの言い訳だが、そちらもそちらで上手くやるだろうとネルは信じている。

  

「どういうつもりで王宮に来ていたのかは先程理解したが、中々どうして驚かせてくれる。 敵対行動を取るという嘘で互いの関係性を険悪にさせなければ気付かれていたぞ」


「敵対行動、ですか?」


「ああ。 あいつが我々の家に戻りたくないのは理解しているし、我々だってそれは同じだ。 出来る事ならば一人間として生を謳歌したいと願っているが、現状は難しい」


 本音を語るのであれば、兄妹は共に居るべきだ。

 故に戻ってほしいと思っているし、その為に五年前にはノインの攻撃を止める真似をしなかった。

 同じ状況であれば自分から動いていただろう。否定出来ない飢餓は今も存在していて、されど現在を鑑みれば迂闊な接触は出来ない。

 此処で仲良さげに話でもして兄弟だと察せられてしまえば、ナルセ家は秘密裏でも一つの勢力に手を貸した事になる。

 それは絶対にすべきではないし、公に露見してもいけない。この縛りがあるからこそ、未だ誰も此方を味方に引き込もうとしないのだから。

 

「王宮ではナルセ家とは無縁の男として通した。 互いに敵視し、互いに憎み合う――そういう形にな」


「成程、詳細は大まかに掴めました。 お疲れ様です」


 ノインは腰を折り、ネルはそれに気にするなと告げる。

 兄の説明は大雑把ではあるものの、ノインにとっては十分過ぎた。ザラが現在微妙な立ち位置に存在し、兄妹は大々的に手助けする事が出来ない。

 もしもするのならば後ろから。しかも誰にも露見しない形で行わねばならず、ザラ自身は恐らく干渉することを嫌っているだろう。

 兄妹には情けない姿を見せたくない彼の姿を頭に思い浮かべ、そんな姿に彼女の頬が緩む。

 どれだけ打ちのめされても、彼は立派に男だ。騎士団内の人間とは違う、前を向いて歩く一人前の男性である。

 

「当面は第四勢力とやらが王宮内の話題の中心となるだろう。 それに対して他の王子は気にしないだろうが、彼等に与している貴族達は探りを入れるだろうな」


「例の隠された王子についてですか……」


「ああ。 俺も最初に聞いたのはシャルル王子の口からだ」


 ハヌマーンの存在について、この兄妹も存在自体は知っている。

 シャルル王子が将来の護衛役としてネルに接触し、様々な便宜を図っていた。それが他の騎士達の嫉妬を浴びる原因となっているが、ネルとしてはそんなものは然程気にはしない。

 嫉妬するよりも前に力を見せる。それこそが最善への近道であり、他人の悪意に左右される程の柔い精神性を彼は有してはいない。

 それはノインも一緒だ。故にネルを経由してハヌマーンの存在についてはノインも聞き、王という存在に対して呆れを感じてしまった。 

 一夜の過ちは男であれば起きる可能性はある。どれだけ自身を律していたとしても、時には理性を凌駕する本能が身体を動かすこともあるだろう。

 だが、それで王に誰も承認されない子供が出来ては国の一大事。存在そのものが爆薬である限り、王宮内に平和が訪れる事は無い。

 まさかそれを理解していないなんて彼女は思っていないし、ネルとて思いはしない。


「まったく……父も父ですが、王も王ですか」


「あまり不満を言うなよ。 後、俺もザラも男だぞ?」

 

「兄様達が他の方々と一緒だとは思えませんよ。 民主騎士団の男性陣の節操の無さが酷過ぎて、改めて私の兄様達が凄い方々だと認識させられました」


「あまり持ち上げてくれるなよ。 俺もザラも絶対に負けないと断言出来る訳じゃない。 何かの拍子に崩れる事だって十分に有り得る。 完璧だと思うのは落とし穴になるだけだぞ」


「う……解りました」


 双方共に立場が異なるとはいえ、親としてあまりにも不適格が過ぎる。

 女としては絶対に無しだ。絵物語に出てくるような白馬の王子に惚れるような真似はしないが、己が道に真っ直ぐ進む男に対してはどうしても意識してしまう。

 中でも筆頭は、やはりザラだ。彼の狂気的なまでの前進をノインは真似など出来ず、邪道も正道も飲み込んでみせると言わんばかりの姿勢には敬意すら感じてしまう程だ。

 ノイン本人が技術と予測を基本とした戦い方をしているが為に、予測から外れる攻撃には弱い。

 対して、ザラは自身の予測が外れても窮地に活路を見出す。絶対の生存を胸に誓っているからこそ、弱くなるどころかますます強くなっていく。

 そんな彼に彼女は惚れ込んでいる。兄妹愛のようで、しかし決して違う愛情をノインは抱えているのだ。

 

「兎に角、暫くの間は様子見に徹するとしよう。 介入出来る余地があれば俺が手助けに向かうが、外で何かあればその時はお前に任せたい」


「何処まで許可してくださいますか?」


「基本的に規則に従っておけ。 俺達が功績を作り上げる為にも、表面上は規律正しい騎士として活動するように。 ……お前に向けられる恋情の数々は正直同情するが、今は我慢してくれないか」


「解っておりますとも。 目的を達するまでは幾らでも我慢します。 ……ですので、兄様も失敗はしないでください」


「無論だ。 その為にわざわざ一番危険な部隊を選んだのだからな」


 兄妹二人は親の言いつけ通りに騎士団に入った。

 しかし、何もかも従うつもりは二人には無い。己はただの操り人形ではなく、自我を持った一人の人間なのだから。

 ザラが王宮に来たのは想定外ではあったが、お蔭で事態の中心を最も掴みやすい人間が入ってくれた。

 彼であれば自身で解決出来ない問題に対し、何かしらの手段を用いて連絡を差し向けるだろう。その時こそが二人の計画発動の合図であり、独立への一歩だった。

 この密会は誰も記憶してはいない。今日この日の会話は闇に葬られ、誰かの耳に届く前に消えていく。

 残るは空になったグラスが二つ。――その内の片方には罅が走っていた。

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