第三部:冒険者の悲劇
「漸く着いたか……」
賑やかな人々の声。道を埋め尽くさんばかりに広がる家屋の数々。
人種も様々。黒い肌の人間や、黄土色の肌を持った人間も居る。港街との共通点は冒険者や建物の種類くらいなもので、雰囲気も数もまるで異なる。
王都・バイカル。この大陸にある最大国家の王都は、所有する土地の規模に合わせて広大だ。
城だけでも他の国の城を飲み込む程で、抱える軍隊の数も桁が一つも二つも違う。練度も高く、真っ当に戦えば相手側の方が先に体力切れを起こして敗北するだろう。
最重要地であるからこそ、その防備は厚い。流石に王都全域に厳重な防備を敷く事は出来ずとも、城の門や内部には複数の罠や精鋭の騎士団が巡回している。
しかし、この王都で最大の強さを誇るのは最高位冒険者達だ。王族も強いが、冒険をしてきた者達と比較すると一つ格が落ちる。
したがって、最高位冒険者を王族の護衛に任命した方が純粋な防衛力は高い。
本人の人間性次第ではあるものの、王族の傍には常に最高位冒険者が居る。故に、王族と呼ばれる存在は大抵の場合において最も安全だ。
その王都に馬車を使って到着した俺達四人組は、門の前で無事に荷物検査を突破して内部に入る。
今回は王族達からの直々のお呼ばれだ。これを妨害する事は許されず、騎士達は此方を怪しみながらも通さざるをえないと次々に許可を出している。
ハヌマーンを先頭として、背後を守るのはアンヌだ。その後ろにナノが続き、最後尾に俺が居る。
武器の携行は許されてはいない。城内で持てるのは騎士のみであり、今は全ての武器が城の保管庫に置かれている。
「しかし、案内はよろしかったのですか? アンヌ様やハヌマーン様が居らっしゃるとはいえ、何も案内が無い状態では怪しまれるのでは……」
「許可証は持っていますし、多少なりとて騎士団達とは今も繋がりはあります。 元民主騎士団所属でも王宮騎士団とは合同訓練を行いますし、もしもの場合は元の身分を明かして通るつもりですよ」
「――その必要は無いかな」
アンヌの言葉に、俺とは違う人物が答える。
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには五年前の姿と重なる男が朗らかに此方に歩み寄っていた。
その美麗さは今も健在。服装も王族らしく多少は華美な装いをしているとはいえ、嫌悪感を覚える程の装飾加減ではない。
大人へと姿を進ませた王子であるシャルル様の登場に、思わず全員に緊張が走るのも当然だろう。
シャルル様の傍には二名の侍従の姿。共に年齢は高めでありながらも美しく、厳選された人物達なのが一目で解る。
全員が横に寄って腰を折る。本当は跪くべきだが、それでは誰も通れなくなってしまう。
だが、今回の要件をシャルル王子は聞く権利を持っている。荘厳壮麗を地で行く王宮を、自身の家族を守る為にも対策は練らなければならないのだから。
「久し振りだね、フェイ。 五年前に見た時は早死にするかと思ったんだけど、どうやら予想は外れてくれたみたいだ。 僕としては嬉しいよ」
「予想を超えたのは私も想像の埒外でした。 これは良き仲間に恵まれた結果で御座います」
「そうかい、それは良かった。 君がそのように成長したのなら、今後の心配をする必要も無いだろうね。 タンデル君には苦労を掛けた」
朗らかに俺を調査していた事実を暴露するが、その事について今更詰問するつもりは無い。
王都に住む王子として怪しい人物は総じて調査しなければならなかったと考えれば、成程それも道理。
他が俺に対して疑問の眼差しを送る中、俺達の間には傍目には和やかな空気が流れていた。
「さて、ワシリス王が居る部屋までは僕が案内しようか。 聞きたい事が山程あるし、君に会わせたい人も居るからね」
「王子が自ら、ですか?」
「王子でもやりたい時はあるんだよ? 本当は冒険だってしたいくらいだ」
「シャルル様」
「解ってるよジルバ」
侍従の女性の陳言を軽く避け、今度は王子が先頭となって歩き始めた。
突発的な事態ではあるものの、お蔭で他の奴等が声を掛ける事は無い。本当は王子同士で横並びになっても良いのだが、そこはまだ明かしていないが故の処置だ。
ハヌマーンも兄が前を行くのを気にしていないし、このまま進み続けても誰も失礼だとは思わないだろう。
王宮内を一言で説明すれば、やはり荘厳だ。
花々の咲き誇る小さな池がある庭。白亜の壁は磨き込まれたからこそ汚れが無く、侍従一人一人の練度も最高峰だ。姿勢一つを取っても王子の侍従は崩れる気配が感じられず、厳しい選考を乗り越えた先に王宮勤務があるのだろうと納得させられた。
青いカーペットは飾りとしても良いし、足の衝撃を吸収する能力も抜群だ。舗装のされていない歩き辛い道と比較すれば、やはり王宮内は歩き易いことこの上無い。
時折壁に立て掛けられている肖像画は、恐らくこの国で何事かを成し遂げた偉人の絵だろう。
王族の者や、大臣らしき者の絵、果ては冒険者の絵もあることから、偉業を成し遂げた人間に差別は無いと判断しているのかもしれない。
俺が静かに周りを観察していると、遂に全員の足が止まる。
シャルル王子の目の前には巨大な木製ドアが一枚。両脇には王宮騎士団の精鋭が立ち、俺に対して睨みを利かせている。
やはりこの中では俺が一番目立つ。外套は許されたとはいえ、怪しい人物であるのは事実だ。
本当は脱ぐべきなのだろうが、こんな中でそんな真似はしたくない。だがしかし、シャルル王子は俺に対して会わせたい人物が居ると告げていた。
俺の想像と彼の想像。どちらも合っているのならば、会えば早々に不味い事になるのは間違いない。
此処は王宮。そして誰にも俺が貴族であると明かしていない以上、友好的な会話は即座に別の可能性へと繋がってしまう。
「さて、此処が謁見の間だ。 中に居るのは王族と護衛の騎士だけだ。 他の貴族は居ないから安心してもらって構わないよ」
「ご配慮くださりありがとうございます」
「気にしないでくれ。 僕にとっても他の誰かが居る環境はよろしくないからね」
苦笑し、シャルル王子は騎士に命じて扉を開けさせた。
重々しく開かれる扉の奥の部屋は広い。大人数を収容する為に用意された巨大な一室は己をちっぽけな人間にさせ、同時にそれだけの物を用意出来る王族の権威の強さを示していた。
大陸最大。その言葉に偽りなど無い。
これから進む先に居るのは文字通りの最高権力者達であり、相対した貴族など比較にもならない。
静かに、足音を立てぬように、ゆっくりゆっくりと進んだ先で俺は玉座に座る男を見た。
最初に浮かび上がる言葉は、獣だ。
黄金の髪は広く伸び、肩に乗っている髪も整えられている様子は無い。一見すれば王に相応しくない荒れ具合だが、不思議な均衡で勇ましさを思わせる。
体躯も非常に巨大で、鍛えられた筋肉の塊を惜し気も無く見せるノースリーブの装いは普通ではないだろう。
貴族らしく無く、ましてや王族らしさも無い。
だが絶対王者としての貫禄がある。此方に向かって肉食動物のような笑みを見せ付ける様に、その印象は余計強まった。
「跪く必要は無い。 皆よく来てくれた。 遠路遥々ご苦労だったな。 ハヌマーンもよく生き延びてくれた」
「……運が良かったとしか言えません。 私は何かをした訳ではありませんから」
「なに、運も実力の内という。 俺も運に助けられた事があるからな。 そこは誇れよ」
「解りました」
王側は親としての語らいをしているが、ハヌマーンは臣下のように言葉を紡ぐ。
己は王族だと理解していても、いきなり親と子のような語らいは難しいのだろう。王もそれは解っているのか、瞳に寂し気な光を灯しながらも笑みを変える事は無かった。
視線がハヌマーンからズレる。次に向けられた相手は――俺だ。
「お前がハヌマーンの剣か。 名は」
「……フェイと申します」
目を細めての観察じみた眼差しに対し、俺は静かに答える。
面白味溢れる回答をする気は無いが、かといって無味乾燥とした言葉も合っているのか解らない。
目の前の男は常識外れだ。何が正解で、何が不正解かなど解る筈も無い。
暫くの間視線がぶつかり合い、逸らしたい願望を抑えて交わし続ける。此方の実力を推し量っているのか、それとも俺の胸の内を全て暴露したいのか。
どちらにせよ、気分の良いものではない。早く終わってくれと願いつつ、しかし王は次の瞬間にはその顔をこれまで以上の満面の笑みに変えていた。
それは本来場の雰囲気を明るくするものだが、俺の背には氷柱が差し込まれる感覚が訪れる。今直ぐにでも逃げろと本能は訴え、されど逃げる事など許される訳もない。
「お前の事は知っているぞ。 父親の事も、母親の事も、兄妹の事も。 今日はお前の為に特別に呼んだんだ。 感謝しろよ?」
拍手を一回。
再度扉が開かれ――――そこから流れ込む莫大な剣気に無意識に身体は動き出した。