第二部:貴族同士の密談
夜が明け、朝日が世界を照らす。
人々は普段通りに仕事に繰り出し、何不自然のない日々へと歩いていく。
数週間前までの騒ぎなど誰も知らず、知っていたとしても誰も見向きもしない。庶民に対して門を開く学舎の存在は貴重ではあるものの、決して必要不可欠である訳ではないのだ。
居なくなっても元に戻るだけ。人々はそれを知る前の生活に戻り、これまでと変わらぬ日常を過ごしていくことだろう。
だが、学舎は無事だ。これまでもこれからも、彼等の努力に陰りは見えない。
緊急的な長期休暇が明け、子供達は皆登校していた。育者達も強盗が無事に捕まったと知ると安堵の息を吐き、誇るべき大人としての態度で子供達の元へと向かっていた。
全てを知るのは僅かな者達だけだ。その者達も今は散らばり、各々が各々の役目を全うしている。
その中で、俺は何時かの飲食店の部屋の中でナノと向かい合っていた。
彼女もまた育者としての活動に注力する立場であるが、しかし同時に全体の先頭に立つ者でもある。
子供達に教えるだけの立場ではいられない。時には支援者に対して成果を報告せねばならず、密談が行われ易い部屋を使う事は多かった。
今日の話は、端的に言えばこれからの話についてである。
ハヌマーンの命を襲った不届き者は捕縛し、既にタンデルが個人的に王宮にまで運んでいる。今頃は拷問が行われているのだろうが、あまり時間も掛けずに証言は漏れるだろう。
相手は個人的な忠誠を捧げている訳ではない。相応の餌さえぶら下げれば、ある程度は耐えたと自身で判断して口を割る。
「タンデルと呼ばれる男性の正体は確かに第二王子の護衛だったわ。 元は王宮騎士団所属の有力団員。 トゥワイス伯爵の三男坊だそうよ」
「……そうでしたか。 では、これまでの彼の情報は全て嘘だった訳ですね」
彼から聞かされた話は全て嘘だった。
唯一の真実は伯爵家くらいなものだが、それだって何処の家だったのかについては語っていない。
嘘を吐くには一部の真実を混ぜるべきだと言われている。しかし、たった伯爵家だけの単語で周囲を納得させたのは彼自身の実力が高かったからだ。
あれから、タンデルはこの街から姿を消した。冒険者を止めたとギルドの受付から聞いたが、その理由については一切が伏せられている。
ランク六が抜ける事実は大きい。それが理由不明となれば、様々な憶測が生まれるのも当然だ。
恋人が出来たからという噂から、ギルドと喧嘩をしたからという噂までが冒険者の間を駆け巡り、暫くの間は酒の席で途絶えることは無いだろう。
「あんたに話を聞いていたお蔭で特に驚きは無かったけれど、何処でシャルル王子と繋がりなんて作ったのよ。 あっちはかなりあんたの事を気にしていたわよ」
「実はこの街に来る前に暗殺を阻止した事がありまして……」
「どうやったらそんな状況に陥るのよ……」
呆れた眼差しに乾いた笑いを返しつつ、水を一口含んでさてと話題を変える。
事は終わった。近い内にペリドット伯爵に兵が放たれ、適当な理由で捕縛されるだろう。
叩いても埃など出てきそうにないが、無許可の遺産持ち出しに関しては重罪だ。例え背後の存在が居ようとも、協力した時点で罪は重い。
そして、ペリドット伯爵はシャルル王子の派閥に所属している。これによって彼の派閥の力が弱まり、別の派閥に移動する人間も出てくるに違いない。
やはり筆頭は王族の誰もが認めていることから第一王子だ。性格に問題も無く、容姿も優れ、能力についても他より抜きん出ている。
婚約者も美しく、他者に対して優しさと厳しさを合わせもっているとの噂だ。まだ本格的な発表にまでは至っていないものの、王宮での評価も悪くはないらしい。
今後の未来が保証されたような人物だ。王も期待しているらしく、故にこそ擦り寄る人間も非常に多い。
「私も久し振りに王宮に入ったけど、まぁ嫌な場所ね。 王族はまともだけど、権力欲に塗れた貴族の多いこと多いこと。 こっちの正体も知らずに侮蔑混じりの視線をくれてやった時にはその顔面を叩いてやろうかと思ったわ」
「王宮は常に権力闘争に明け暮れているそうですからね。 市井の人達も彼等の醜さはある程度知っていますよ。 だからこそ、それに惑わされない現在の王に好意を寄せている」
「ええ。 親がまともなお蔭で王子達もかなりまともよ。 話も早くて助かったわ。 結局ハヌマーン様達を連れて行かなきゃいけないのは変わらないけど」
「兄ですから。 心配もしているのでしょう」
いくらハヌマーンが無事だったとはいえ、それでも家族だ。
心配にならない道理は無いし、特に王族は実際に自分で見たことだけを信じている。言葉だけでは解らぬ障害を抱えてしまっていたらと考え、連れて来いと命令するのは自然だ。
問題なのは、彼を連れて行く以上は俺も護衛として付き添わねばならない事である。
俺は十四。後四年もすれば成人を迎えるのだが、その間に仕事に付かないということは無い。
騎士の雑用係として付き添う事もあれば、犯罪者捕縛の手伝いをする事もある。経験者と共に行動し、騎士としての経験を積んで初めて騎士団長や副騎士団長にも認められるのだ。
そして、この時期であれば十分に兄妹達が勤めている可能性は高い。ただし、家系によって既に騎士団としての正式な仕事に付いているだろう。
それだけの力を二人は持っているし、父親の権力を使えば雑用係を省略するのも難しくは無い。
暫くは七光りだと妬まれるだろうが、あの二人であれば如何な障害も突破出来ると信じている。
だが、そんな場所に俺が来てしまえば接触する懸念が残り続けてしまう。
出来ればあの二人には会わない方が良い。余計な勘繰りをされてしまうし、特に長男であれば安々と此方の思惑について看破しそうで恐ろしいのである。
世の中には規格外は存在するものだが、俺にとっての規格外は正にネル兄様だろう。
兎に角、王宮に向かうのは個人的に乗り気ではない。だが、乗り気ではないとしても行かねばシャルル王子の機嫌を損ねたと良からぬ輩が動きかねないのも事実。
貴族社会に足を踏み込んだ以上、これまでとは違う苦労を背負うことになるだろう。
俺の知る貴族は僅かだ。その殆どが碌な人間性を有してはおらず、期待をする事はまるで出来ない。
王宮という建物は煌びやかだろうが、中の人間は醜いと考えるべきなのかもしれない。
「一先ず、事態が収まったのは確かよ。 ワシリス王にハヌマーン様の力を見せた以上、今後は第四勢力として活動していくことになるでしょうね」
「力を見せたというよりも、我々が利用したというのが真相ですがね」
「ええ、そうね。 けれど、あの方は一度も否定の言葉を吐かなかった。 何時でも口に出来たというのに、全てを閉ざして守られる事を良しとした」
第四勢力として活動するということは、即ちハヌマーンも世間の知る王族の一人として認知されるということ。
守られるだけの存在に成り下がるのではなく、彼は己の足で生まれと面と向かい合う事を選択したのだ。それを称賛しない理由は何処にも無く、されども彼の力だと思えるだけの理由は未だ存在しない。
俺達が彼に力を貸したのは、各々にやりたい事があったからだ。
故に次の彼の課題は、自身の力でもって味方を獲得すること。それを成し得てこそ、正式に第四勢力として誰もが認めるようになるだろう。
今回は所詮切っ掛け。彼が彼として生きる為の第一歩に過ぎない。
「これから忙しくなるのでしょうね。 学舎を離れる機会も増えるでしょうし、あんたも一ヶ所には居られない」
「最初から解っていた事です。 協力すると決めた以上、今後は過酷な戦いも多くなるでしょうね」
権力闘争なんて碌なものではきっとない。
干渉するなど自身から毒沼に浸かるようなもので、けれども踏み込んだ以上は挑まねばならなかった。
決めた以上は進むしかない。そうでなければ騎士になれぬと己に定め、力強く彼女に言葉を返した。
今、自分の世界は間違いなく変わろうとしている。それが如何なる風景を見せるのかは、まったくと予想出来なかった。




