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第二部:追う者、追われる者

 どういうことだ。

 驚愕と困惑が支配する間で過るのは、その一言のみ。

 俺は暗殺者がタンデルであると踏んで行動していた。そうするに足る理由としては弱かったと自覚はしているものの、あの状況で怪しまない道理も無かったのは事実である。

 俺と暗殺者の間に飛び込んできたタンデルに緊張の色は無い。ハンマーを肩に乗せた姿には実力者としての風格が感じられ、これまでの雰囲気とは一変している。

 まるで別人だ。よく出来た偽の顔と言われれば納得出来てしまう程に、タンデルの姿は過去の彼とは一致していなかった。


「吃驚したな。 こいつらぶっ飛ばしながら来てみたら、そこの暗殺者とお前の姿だ。 あの言葉は嘘だったのかよ」


「……いいえ、嘘ではありませんよ。 私の用事が此方の方々の殲滅か捕縛だっただけです」


「そういうのは屁理屈って言うんだよ。 ……まぁいい。 それで他の連中は?」


「全員終わってますよ。 ナナエも参加していますからね。 流石に早かったですよ」


「げ、あの女まで居るのか。 ……まぁいい、手早く終わらせよう」


 タンデルとしては先日の話の通りだろう。

 件の話を聞き、怪し気な存在全てを潰していた。その途中で俺を発見して姿を見せたのだとすれば、一応の辻褄は付く。それでも他に怪しい部分が存在するので気は抜けないが、少なくとも暗殺者と良好な関係を築いている訳では無い。

 タンデルが暗殺者を見る目は冷ややかだ。一切の生存を許さないその姿に、まるで外獣と戦う冒険者を彷彿とさせる。あるいは、重犯罪者を取り締まる騎士の顔だ。

 国に仕える人間、と表現するにはタンデルの態度は軽過ぎる。それが演技だとしても、一部の違和感も持たせない時点で性根は察してあまりあるだろう。

 

 俺とタンデルが知り合いである事を知り、尚且つ双方が自身を狙う。

 その状況で初めて、暗殺者は舌を打つ。それはきっと無意識だったに違いないが、焦りを覚えたのは事実。出来ることならば逃げ出したいのだろうと思いつつ、しかし逃がさぬように剣を向け続ける。

 少なくとも、これで相手が冒険者であるという線は消えた。

 暗殺家業は基本的にギルドでは御法度だ。やるにしても自営業となり、後ろ暗い連中しか利用しない。

 積まれる依頼金は高いものの、しかし存在が露呈すれば即座に評判が落ちる世界だ。不安定極まりなく、そんな中で冒険者を続ける行為は愚策も愚策である。

 出来るとしたら、余程の実力者だけ。そして、目の前の相手にそれほどの実力は無い。

 あの時のナイフ投げで避けるしか出来なかったのだから、地力は然程高い訳ではないのだろう。


 存在が露呈される前に対象を殺す。正しく暗殺者そのものな存在故に、正面戦闘では勝ち目は薄い。

 だが、そうなる事を想定してなかった訳でもない。暗殺者にはまだ手札が残されていて、それを使って逃走か殺害をするつもりだ。

 暗殺者とタンデル。どちらも決して油断してはいけない部類の人間であり、特に暗殺者については話だけでしかその存在は知らない。

 実際に正面から見れば解るのだが、彼等の存在感は酷く希薄だ。意識せねば見過ごしてしまいかねない程に薄い圧は、並大抵の鍛錬では身に付かなかっただろう。

 

「素直に降伏するか、此処で死ぬか。 どちらかを選べ」


「――――降伏など、するものか」


「やっと話したな。 成程、お前はそんな声をしていたのか」


 漸く口を開けた暗殺者の声は酷く若い。

 だが、俺よりは年上だ。二十代くらいかと予測を立てつつ、無造作に一歩を踏み込む。

 直後、暗殺者はクロスボウの引き金を押した。引き絞られた矢は急速で此方に迫り、その狙いは心臓一択。

 一発で此方を仕留めると言わんばかりの攻撃は暗殺者ならではのものだ。それ故に武器の軌道も組み立てられ易く、予め脳裏に描いていた通りに剣を下から上に打ち上げれば矢は折れ飛んだ。

 とはいえ、即座に次弾が装填されて放たれる。その速度は此方が舌打ちしたい程で、やはりどの職種でも自分の武器は磨いておくものかと思わされた。

 彼の装填速度は正に驚嘆すべきだ。此方を睨みつつも流れるように矢を腰から取り出し、装填して引き絞る。

 時間にして僅か。狙うまでの時間も掛からず、俺が彼の元に到着するまでに五発は撃たれていただろう。

 遠距離戦闘において、この速度で撃てるのは素直に脅威だ。何度弾いても弾いている間に逃げられ、撃たれ続けるのだから。

 体力の消耗は此方が早い。意識が緩慢となれば、心臓を狙われなくとも反射的に武器を振るいかねない。

 

 だが、それは一人だったならばというだけの話。

 相手が撃ち、此方が弾く。その間にタンデルはハンマーを持って全力で暗殺者に襲い掛かり、その動作に暗殺者は対応せざるを得ない。

 相手が腰から引き抜いたのはナイフ。しかし俺の持っていた物と同様に先端は赤黒く、何かしら毒性のある代物を使っているのは一目で気付いた。

 相手を見ずに器用に対象に投げる姿は何度も練習したのだろう。一切の迷い無く殺害する意思を見せ、やはり他とは違うと思わされる。

 飛んだナイフは隠された物ではない。タンデルは特に何でもないように回避し、通り過ぎたナイフは突如空中で停止(・・・・・)した。

 そのままナイフは回転し、刃は再度タンデルの方に向く。それがどのような動きを見せるのかは、簡単に予測出来てしまう。


「タンデルさん! 後ろ!!」


「後ろ? ……って何だそれ!?」


 背後から迫るナイフにタンデルは絶叫を上げつつ、ハンマーで撃ち落とす。

 明らかに欠ける様子を見せたナイフはしかし、一度地面に埋まっても宙に浮いてタンデルを狙い続ける。

 暗殺者が更に三本ナイフを投げた。どれも外見はまったく一緒であり、その刀身全てに毒が塗られている。俺が見ている前でそれを投げたということは、そのナイフも同じ性能を持っているのだろう。

 他者を追い掛けるナイフ。その特性は不意打ちに特化したものだ。腰に差したままの雷剣も含め、当時の森の中には二つ目の遺産があったのである。

 王子を確実に始末する為。その為であれば本来厳重に管理すべき代物を暗殺者に持たせている。

 持ち逃げされてもおかしくはないというのに、それだけ相手も必死だということだ。

 ペリドット伯爵も、更にその背後の人物も。

 総じて王子を厄介者と認識していて、排除を掲げている。それが個人的私情に塗れていると理解していながらも、彼等は曲げないのだ。


 ならば、此方もそれを曲げるつもりはない。

 王族は王族だ。例え疎まれようとも、その生存を拒絶する事は誰にだって許されない。ましてや、王や王子達は彼の生存を求めている。

 ならば、正義は此方にあるのだ。悪人である彼等を打倒する為に、騎士としての振舞いを俺はする。

 それは下手な芝居役者だろう。冒険者が騎士のような行いをするなど、甚だ似合わないとしか言い様が無い。

 未だ撃ち続けるクロスボウの猛攻を正面から切り伏せ、足は止めない。

 近付けば近付く程に速さは増していき、剣の距離にまで近付けば恐らく認識するのは難しくなる。

 それでも近付くのを止めはしない俺に、暗殺者は焦りと共にナイフを取り出す。他と同一の代物に、やはり全てを投げた訳ではないのかと左腰に差した雷剣に手を伸ばした。

 

 手に入れた時から考えていたのだ。

 この剣を使うべきか否かを。街の中では練習が出来ず、森の中に入っても冒険者に目撃されるのではないかと無闇に練習は出来なかった。

 未だまともに振るった事も無く、しかし使い方は頭領を見ていたお蔭である程度は理解している。

 それを使えば、あの暗殺者の装填速度を超える事も可能だ。

 だが、それは俺の実力ではない。この剣が特別性能が高いから出来たことで、俺自身の成果には繋がらない。

 生きるべきと決めていた頃ならば、迷わずこの剣を使っていただろう。

 ただ騎士になるというだけならば、やはり俺は迷わず剣を使っていただろう。

 騎士になっても上を目指す。己を最高たらしめる為に生涯磨き続けると決めたからこそ、理由を見つけては剣を振るおうとしなかった。

 

 相手がナイフを使えば、更に己は追い詰められるだろう。

 だがしかし、それを危機と表現して良いのか?

 自分は、こんな小細工程度で苦しくなるような人間だったのか?

 一歩間違えるような選択をして、それで崩れるような弱い人間だったのか?

 己に向けた問いかけに対する答えは――――総じて否。否である。


「良いさ、使えば良い。 ……だが、使ったら解っているな(・・・・・・)?」


「……ッ」


 確認の声に、相手は再度舌打ちをしながらもナイフを投げる。雷剣に触れていた手は離れていた。

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