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第二部:乱入者

 三日後の夜。

 準備を進め、生徒と育者の全てを家に帰した学舎の中は酷く静かだ。

 これから一人一人子供や教師を殺していくのは不可能極まりなく、その間に騒ぎを聞きつけた誰かが騎士達に連絡を寄せるだろう。

 そうなるくらいならば彼等が集まる拠り所足る学舎を潰してしまった方が良い。燃やすにしろ、物理的に壊すにせよ、一度消失してしまえば再建させるのは不可能だ。

 それは王族であるハヌマーンが王に頼んでも変わらない。逆に今回の事態について静観を決め込んでいるのならば、ハヌマーンの命は助けても再建の資金を出してはくれないに違いない。

 勢力争いは王族にとって無意味ではあるが、同時に貴族の醜さを知る良い機会である。王が口を挟んでは折角の機会も溝に捨てる事になるだろう。

 

 学舎が狙われるのは確定だ。そして、その学舎の周辺には騎士達がうろついている。

 行動を起こすには中々に勇気が居る状況だ。余程自信があるか、そうせねばならない事態にでも追い詰められないと行動には移さない。

 そして、件の連中は行動を起こすのである。そうしなければならない状況であるが故に。

 ハヌマーンとアンヌが居る部屋とは別の部屋で俺は待つ。瞳を閉じ、周辺全ての音を拾う為に意識を集中させる。

 俺が認識出来る空間把握能力は家族の中で最も狭いと言っても過言ではない。他の兄妹ならばきっと広範囲に探れるだろうし、敵の数も詳細に発見出来るだろう。

 自身の基礎能力の低さは解っている。解っているからこそ、そこを悲嘆するつもりはない。


 無いもの強請りをしても意味は無いのだ。

 今ある手札で自分の最善を尽くす。その上で勝ちを拾い、王族認知への第一歩を踏むのだ。

 王の血筋は純血でなければならない。その意味は結局のところ、平民への差別だ。彼等は人間以下であると決め付け、無意識でも格下だと思っている。

 平民でも貴族以上の活躍が出来るのは既に冒険者によって成されているというのに、その能力を野蛮だと認識して平等に扱わない。

 それならば騎士は何だという。王宮騎士団が貴族だけの組織であるのは周知の事実。王族に認められているとはいえ、一皮剥けば冒険者の武力と何が違うのか。

 どちらも同じ力だ。もうその時点から貴族の認識には歪みが生じていた。


「――十人」


 狭い気配探知を使って探り当てれた人数は僅かに十。それだけの人数が学舎という建物に潜入した事実に、しかし然程の驚きも無い。

 それは別の場所で待機しているだろうナナエも同じだ。暴れる音が聞こえないことから動いていないのは明白。暗殺をしている可能性もあるが、現時点でいきなりそれを始めては警戒されるだけだ。

 まだ入ったばかり。深くまで進んではおらず、襲い掛かっても十分に逃げ切れる。

 騎士も近くに居るのだ。下手に騒ぎを起こして騎士の介入を許せば、そちらの対処で襲撃者を逃がす可能性も否めない。

 出来る限り、いや全員を逃がさない。僅かな情報もペリドット伯爵に渡すものか。

 相手の出方が此方には掴めない以上、情報源を潰す他に無い。襲撃者は数人捕まえ、それ以外は皆殺しだ。

 

 ――耳に足音が届く。

 複数人の歩き回る音は小さく、それこそ意識せねば見逃しかねない。鍛えられているのは解っていたつもりであるが、今回送られた人員も緊急的な行動とは思えないくらいに練度が高い。

 最初から抱えて込んでいた戦力なのか、偶然近くに頼れる人間が居たからか。どちらにせよ、タンデルが居る時点で想定の外を出る事は無い。

 手にはナイフ。即効性の毒が塗られた凶悪な代物を使い、解毒の可能性を此方が握る。

 大蛇として有名なグダラゴボラの毒だ。僅かな毒でも摂取したら一巻の終わりである。

 本数は六。この全てが破壊されるか、あるいはナイフを警戒されれば剣の出番だ。常に此方にとって有利になるように、ハヌマーンやナノ達が居る部屋も別に移している。

 静かに走り回る影の一団。その足が此方に向かって進み――――遂に俺が居る部屋を開けた。

 

「――――」


 白い無装飾の仮面を被った男の首筋にナイフを刺す。

 引き戸の扉は横からは見え辛く、故にある程度は開かねばどうしても内部を見渡せない。

 最初に僅かに開いて目で確認したのだろうが、それだけでは解らなかったのだろう。首と頭を出した時点で此方の勝ちは揺るがず、倒れる音を聞かせない為にそっと部屋の内側に引き込んだ。

 端の方に転がし、装備を全て回収する。

 ナイフや回復薬といった一般的な装備ばかりが目立ち、特別何かがある訳ではない。これでは誰が行ったのかが解らず、恐らく全ての襲撃者が似た装備をしているだろう。

 暗殺者ばかりの集団は森の賊とはまた違う緊張感を滲ませる。ナナエはどうしているだろうかと思いつつ、新たに近付く音に意識を研ぎ澄ませた。

 

 襲撃者の練度は決して低くは無い。一般的に貴族を狙うのであれば十分な実力を有していると言える。

 足音を消す実力は一朝一夕では身に付かず、師に学んだ者にしか出来ないだろう。

 それでも、ランクでは三か四程度。五や六にまで届いていないのであれば、抜きん出た暗殺者とはとてもではないが言えない。

 本職には手が届いている。されど、有名所となる程ではない。

 そんな中間くらいの実力の持ち主ばかりなのか、俺が倒した物音を聞いて足を止めた人間は居ない。

 動き回るその姿に彼等の実力を掴み、相応の動きでもって冷静に一人一人を捕縛か殺害していった。

 最初は十人程度であったが、勿論その程度で済む筈も無し。

 

 剣の柄で殴って気絶させた人間も数人は存在し、殺害した人数そのものは既に二十を超えていた。

 今も歩き回る気配は僅かに感じ取れるが、数自体はもう少ない。結局ランク五や六に辿り着いた暗殺者は居なかったのかと思いつつ、されど最後まで油断はせずに潰していく。

 彼等は全員雇われの人間だ。冒険者と思わしき装備の揃え方をしていることから、連携の二文字はまったくもって存在していない。

 各々が各々の個人行動で動き、それが全体に悪影響を及ぼしているのは先程気付いた。

 一人では鳴らない床も数人集まれば鳴ってしまうし、気配を消していても数が集まれば自然と大きくなってしまう。

 少数精鋭でもって討って来なかったのは悪手だ。故に残りの人数を潰す時間は然程掛けず、しかし最後の一人に必然的に意識を引かれる。


「残る一人は……庭か」


 子供達が遊ぶ庭。暗殺者としては絶対に向かわない場所に立っているが故に、既にこの襲撃が失敗に終わったと判断しているに違いない。

 ならば純粋な戦闘によって正面から倒す。その気概は潔しではあるものの、小手先の襲撃をしている時点で最早綺麗も汚いも無い。

 彼等の行為は愚かだ。如何なる理由により味方に付いていたとしても、彼等の理由の全てに共感を示す事はきっと無い。

 窓から飛び降りて庭に居る人間を視認する。

 隠れもせずに立っている姿は体格と深緑の外套から見て、間違いなく以前の暗殺者だった。

 片腕には既に装填済みのクロスボウ。勝負の始まりと同時に此方を襲うのは見て取れたので、相手を刺激させない範囲で歩いて近寄る。

 ナナエの姿は無い。既に学舎内の襲撃者達が居ないのは解っているだろうし、何処かで機会を伺っていると思うべきだ。


「これで後はアンタだけ。 何か言い残す事はあるか」


「……」


「……何も言わないか。 なら、このまま殺らせてもらう」


 庭に出てしまえばナイフは必要ではない。早々に剣を引き抜き、構える。

 相手の表情は見えない。同時に此方の表情も見えていないだろうが、双方共に視線が激突しているのは解る。

 一挙手一投足に意識を巡らせ、もしも一歩踏み出せばその瞬間に放たれるだろう。

 早撃ち技術は相応の実力者でなければ出来ない。加えて装填に時間が掛かるのがクロスボウの弱点ではあるが、目の前の相手であればその問題も解決していると考えてしまう。

 どんな手札を持っているのか、どんな攻撃手段を隠しているのか。真正面から戦うと決めた以上、暗殺者としての技能は放棄している筈だ。

 ならば、何処かにハンマーを隠し持っていても不思議ではない。

 可能性として挙げるならば――そこまで考えて、突如として大きな気配が横から突風のように襲い掛かった。


「よう、やってるかい?」


 悠々と歩む姿は、俺にとって一番有り得ない人物だった。

 片手に持った巨大な鉄塊じみたハンマー。細身の筋肉質な身体は、一冒険者として尊敬すべきものだ。

 飄々とした笑みには俺に対する親しみがあり、まるで偶然立ち寄ったかのように声を掛ける。

 どれだけ凝視をしたとしても、そこに立っているのは俺が暗殺者だと思っていたタンデル本人だった。

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