第二部:怪人
「解ったよ。 相手が複数人であるなら、此方も経験があるから問題は無いわ」
「そう言ってくださると助かります。 では当日に」
ギルド会館下の酒場。部屋の端に席を取り、秘密裏にナナエと話を行う。
彼女も俺も、タンデルが今回最大の敵として認識している。故にギルド会館での秘密裏の会話は避けるべきだったが、ナナエと会う手段が他に無い。
故にタンデルがギルド会館に居るかどうかを確認しつつ、話を短くして彼女に話した。
決行は明後日が経過した直後。早朝から狙われるとは思わないまでも、警戒しておくに越した事は無い。
三日後の明々後日に備え、装備も道具も全て整える必要がある。回復薬も出し惜しみする訳にはいかず、貯金していた金の一部を開放してでも高級品を揃えるつもりだ。
ナナエの得意武器は双剣。小回りの効く武器であれば室内でも十分に活躍出来る。本人も入り組んだ場所で戦える貴重な逸材のため、最も効率良く敵を撃破してくれるだろう。
ここ数日は何の依頼も受けなくなる。
俺の行動に疑問符を浮かべる冒険者は居ないだろうが、馴染み深い人間であれば確認しても不思議ではない。仮に接触して訳を聞き出そうとする人間であれば、その時点で敵として扱っても良いくらいだ。
室内による戦いばかりとなる今回の襲撃。俺自身は室内での戦いをあまり経験しておらず、どうしても不利となるのは否めない。
一応は剣を振るえるだけの空間があの学舎にはあるが、得意の速度は殺される。要求されるのは影に潜んで相手の背後を刺す暗殺術であり、その観点から見ればタンデルの方が有利となる筈。
一度も剣を引き抜かずにナイフだけで終わる事も有り得るだろう。出来れば全員外に叩き出して騎士に突き出したいものの、それをしてはハヌマーンの身元が割れる可能性がある。
「――よぉ、フェイ。 今暇か?」
露店を練り歩く中、声を掛けられた。
振り向き、その相手に僅かながらに驚きが胸の中に広がる。
ハンマーを背中に乗せたタンデル。一人で討伐依頼でもしていたのか、その身体には紫の液体が付着している。
あれは血液だ。紫の血を持つ生物を俺は知っている。
快活に笑い掛ける細身の肉体に欠損の痕は一分も無い。無傷同然の姿は、紛れも無く実力者の証だ。
これで少しでも傷を負っていればと思いながらも、その表情は外套の奥に押し込む。言葉だけは明かる気にして、どうしたのかと問い掛けた。
「いや、ちょっとな。 あの森の中での襲撃者について、ちょいと厄介な情報が入ったんだ」
「厄介な情報?」
「ああ。 ……此処じゃなんだ、適当な飯屋に行こうぜ」
此処で付いて行くのは簡単だが、秘密裏に口封じをされてしまう可能性がある。
だが、厄介な情報が気になるのも事実。それが何でもない情報ばかりであれば行くだけ無駄であるものの、怪しまれない為にも確りその辺の情報は確保しているのだろう。
致し方無し。怪しまれない程度に了承を下し、彼の後ろに付いて一緒に動く。
案内されたのは彼の宣言通りに飯屋だ。奥深い席を取って向かい合う形で座り、大盛の肉料理を頼んでいく。
周りは冒険者ばかり。それ故に割高な肉料理もメニュー表に書かれているのだろう。
折角の金蔓だ。吐き出させる事に罪悪感など存在しない。
テーブルに運ばれた大盛の肉料理に囲まれつつ、俺は水を一飲みして相手の話を待つ。共に冒険者として不仲ではないものの、さりとてナナエやバウアーのように極端に仲が良い訳でもない。
言ってしまえばただの仕事仲間。故に仲を深めるのではなく、俺は相手の言葉を待つばかりだ。
「食べながら話そうぜ。 このままだと冷めちまう」
「頼んだのは貴方でしょうに。 ……解りました」
だが、そんな俺の意思など知らぬとばかりにタンデルは笑い掛ける。
先ずは食事。話はその後。順番付けされてしまった以上、そこに従わなければ相手は何も話はしない。
結局食事が終わるまでは互いに何も話はせず、タンデルに至っては無我夢中で肉料理を口に持っていく始末。
冒険者としてのあるべき姿としては間違いではないかもしれないが、貴族としての作法も知っている身としては全力で食べ続ける姿勢は些か下品だった。
やがて大盛の肉料理は姿を消し、タンデルと俺の胃の中に納まる。量の多さに腹が少しばかり別の悲鳴を上げるものの、後で腹ごなしに動けば直ぐに収まってくれるだろう。
「さて、じゃあ話をするか」
「やっとですか……」
「まぁまぁ、今日の飯は俺が奢るから許してくれよ。 で、話なんだが――この街に不穏な奴等が入り込んでいるみたいだぜ?」
文句を言いつつも、彼の言葉に耳を傾ける。
不穏な奴等。それが指し示す存在はいくらでも予想が立てられるが、現段階では一つしか考えられない。
「それは賊では無くて、ですか?」
「勿論だ。 そんな相手なら冒険者が黙っちゃいねぇよ。 さっさと捕縛して騎士団に突き出して終わりだ」
「では、その不穏な奴等とは何ですか」
「ああ、そいつらなんだがな」
曰く、犯罪者や浮浪者達の温床である路地裏で十数人の怪しげな風貌の人間が集まっているらしい。
彼等の身形は裏路地の人間から見ればあまりにも綺麗に整い過ぎているそうで、外套の僅かな隙間から見えた服はその辺の服屋で買えない程の美麗さがあったという。
であれば、盗みたいと思うのが裏路地の人間の思考だ。犯罪者の中には当然の事ながら冒険者崩れも存在し、戦闘技法を身に着けている。
だが、そんな彼等は悉く死んでいるそうだ。連中の実力には幅があるが、挑戦する時点で決して強過ぎるとまでは思わなかったのだろう。
実力を隠しているのか、それとも数の暴力で無理矢理殺しているのか。
どちらにせよ、裏路地を騒がせているのは間違いあるまい。
「ギルドにも依頼が来ているみたいだぜ。 ランクはなんと六」
「明らかに普通の武装組織ではないですね」
「ギルドが危険視し、中堅所に派遣を求めた。 もうその時点で無視出来ない連中なのは解るだろ?」
明らかな不穏存在。街に住んでいるのであればその存在を看過出来る筈も無く、街の長達もギルドに対応を求めているのが目に浮かぶようだった。
今はまだ異常事態として街に広まってはいない。俺の考えている通りであればこのままその組織は大きな事を起こさずに消えていくだろう。
襲撃の準備。既に備えているのであれば、此方が逆に襲撃して数を減らすのも有りといえば有りだ。
だからこそタンデルは俺に接触したのだろうなと、水を飲んだ。
「どうだ、俺達でそいつらを倒してみないか? まだ調査段階とはいえ、居るのは既に確定だ。 他に仲間を募ってさ、報酬を山分けするのはどうよ」
「金目当てですか。 ……でしたら、御断りします。 此方も用事が無い訳ではないので」
「んん? ……何も依頼なんて受けちゃいないよな」
――――どうして俺の依頼事情をお前が知っている。
喉元から出てきそうな言葉を飲みこむ。相手が此方を調べているのはこれで明白だ。このまま余計に話をしても彼に対する不信感が集まるだけ。
共同で依頼を受けるのは日常的だが、だからといってある程度の調査も終えていない段階の依頼を受けるのは自殺行為だろう。
相手の力量も定かではなく、数も明確になっている訳でもない。背後関係もよく解らないからこそ、もしも撃破する事で不利益が発生しないとも限らないのである。
自分の身は自分で守る。それは生きていく上で常識であり、自分の身の上も加味すれば余計に介入したくないというのが個人的な意見だった。
「……何故私が依頼を受けていないのかを調べたのかは解りませんが、兎に角その話は御断りさせていただきます。 挑戦するなら他の人に当たってください」
「ちぇ。 お前さん金を結構貯めてるみたいだし、受けると思ったんだがなぁ」
「此方は明日死んでも良い生活なんてしたくありませんので。 ――それでは」
席を立ち、そのまま飯屋の外に出た。
最後に見た項垂れるタンデルの姿に違和感は無いが、話している内容は違和感が強く残るものばかりである。
何故、俺が依頼を受けていないと知っているのか。何故、極僅かしか知らない情報を得ているのか。
疑問は尽きず、だからこそ信用も信頼も預けられない。
タンデルという男は、いっそ不自然なまでに怪しい己を曝け出していた。