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第二部:襲撃者の影

「手紙の内容は脅迫です。 文面はハヌマーン様を差し出さねば学舎の子供達を無差別に殺傷すると」


「古典的な手段ですね」


 手紙の差出人は不明。十中八九ペリドット伯爵からの物だろうが、やり方が非常に古典的だ。

 人質を使って王族を所定の場所に呼び出し、放置すること。場所は森の最奥で、一度放置したら二日以上はその場に向かってはならないと手紙には追加で書かれている。

 もしもハヌマーンが保身に走る男であれば人質を犠牲に生き延び、子供達を優先すれば自身は死ぬ。

 まともな戦闘技法は話を聞く限り最近始めたばかり。とてもではないが最奥で生き延びるのは難しく、断じてこの手紙通りにする訳にはいかない。

 厄介なのはどちら取ってもハヌマーンが追い詰められることだ。保身に走ればそれを理由に王族の素質無しと排斥する事が可能となり、子供達を優先すればそのまま殺して純潔を維持出来る。

 

 どちらに転んでも構わない。そんな意思が透けて見え、同時にそこに暗殺者を差し向けるだろうことも俺達は解り切っていた。

 送られる人員は間違いなくタンデルだ。逆に此処で新しい人物を雇う意味が不明であり、知られていないままだと思われているならペリドット伯爵はそのまま差し向けるだろう。

 期限は明後日まで。明後日の日没までハヌマーンの姿が森に無ければ、ペリドット伯爵は王族に直接意見するに違いない。

 子供達を犠牲にする事を安易に選択した王族。それをこのままにしておくのですか、と。

 

「わっかり易い奴……」


「同感です。 しかし逆に言えば、此方にとっても解り易い」


 相手の手段は実に単純明快。

 故にその方法も意思も透けて見え、余計な不安を抱く必要も無い。暗殺者が来て、外獣も来る。

 双方共に森に放置されたハヌマーンを殺害する目的で姿を見せ、このまま何も手段を講じなければハヌマーンはただ死ぬだけだ。

 王子本人もそれを理解しているのか、眉間に皺が寄っている。今この場で安易に向かう発言をせず、共にどうやって打開するかを考えているようだ。


「私は未だ浅学の身だが、何とか子供達を守る事は出来ないのか? 冒険者を雇うなど、方法はあると思うのだが……」


「いえ、それでは解決はしないかと。 子供達を守る為に冒険者に依頼を送るのは悪くは無いですが、その情報は間違いなくタンデルに伝わってしまうでしょう。 そこからこの依頼に不安の種を撒かせ、人足を遠ざけてしまう事も可能です」


 冒険者は信用が命。そして、ギルドもまた冒険者との間に信用を築かねばならない。

 明後日の間までに依頼を用意させるだけの時間が俺達には無いのである。ハヌマーンが王子であると周囲に認めさせるだけの要素が、人が集まるまでの時間が、圧倒的に足りていない。

 例え運良く掲示板に張り出せたとしても、タンデル辺りが不安の種を撒くのは明白。ナナエが此方側に付いてくれたので全員が怪しむとまでは思わないが、戦力が不足すると考える方が無難だ。

 脅しに屈さずにいればペリドット伯爵は暗殺者以外にも手駒を秘密裏に向かわせて火を放つくらいは平気でするだろう。

 何せ、彼は自分に大義があると思い込んでいる。古き良き血筋を守るのは自分なのだと、完全に酔い潰れた思考で事を起こしているのだ。

 並の手段では講じた所で絶対に安全であるとは断じられない。故に、動くとなれば別の方法を取った方が確実性がある。


「じゃあ騎士に頼む? 本音は伏せて、偽の脅迫文を作って騎士に渡すの。 今夜から明後日の間に学舎を閉鎖しなければ子供達を皆殺しにするって」


「そうですね……。 平民向けの粗末な紙に書きましょう。 なるべく汚く、粗野に」


「なら子供達に学習ついでに書かせてみるわ。 そっちの方が自然な形になりそうだしね」


 仕事上文字を覚えねばならない時に、店主が金を提供することで文字を覚える事が出来る。

 それを利用すれば成人男性が手紙を寄越したとしても不思議ではなく、何よりも民主騎士団は民の理不尽に絶対に立ち上がる。

 それが例え仕事上のものであったとしても、職務として定められているのだから見回り程度はしてくれるだろう。もしもそんな事もしなかった場合、即座に国に通報されて罰を受けることになる。

 勿論、その通報に関しても証拠が必要であるが。

 何にせよ、ナノの出した提案が一番無難である。街に駐在する騎士の練度が不安であるので、決して騎士の力を過信してはいけないものの、即席の壁くらいにはなる筈。

 そして、直接の戦力としては俺とナナエがハヌマーンの前に立つ。ナナエが雇った冒険者も呼び戻したいが、今からそれをしても間に合うとは思えない。

 

「恰好はみすぼらしくしなくて良いです。 逆に下手にみすぼらしいと学舎の運営を怪しまるので、普通の服のまま向かってください。 後、出来る限り表情は必死で」


「解ってるわ。 教員の一人に向かってもらった方が良いでしょうね。 彼等にはそのまま嘘の情報を流しておくわよ?」


「助かります。 可能な限り人員は減らすように。 戦いになれば全員を守り切れるとは断言出来ません」


 暫くの間は子供達に長期休暇と偽って大量に宿題を用意しておく。教師陣にのみ嘘の脅迫文を流しておくことで大人達も近付かないようにする口実を作り、結果的にこの学舎そのものを無人に近い形へと変えていくのだ。

 それによって守備対象が減ること自体は別に構わない。

 俺にとって楽であるし、騎士達にも楽に映るだろう。建物に放火されてしまうと厄介であるが、大規模火災にまで発展するのはペリドット伯爵も望んではいまい。

 民の犠牲はそのまま国家の税金が減る事に繋がる。貧乏暇無しには誰だってなりたくはない。

 

「防衛戦ですわね。 此方から攻撃はしませんか?」


「一先ずは防衛です。 出来れば学舎内に潜入させずに終わりたいのですが、実際は難しいでしょう。 ――ですが、それだけの人数が出てくれば確実に警備の数も減ります」


 アンヌの言う通り、この戦いは防衛戦だ。

 守り切り、殲滅する。ハヌマーンが死なない事を勝利条件として当て嵌め、それ以上の真似をするつもりは一切無い。

 相手は必死だ。形振りなど構ってはおれまい。

 失敗の情報を聞き、原因を知ったペリドット伯爵は危惧を抱く。もしもこの失敗が後に重大な失敗にまで発展したとすればと、仕留めるのは今しかないと、そう思ってしまえば焦るのは必然。

 そして、その為に貴重な手駒を放出するのは想像が付いている。その隙を突いて此方が放った偵察達が何らかの証拠品を盗めれば形勢の逆転を狙えるだろう。

 この防衛戦は予定されていたものではない。だからこそ、突ける穴も多くある。

 ハヌマーンの身内が全面的に信用出来ない以上、この問題はハヌマーンを王子だと認めさせる俺達だけで解決する他に無い。

 

「ペリドット伯爵に向かって放った冒険者達が何か証拠を掴めればそれで良し。 仮に何も掴めなかったとしても、今回の襲撃を凌ぎ切れば彼も警戒することでしょう。 油断ならぬ相手だと認識させれば、時間を稼ぐ事は出来ます」


 何よりも必要なのは此方が何かをする為の時間だ。

 最低限それだけでも稼ぐことが出来れば、この戦いにも意味があったと思うことが出来る。

 俺の発言に皆も頷き、早速行動に移った。俺は一人学舎を抜け、冒険者達の集まるギルド会館へと足を運ぶ。

 二度目の死の気配。五年前に感じたあの甲殻の外獣と同じ感覚を胸に抱き、外套の中で眉を寄せる。

 自分が死ぬと、心の何処かで思っているのか?


「……笑止」


 否。断じて否。――己が負ける未来など有ってはならないし、有ることそのものを認めるものか。

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