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第二部:第四勢力

 ナナエの協力を取り付けた事で俺達の生活は一変した。

 先ず第一に必要なのは協力者集めだ。その為にナナエは自身の人脈を用いて信用出来る冒険者や元冒険者を集め、ペリドット伯爵の土地に放った。

 彼等に対して差し出せる対価は金くらいなもの。その資金源は俺か、王族として多少は金の使い方を覚えろと渡されたハヌマーンだ。

 本当は服や勉強道具の購入、更には緊急時の逃走資金として王に与えられていた資金だが、使い道など無かったのだと快く資金を提供してくれた。

 お蔭で運用資金そのものは潤沢だ。伊達に王族の小遣いではなく、並の貴族令嬢や子息では及びも付かない金が目の前に姿を見せた。金貨六百枚が簡単に姿を見せると自身の常識が容易く揺らいでしまう。

 それはナノも同じで、目の前に運ばれた資金に額を押さえているのを覚えている。

 

「兄達は私に与えられた金貨の量を知らない。 父も私が独自にしたい事があると言えば簡単に許可を与えてくれたよ。 大方此方が狙われているのも承知済みなのだろう」


「自身で防いでみせろということですか?」


「そうだろうな。 如何に愛を与えてくれているとはいえ、私も王族の血を持つ者。 守られるだけの男で終わってほしくないのだろうさ。 所謂愛の鞭といったところだろう」


 言葉通りならば、父であるワシリス王は息子に成長を願っている。

 このまま守り通す選択も取れるだろうに、これを良い機会と試しているのだ。それは恐らく、勢力を作れという意味合いも含まれているのだろう。

 これまでは貴族やそれに値する人間で勢力が形作られていた。第一王子、第二王子、第三王子の三つの勢力には殆ど貴族か豪商達が入り、もしかすれば宗教家も入っている可能性はある。

 そこから新しく勢力を発足させる事は難しい。中立派の人間を味方につけたとしても、大きな権力を有する公爵家はほぼどれかに属している筈だ。

 例外と言えば、あまり言いたくはないが俺の実家である。

 あの家系の人間が誰かに属する事は有り得ない。父親も母親も誰かに頼るような性格などしている訳も無く、己の力で道を開くを基本理念とする存在だ。


 そして、俺達兄妹もそこは変わらない。

 己で守り、己で道を決める。故に群れの中に存在せず、一線を引いて離れた位置で見るだけだ。

 そんな家が他に存在するとは思えず、だからこそ貴族を味方に付けるような真似はしない。

 第四勢力がどのような形で生まれるか。それは恐らく、貴族達があまり気にしない平民や冒険者達からになるだろう。

 既に騎士と諜報役が冒険者なのだ。彼等が繋がりを作るには他の冒険者や平民達以外居ない。

 情報が此方に流れるには時間が掛かるだろう。ナナエ曰く、探索や罠に精通した人間を選んだとはいえ直ぐに結果が出ると思うのは早計だ。

 

「そんな繋がり何時作ったのよ」


「五年前に出会いがありまして。 それから依頼を御一緒する機会に多く恵まれ、今では友人のような姉弟のような間柄です」


「あんたが積極的に仲を深めたとも思えないし、どうせ向こうから来たんじゃない? 切っ掛けは多分、五年前のあの外獣」


「その通りです。 あの時は知らなかったのですが、当時共闘していたそうで」


 ははは、と愛想笑いを浮かべてアンヌが淹れてくれた紅茶を飲む。

 甘味の多い紅茶は市井の間には珍しく、王族から貰ったものかとあたりを付ける。木製の丸椅子の先には当時を思い返して此方を睨むナノの姿。

 彼女専用の私室の中で集まるのも既に慣れてしまったもので、今や宿屋の自室と同様に肩を抜ける。

 

「そういえば、あの時大分無茶をしたわね。 討伐ランク八の化け物に立ち向かってよく生きてたものよ」


「そうなのですかッ!?」


 昔を懐かしむにしては棘の多い話し方だが、食らいついたのは別の人物だ。

 此方に大声をあげたのはハヌマーン。今は報告会という事で何時もの四人組が集まり、今後の話をしながら時折雑談をしていた。

 当時の俺のランクは一。冒険者になりたての時期に立ち向かうには、些か以上にあの外獣は脅威だった。

 ハヌマーンの瞳は輝き、まるで英雄譚を聞く子供そのもの。期待を寄せる姿に出来れば良い話をしてやりたかったが、俺に出来たのは精々足止めくらいなものである。

 足を数本切断したのを功績とは呼べないだろう。だが、そんな話でも彼は喜んでくれた。

 

「私も出来れば将来は冒険者になりたいのです。 未知の場所に向かい、強大な敵と戦い、仲間を作って酒を囲むような生活が夢でした」


「それは……」


 また何とも言えない夢だ。

 無謀とも言えるし、彼の父親の資質を鑑みれば絶対に出来ないとも言い切れない。この世界は広く、まだまだ未開の土地は多いだろう。そこでしか出現しない外獣もきっと居るし、強大な敵が居ても不思議ではない。

 冒険者とは夢の無い職業に見えるが、決して現実だけしかない訳でも無い。

 どう捉えるかは人それぞれ。彼の持つ夢が幼い頃の自分のソレと重なって見えたとしても、同一視する事は絶対に避けねばならない。

 その青い希望を何時までも灯していられるなら、きっとこれからも生きていけるだろう。

 諦観に支配されていた身から脱出の活路を見出した。そうであるからこそ、嘗ての夢を語れるようになったのだと思えば――今回の事態も彼に不味いものだけを与えた訳では無いのだと安心出来る。

 横目でナノを見て、彼女は静かに苦笑していた。

 女性には解り難い夢だ。男がそんな夢を持つという事までは知っていても、共感することまでは流石に出来ない。

 ハヌマーンの周りに居るのは俺を除けば全て女性だ。だから、そんな夢を語っても共感までは持たれなかったに違いない。

 子供らしくいられる日々は代え難いものである。その日々が尊いからこそ、成長した時の心の支えになってくれるのだ。


「良い夢だと思いますよ。 私は騎士になって誰かを守るのが夢でした」


「騎士か! その気持ちは私にも解るぞ。 自分の力で愛すべき誰かを守れたなら、どんなに良いだろうと何度も思ったものだ」


「ええ。 ――そして、今私は騎士です」


 自分の夢は、形は違えど近付いている。

 騎士になる。騎士になり、騎士団の副団長として長である兄の手助けを行う。そして民主騎士団の長である妹と協力し、民が安心出来る国を与えてあげれたらと願っていた。

 その夢は今も消えてはいない。ただ、徐々に薄くなっているのも感じているのだ。

 何時かはこの夢も消えてなくなってしまうかもしれない。それに僅かばかりの不安を覚えつつも、現実は無情であるということも理解していた。

 妥協は必要だ。己の力量を知っているのだから尚更に。――だが、どうにも諦めきれない。

 ハヌマーンは唖然としていた。自分の言葉のどれにそんな理由があるのかと思考を巡らすも、やはり見当がつかなくて首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「あ、いや。 何でもない……」


 疑問を素直に口にすると、途端に我に返ったように表情を変える。

 その表情が非常に笑顔だったのが気になるも、まぁいいかと意識を切り替えた。


「……そういえばですが、あれから襲撃の気配はありましたか?」


 場の空気を変える。一気に緊張感の立ち込める室内に、全員の顔が真剣なものへと変えた。

 これは報告会だ。俺の報告だけでなく、他の人間の報告も聞かねばならない。

 投げた言葉に関する答えは、暫く返ってはこなかった。沈黙と共にアンヌとハヌマーンは何度も視線を交わし合い、言うべきかどうかを決めている。

 そして、暫くの時間が経過した頃にアンヌの方が口を開けた。その事から察するに、詳細な情報を知っているのはアンヌ側なのだろう。


「実は、丁度二日前に差出人不明の手紙が届きました」


 攻撃は既に始まっていた。

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