表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/251

視察

 小都市・ダナウ。

 大都市程の規模ではなく、しかし田舎の街並みと比較すれば遥かに栄えているその場所は、俺にとっては丁度良い喧騒に包まれている。

 平民や冒険者が頻繁に出入りする道具屋。冒険者のみしか出入りしない武器防具屋。冒険者専用の施設も並び、料理店は常に大賑わいの様相を見せている。

 しかし、それは全て大都市に並ぶ店よりも遥かに小さい。冒険者専用の施設もそれは例外ではなく、初心者用の訓練グラウンドも複数人が走り回るには少々の狭さを感じる程だ。

 此処に入ってから今はまだ見知った誰かには会っていない。砂漠色のフード付き外套を上に羽織り、顔を隠す事で周辺に見せないようにしていた。

 此処では冒険者として登録し、食料を新しく買うだけだ。三日前よりも軽くなったリュックサックの中身を揺らしつつ、道行く人々の波を泳ぎながら白木で組まれた建物の前に立つ。

 

 辺鄙な場所であれば酒場と共同で運営しているらしい冒険者登録所。

 此処ではそれ専用の施設として稼働し、依頼の受付などは隣の建物で行っている。以前此処に出向いた際には縁の無い場所だと思っていたのだが、覚えておいたのは僥倖だった。

 入口上部には長方形の板が鎖によってぶら下がり、既に常識となった冒険者ギルドの名前が黒く書かれている。

 扉は薄い板一枚。防衛という意味ではまったく役に立ちそうにない薄板を押し、そのまま内部に入る。

 中もこれまた木製ばかり。木製の受付所に、順番待機用の木製テーブルや椅子が数個置かれていた。

 

 今は誰も座ってはおらず、受付もまた空いていた。

 時間は昼。どうやら殆どの者達が昼食に出て行き、空いてしまっているのだろう。

 職員達も俺が入って来たことには気づいているが、欠伸を隠さずにしている。質という意味では決して高くはないのだろうと思いながら早速台を挟んで職員の前に立つ。

 冒険者になる事に年齢の制限は無い。それは幅広い依頼が存在し、中には子供でも達成出来るモノが多く存在しているからだ。

 俺みたいな明らかな子供でも客として認識され、受付そのものは酷くスムーズに進む。

 相手も俺が剣士として認識してはいないのだろう。武器を持っていても、それはただの飾りとして認識されているのは見ていれば解る。


 子供のままごと遊び。

 そう思われしまうのは年齢を鑑みれば当然だ。そして、その相手の判断は俺にとって優位に動く。

 変な扱われ方をすれば相手の記憶に残る。ならば、相手が子供だと思ってくれている内に全てを終わらせておくのは当たり前だ。

 時間にしてはほんの僅か。けれども、その僅かな時間が俺にとって緊張ものだ。

 まだこの街で行わなければならない事がある以上、時間を必要以上に使いたくはない。今日は徹夜をしてでもこの街から離れる予定なので、出来る限り余裕を持った行動を取りたい。

 職員が持ってきてくれた一枚のカードを受け取り、感謝を述べてそのまま隣の施設へと歩く。

 カードの厚さは紙一枚程。とても薄く、曲げようとすれば一瞬で折れてしまいそうだ。材質は知らないものの、純白に染まっているカードには俺が適当に決めた偽名やランクが書かれている。


 フェイという名前が書かれた横には最低ランクである一が刻まれていた。

 最大ランクは十であり、そこまでの高さを俺は求めてなどない。必要なのは平穏であり、安定度を取る為には五まで上げねばならないのである。

 隣の依頼受付所は登録所とは正反対に活気に溢れている。化け物達の素材を用いた防具や武器は実に十人十色で、関わり合いになりたくない顔を持った人間も複数人見受けられた。

 依頼書は全て巨大な掲示板に貼り付けられている。端がボロボロの紙に書かれている内容は千差万別であり、ランクもまったく整理されていない。

 適当に貼り付けましたと言わんばかりの状態に探すのが苦労するものの、一応はいくつか発見する事が出来た。


「最大ランクで六……。 やっぱり高ランクは首都か」


 ならば必然的に高ランクのある首都には行くべきではないだろう。

 その確認を済ませ、何も受けずに施設から出る。此処で依頼を受けたとしても戻って来る必要があるし、それでは自分から死にに行くようなものだ。

 故に市場へと出向き、なるべく長持ちするような冒険者用の食料を吟味していく。

 干し肉、ドライフルーツ、豆、硬いパン。その中で安く済む店を選び、最後に水を購入して革製の水筒に満杯になるまで入れていく。

 他に冒険に必要な火打石や周辺地図などは全て師が用意してくれていた。御下がりだと渡されたその物品には師の手が加えられており、特に地図に関してはかなり手が入っている。

 お蔭で危険地帯等も知る事が出来、これに関しては本当に師に感謝だ。


「道を開けいッ!!」


 そうして全ての準備を整えていく中で、突如として大きな声が聞こえた。

 皆がその方向に顔を向けると、明らかに身形の良い騎士の集団が見える。更に後ろには豪奢な馬車が見え、扉に刻まれた横向きの狼のエンブレムに皆が道を開けた。

 横向きの狼のエンブレムは王家の紋章。それが此処に来ているということは、十中八九視察として来ている以外に考えられない。

 今代の王はワシリス・エーレンブルクという男性だが、彼は非常に腰の軽い王だった。

 自分の目で見た情報を重視し、それ故に視察に動くのは日常的だ。他に信じる対象は家族と宰相くらいなものであり、特に家族である息子達も視察で動いている事が多い。

 その視察の最も恐ろしいところは、前もって視察場所を管理する貴族に通達をしないことである。

 

 これはともすれば反発を招くものだが、同時に全ての貴族に常識として知られていることでもある。

 正道を歩き、正義に則って運営をすべし。

 王の命じたそれを実際に行っているかどうかを調べるのが視察の目的だ。隠している悪事があるのならば暴き、隠していないのならば堂々と見せろ。

 言外にそう告げる王に悪事を働いていた貴族達は恐れ慄き、実際に今代の王が玉座に着いた直後には大粛清が起きていた。

 その王族が此処に来ている。

 なるべく目を付けられたくないと皆が頭を下げるのは自然だろう。俺も皆に倣って頭を下げ、その馬車が通り過ぎるのを待つ。


 しかし、その馬車は道中で止まった。

 その時点で俺の心の中では嫌な予感が流れ、そして実際に顔を出した者の声を聴いた瞬間に命中することになる。

 

「頭を下げる必要は無いぞ。 皆は普段通りに過ごしてくれ。 此方も問題が無ければ直ぐに去る」


 声は男なのか女なのかは解らない。けれども王本人ではなく、その息子が来たのだというのは解る。

 顔を上げた誰もが王子の顔を見て感嘆の息を漏らす。俺よりも遥かに眩い光を放つ金の髪を一房に纏め、顔は男女の区別が付かない非常に中世的なものだ。

 親である王本人が王子だと言っているので男性であるのは間違いなく、明るく快活で常に青い宝石の如く瞳を輝かせている様は国民の間で最も人気である。

 縁談も引っ切り無しに来ているようで、上の兄と一緒に舞踏会の中心的存在になる事も多い。

 そんな彼は継承候補としては第二と一番ではない。一番は長兄であり、その座を奪うつもりは無いと当人は既に世間に向かって公表していた。


 俺の知る限りでも、王族は非常に仲が良い。

 王は厳しいものの、俺の父とは違って優しさを家族にも振り撒いている。王子達も王と王妃を尊敬しているようで、日々その両親に劣らぬよう精進しているとか。

 鍛えてばかりの俺の家でも知っている情報だ。それ故に家族の誰かが死ねば、それを行った下手人は国民全員を敵に回す事になる。

 王族を支えるのは平民であり、平民により良い生活を与える為に尽力するのは王族だ。

 この二つの関係性が良好な形で保たれている限りは敵に回す事を止めた方が良いだろう。――そう思った直後、俺は慣れ親しんだ気配を感じた。


「――――何だ?」


 家族や師のものではない。

 重く、胃を締め付けるような感覚の種類は殺気だ。誰かを殺そうとする意志が無ければ絶対に発する事の無い気配に、俺は直ぐに該当する人物を探す。

 殺気への耐性は鍛錬の中で必須項目として行われていた。師の放つ殺気は常人を気絶させる程で、俺達も最初の頃は意識を保てないことばかりだったのだ。

 段々と意識は消えなくなり、次は吐き気との戦いを経て、最後には戦闘が行える程度にまでは耐性を持つ事に成功している。

 故に、殺気の類にはどうしても気付いてしまう。

 あの頃の感覚は今も記憶に残っていて、だからこそ見つけるのも慣れていた。

 戦闘の最中に相手が視界から消えることもある。その時の探し方として、殺意や戦意で辿る事は基本的だ。


 そして、それを出している時点で相手の力量はそれ程ではない。

 隠さず、垂れ流し、けれども相手は騎士達に認識されない程度の距離を図っている。現に俺の場所からは気配を感じられるが、騎士達は一向に気付いた素振りを見せない。

 第二王子の言葉に従って人々は徐々に普段の生活を送るようになり、しかしその馬車に向かって接近する者達も居た。


「おうじさまー! お菓子作りましたー!!」


「おっと、ごめんな嬢ちゃん。 そういうのは俺に渡してくれ」


 それは一人の少女だ。

 俺よりも年下の少女は木箱に入ったクッキーを王子に渡そうとして、気さくな騎士によって止められていた。

 如何なる存在に対しても王子に接近するのを許さない。これは護衛として当然であり、しかし国民との間に亀裂を走らせない為にもそのクッキーを受け取らない選択肢は無い。

 故に騎士が順当に受け取ろうとしたのだが、その騎士を止める者が居た。


「ザイン、こんな娘にまで警戒しなくて良いさ。 さぁ、貰おう」


 それは他ならない王子本人だ。馬車から離れ、そのまま王子は少女からクッキーを貰う。

 その光景は正しく一枚の絵画のようで、人々の好感を誘った。だが、同時にそれは殺気を放っている者にとって好機となる。

 その少女が関係者だったのかは解らない。だが、それが切っ掛けとなったのは事実だ。

 殺気の先は路地裏に繋がる店と店の間の道。昼間にも関わらずに薄暗く見えるそこで、明らかに身形の悪い男が顔を蒼白に染めながら折り畳みナイフを腰のポケットに入れていた。

 そのまま大通りへと歩き出し、そのまま王子達の元へと向かう。

 顔色の悪い様は非常に怪しい。けれども、それが世界にまったく居ない者ではないのも事実。

 

 加え、王子達は少女に意識を向けていた。

 その場は柔らかい気配が漂い、とてもではないが凶行が発生するようには見えない。

 ――フードを目深に被る。今から自分がする事の不味さを自覚しつつ、それでもこれは阻止しなければならないだろうと剣を鞘に入れたまま腰から取った。

 騎士ならばもっと周辺に意識を向けてくれと願いつつ、そのまま男へと投擲した。

評価してくださり非常に有難うございます。これからも気軽にボタンを押してくれれば有難い限りです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ