第二部:ある青年の情報
今回の仕事は急な襲撃があったとはいえ、達成として正当な報酬を支払う許可が出た。
俺もまた極普通に報酬のみを受け取ることになり、そのまま足はギルドに向かう。部屋を出る前に告げた通りに仲間を集める為に行動を開始するのだが、既に人選は済ませていた。
元より、俺が信用している冒険者の数は少ない。その上で政治に関与するだろう重大事に臆せず突っ込める人員など最初から決まっているようなものだ。
薄暗い夕闇の中を進みギルド内に戻れば、丁度報酬を受け取る冒険者達で溢れている。
もうじき夕飯の頃だ。稼いだ金で美味い物を食べ、明日への英気を養うつもりなのだろう。
何時死ぬかも解らない職だ。日雇い労働ばかりをしている人間はまだ貯蓄をしているものの、外獣討伐を基本軸としている冒険者達は金を貯める事をあまりしない。
するとしたら、それは本当に欲しい物が出てきた時だ。
上質な装備、上質な家、何をしても文句を言わない奴隷の購入。個人個人によって理由は異なるだろうが、この三点は非常に多い。
だが、今並んでいる冒険者達には縁の無い話だ。この分では報酬を受け取るのは完全に夜になってしまうだろうなと思いつつ、近場の席へと歩を進めた。
その間に視線を彷徨わせるものの、お目当ての人物の姿は無い。特に待ち合わせもしていないので居なくても当たり前だが、周りが知らない冒険者か一回しか喋らない冒険者ばかりだと少々落ち着かないものだ。
今この瞬間にも俺には無数の視線が突き刺さっている。
好意、畏怖、敵意。
向けられる感情は様々。俺が活動している中で他者の情動を揺さぶる真似はしてこなかった筈だが、それでも何時の間にか周りからは多彩な感情で見られてしまう。
俺は我武者羅に日々を過ごしただけだ。早く強くなりたいと全力で依頼に挑み、その成果として現在の地位にいるだけ。ランク五は少々珍しい部類であるものの、決して希少な部類には当て嵌まらない。
だというのに、俺は五年の間に見られる事が非常に増えた。これでは密談も満足に行えず、場所を変える事も多々起きたものである。
「やぁ、フェイ。 君も依頼帰りかい?」
「ええ、報酬を貰いに来ました。 ナントさんも貰いに?」
「数日掛かりの依頼をやっと終わらせてね。 今日の夕方にやっと帰ってこれたんだが、その時にはもうこんな感じさ。 もっとカウンターを増やしてほしいもんだね」
ゆっくりと順番を待っていると、俺に話し掛ける青年が一人。
顔を上げて誰だと確認すれば、灰色の髪を伸ばした爽やかな美青年が居た。傍には彼の仲間である小柄な女性がおり、此方に対して小さな声で挨拶を送って唇を結んだ。
ナント。ランクは俺と同じく五であるものの、冒険者経験はまだ二年目。俺よりも一つ上の年齢の彼は冒険者になる前から戦闘経験を積んでいたそうで、直ぐにランクを駆け上っていった。
その見た目と英雄譚に出てくるようなランクの上昇速度から勇者の卵と比喩される事が多いのだが、本人はその比喩に否定的な意見を述べている。
俺と彼が組んで依頼を受けた回数は少ないものの、年が近い者同士ということで会話をする機会が多い。
尤も、話し掛けてくるのは全てナントからだ。俺から話し掛ける事はまったく無い。
「今日は一人なんだね。 何時もはナナエさんが居るもんだから、迂闊に声を掛けられないんだ」
「そうですか? 彼女は気さくな人物ですから、別に話し掛けても邪険には扱いませんよ」
ナナエが他者を拒絶するのは余程の悪人か、性根が悪い者だけだ。
暴力的な者もこの場合には当て嵌まり、故にナントは話し掛けても大丈夫だろう。俺が素直に思った事を伝えると、ナントは呆れたような息を吐く。
「確かに気さくだけど、それでもあれだけ優しいのは君だけだよ。 他じゃもう少し手酷い扱いを受けるもんさ。 ましてや君と二人での語らいを邪魔したなんてなったら、彼女に睨まれてしまう」
「えっと……」
何とも反応に困る言葉だ。
五年も一緒に冒険者生活をするようになって確かに彼女は優しくなった。具体的には共同で依頼を達成した後の報酬割合が此方に有利になっていたり、よく料理を奢っても貰っている。
他では彼女のそんな話は聞かず、精々話易いだとか声を掛けやすいとかその程度だ。
五年という歳月が彼女の中の何かを変えたのだろうか。バウアーも混ぜての日々は厳しさを含ませながらも中々楽しかっただけに、気になる所ではある。
何となく気不味さを感じ、頭は別の話題を想像し始めた。ナントもこれ以上何か言うつもりも無く、言葉を閉じて無言の空間を形成してしまう。
仲が悪い訳ではないのだが、それでも付き合いが浅いと共通する話題も少ないものだ。
「あー、と。 そういえば何ですが、一つ聞きたい事があるんです」
「ん? なんだい」
「王都に居る上位帯の冒険者を教えてもらっても良いですか? よく街の外に依頼を受けに行く貴方でしたら、私よりも詳しい情報を持っているかと思いますから」
思い付いたことをそのまま口に出して、しかし悪くないと思う。
俺も他の街や土地に出向くことはあるものの、王都周辺の依頼はわざと避けている。そのお蔭で最もランク十や九が集まる王都の情報は少ないままで、必然的に上位者の情報も少ないままだ。
今後関わり合いになる可能性が極めて高い存在達を知っておくのは必要不可欠。故に質問を飛ばし、彼も興味を持ったのか顎を撫でながらふむと呟く。
「別に構わないよ。 だが、僕自身もそんなに情報を持っている訳じゃない。 あそこら辺にまでなると国が情報を秘匿するからね。 どうしたって一冒険者が知れる情報には限界がある」
「構いません。 それでも教えていただければ」
ランクが上がれば上がる程に国では重要視される。その情報を少しでも隠したいと思うのは当たり前だ。
その事を承知の上で尋ね、暫くの間何を言うべきかと彼は視線を中空に彷徨わせた。
隣に居る少女は一切の無言だ。此方の会話に混ざろうともせず、彼の隣に半ば張り付いているも同然の形で無視を決め込んでいる。
人によっては気を悪くさせてしまったのかと思い悩んでしまうが、彼女がそうであるのは昔からだ。
人見知りが激しく、初対面でも彼女は同じ対応を取っていた。銀の長髪を持った彼女は美しく、言い寄ろうとする男性も多いだろう。
苦労するのはナントだ。自分で何とかしないのならば、彼女は他の誰かに頼らねばならない。
必然的にナントに降り掛かる重圧も増える。それを何でもないように流せる辺り、彼もまた十分に強者の部類に入っていた。
「一先ず、王都に居るランク九及び十の数は公表では三人。 その三人共に今は王族の護衛を務めているけど、公の場では姿をあまり見せないね」
第一王子の護衛に付いているのは女性の冒険者。第二と第三王子の護衛には男性の冒険者が護衛を務め、王や王妃の護衛は騎士団が務めている。
その実力は正に折り紙付きで、全員が一騎当千の実力を備えているそうだ。
そして、最大の特徴として彼等三人は王族より遺産を下賜されている。各々の型に合わせて渡された遺産によってただでさえ強力な戦力が更に底上げされているらしい。
しかし、件の三人が全力を出すような事態は起きてはいない。起きたらそもそも大問題だが、ここ数年はただの護衛で足りているようだ。
圧倒的な実力を持っているのは事実。仮に彼等が負けるような事態が発生した場合、他に勝てる人間は誰一人居ないだろう。
「解っているのはこれくらいだ。 本名も姿も能力も秘匿され、一部の冒険者の間じゃ本当に実在しているのかという声も上がっている」
何もかもが正体不明。それは実在を疑問視されるのも当然だ。
遠くからナントを呼ぶ受付嬢の声がする。今回の話はここまでだと決め、ナントは一言だけ告げてから離れていった。
時期に俺も呼ばれるだろう。その前に出来ればナナエに会いたいなと、胸の中でそっと呟いた。