第二部:疑念の正体
「ハンマー使いのタンデル、ね。 そいつがあんたの奪った遺産に見てもいないのに心配していたと」
張り詰めた空気の中、俺はナノに情報を送る。
不自然な動きの数々を見せるタンデルに、何故か今自分の手にある遺産の雷剣。あの場では安全圏への到達を第一としていたものの、いざ辿り着けば今度は疑念の払拭だ。
ナノの言葉から察するに、タンデルが彼等の仲間であるとは思えない。彼女だけが視線を彷徨わせていれば嘘も考えていたが、ハヌマーンもアンヌも困惑顔だ。
故にこそ、味方である線は消えることになる。では次に浮上するのは、やはり敵だろう。
貴族にも様々な派閥がある。各王子達にも派閥が存在し、自身の敬う王子に王となってもらいたいと日夜尽力しているものだ。
とはいえ、そういった活動は全て自分の為。少しでも良い待遇を獲得したいからこそ、王子達に媚を売っているだけだ。
「ペリドット伯爵は何処の王子の派閥ですか?」
「ペリドット伯爵ですか? ……確か第二王子であるシャルル様ですね。 それがどうかしましたか?」
アンヌに質問を飛ばし、その脈絡の無い内容に瞬きをしながらも彼女は答える。
感謝を送り、彼の第二王子という部分に意識を向けた。第二王子ともなれば、継承権第一位に限りなく近い。本人が継承権を奪うつもりが無いと言っていても、それだけ近ければ好機も巡ってくるだろう。
彼に忠誠を誓っている人間であればそれを利用しない手はない。そして、純血主義者であろうとも根は王族に尽くす人格だ。
第一王子よりも功績をあげ、第二王子に玉座を与える。
その目的の為に第四王子を殺す。王族にとって問題の種となるハヌマーンを排除し、それをシャルルが処罰したという形に収めてしまう。
それによって貴族内のシャルルの株を上げ、引くに引けない状況に追い込む。
いくらシャルルが否定したとしても、事実は簡単に消えはしない。噂というのは忽ち世間に流れるだろう。
兄弟殺しという二つ名が世間に生まれるのも早い筈だ。
全てが全て憶測の範囲内であるが、王を狙わない人間を無理矢理にでも王に向かわせるには十分な手になるだろう。
そして、伯爵という階級に俺は覚えがある。
タンデルは伯爵家の当主が変わった事を機に冒険者に転職した人間だ。繋がりを断ったとはいえ、相手が貴族である限り完全に繋がりが切れることはない。
優秀であればある程、繋がりを切りたくなど無い筈。それこそ脅迫した上でも手元に置こうとするだろう。
両親の一件で貴族が優秀なだけではないのも知っている。嫌な記憶が思い出されるが、今はその日々こそが光明を差す可能性を持っていた。
「タンデルさんは伯爵家から転職した冒険者です。 その貴族の名前は聞いていなかったのですが、もしかすると……」
「ペリドット伯爵がその貴族である可能性が高いと? それでは派閥に関しては――」
「――シャルル様が王を目指す為の道を作る。 その為の礎としてハヌマーン様を殺害し、引くに引けない状況を作り上げれば完成です」
俺の予測によって部屋内に寒気が走る。
これが全て合っている保証は無い。寧ろこんな計画など全て間違いだと言われる方が自然だ。
ペリドット伯爵が暴走しているだけ。純血主義者として平民の血が入っている王族を討ち滅ぼさんと冒険者と取引しただけと考えれば、然程違和感は無い。
だが、そうだとすると不自然な箇所が一つだけ残っている。
手元に残る雷剣に視線を落とし、鳴を潜めたままの剣を一度振った。
特に力の入れない状態では雷は剣に纏っている状態で出現し、部屋の中を一瞬だけ明るくする。通常の剣とは違う現象にハヌマーンは興味津々であるが、ナノは直ぐに俺の考えている疑念に辿り着いた。
「さっきの話は全部予測。 証拠も何も無く、常識的な範疇で考えるならばペリドット伯爵がただ暴走しただけと考えるべきね。 けど、それならどうして遺産が此処に存在するのか」
「遺産の管理は王族を守護する王宮騎士団の役目です。 あの騎士団達から盗み出すのは難しいでしょうし、そもそも侵入者対策に別の遺産も使われています。 正規の方法でなければ遺産一つ持っていくことは出来ないでしょう」
ペリドット伯爵は所詮、伯爵という位しか有していない。
侯爵でも公爵でも無く、ましてや王族などとは程遠い階級だ。断じて自由に遺産を持ち出せる身分に無いのは話をしていれば誰でも理解出来ることで――――それ即ち、王宮内でシャルルを支持する者達が協力している。
最低限でも王宮騎士団。最大となれば、王妃や王そのもの。
どちらにしても相手は強大無比だ。まともに戦っても勝てる未来がまったく見えない。
「……薄々そうじゃないかと思っていたけど、これではっきりしたわね。 今回の件は権力闘争の一つよ。 第一王子様は後一年もすれば成人になり、国政にも深く関わる事になる。 その前に決着を付けるのがあの伯爵の目的なのでしょうね」
「ですが、彼は王族に尽くす人物です。 派閥に別れているとはいえ、シャルル様のみを優遇しようとする理由が見えません」
「そこは私も解りません。 伯爵個人に何かがあったのか、シャルル様のみを優先する理由が何処かにあったからなのか。 具体的な部分は今後調べてみなければ一切解らないでしょう」
ただし、少なくともタンデルの動向には注意を払う必要がある。
彼が本当に伯爵によってハヌマーンを殺す事を命令されていたとすれば、たった一回失敗したからといって諦めて帰るとは思えない。
寧ろ逆だ。予定されていた殺害行為を害された以上、次は大慌てで殺しに来る可能性は十分にある。
タンデルの得物はハンマーでとても暗殺なんて真似は出来ないが、あのクロスボウの暗殺者と同一人物であればハンマー使いという事実を隠れ蓑にすることは出来るだろう。
一体何時から用意していたのか。それは解らないものの、早期に対策を練らねば安心など出来る訳もない。
一番は王族達に報告することだ。夜半に秘密裏に城に入り、王族達と直接話す。
それで騎士を派遣してもらえれば――――いや、王宮騎士団も王族も現状は不安でしかない。
「これからもペリドット伯爵から刺客は来るでしょう。 予定されていた襲撃を防いだ以上、なりふり構わず攻撃を仕掛けてくるかもしれません。 次は此処の子供達を人質にしてくると思った方が良い」
「問題解決には根本の切除をする他に無いわね。 ペリドット伯爵が問題の多い人物であれば調べるのも難しくはなかったでしょうけど、彼本人は有能よ。 出来ればこれからもこの国に居てほしい程にね」
「では、我々は素直に敵からの襲撃を防ぎ続けるだけしかできないのですか?」
解決するには根本を叩く。
それは基本中の基本で誰もが考える方法だが、相手が非常に悪い。
遺産を持ち出した時点で協力者が高位の人間であるのは間違いないのだ。その人間の罪を暴くのであれば、此方も相応の覚悟を背負う必要がある。
死ぬかもしれない。二度と冒険者として活動出来なくなるかもしれない。
国を追い出され、夢を叶える機会を二度と掴めぬまま生涯を終える。それは生きる意味を剥奪する事に等しく、だから生半な意思で頷いてはならない。
けど、それは逃げだ。騎士として逃げる事にしかならず、それは俺の求めた理想像ではない。
「やりようはありますよ。 相手が冒険者であるならば、此方も冒険者を使うまで」
因果応報。その言葉の意味を知らしめる。騎士としての己を貫く為にも。
アンヌの視線を受け止めながら脳裏に浮かぶのは、これまで関わってきた冒険者達の姿。巻き込む形となる以上、情報の提示は必要だ。
彼等が一体何処で何をしているのかを知る必要があり、全てが解決するには少々ばかり時間が掛かるだろう。
それでも、貴族より遥かに信用出来る者達だ。彼等ならばきっと良い情報をくれるだろうと確信していた。
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