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第二部:一夜の子供

 街に戻り、俺達は死に体の男を運びながら学舎に戻る。

 小さめの広場には不安気な表情を浮かべる子供達の姿と、依頼報酬を気にしている冒険者の姿。

 俺達は今回、護衛兼教師として依頼に挑んでいる。ならば未来の冒険者を増やす為にも冒険者が子供達を勇気づけるべきだが、そんなことは彼等にとってどうでもいいのだ。

 純粋に彼等が何かを教えることに向いていない。その理由が形となってそこに存在し、教師達からは不信の目を向けられている。

 最早この時点で依頼の成否は失敗に傾いたようなものだ。予想外の出来事によって授業を中断することになった以上、金を払うかどうかは教師達の感情次第。

 今回の事態がこれまでの冒険者の歴史の中で無かったとは言わないが、その解決については個人間になってしまう。

 

 最終的に此方を信頼してくれるかどうか。

 それを気にせねば冒険者として活動を続けるのは不可能だ。ギルドもその部分について厳しく見ていて、明確にランク向上の判断条件に含まれている。

 今此処に居る冒険者のランクは四か五。中堅所の彼等は自身の性格を顧みない限り、此処で止まるだろう。

 俺達が酷い姿で現れ、皆の表情は唖然か驚愕へと変わっていく。冒険者達は意識の復活が早く、直ぐに此方に対して説明を求めてきた。

 そうするくらいならば助けに来てもらいたいところだが、恐らく彼等は口を揃えて同じ言葉を言うだろう。

 タンデル(・・・・)に先に行けと言われたと。

 方向が全員違うとはいえ、俺が投げた煙筒に向かえば必然的に近くに集まる。


 戦闘終了までは時間があった。その間に子供達の避難を最優先させるようにタンデルが言い含めていれば、姿を見せる人間は一人も居ないだろう。

 此処で尋ねるのは得策ではない。明らかな不自然とはいえ、今は敵を全滅させた直後。調査をするにしても話は聞かねばならず、加えてタンデルが混ざらない形を取らねばならない。

 出来れば無関係を貫きたいが、既に王子と接触している。俺の偽名も知られているので逃げるのは難しく、隠されていたとはいえ王命でも出されれば素直に従う他に無い。

 

「すみませんが、騎士を呼んできてもらえませんか。 山賊達が出現し、此方に襲撃をかけてきたのです」


「あ、ああ。 解った、ちょっと待ってろ」


「お願いします。 ちなみにこの人物は山賊の頭領のようですので、なるべく数を連れてきてくださると有難いです」


 このまま冒険者を棒立ちにはさせられない。

 少しでも不信の目を減らす為にも事態解決に動いている様子を見せるのだ。タンデルは進んで子供や教師達に事態の説明を行い安心させたが、怪しい人物が言っても此方はまったく心休まらない。


「――フェイ様、先程は有難うございました」


 立っているのも辛い状態だ。故に地面の上だろうと座り込み、その直後に覚えのある声を掛けられる。

 顔だけ動かして確認すると、声の持ち主はあの時の女教師だ。傍目から見れば山賊襲撃から子供達を護った人物に教師としてお礼を告げているが、その眼には感謝以外のものもある。

 

「いえ、暗殺者に気付けたのは運が良かっただけです。 山賊達も想像よりは弱かった。 もしも後少しだけ彼等が強ければ、私は守れなかったかもしれません」


「それでも感謝を言わせてください。 貴方様の御尽力によって大切な命が護られたのです。 ナノ様も大層お喜びであり、出来れば依頼とは別に個人的な謝礼を送りたいとか」


「……謝礼、ですか」


 珍しい話ではない。

 冒険者の間ではよく聞く話だ。冒険者の活躍に感銘を覚え、それを讃えて通常の倍の報奨金を貰うことを度々聞いている。

 だが、ナノが言いたいのはそういうことではない。同時に女教師も謝礼を払うのは表の理由だ。

 これでナノと王族が繋がっているのが解った。そして、何故彼女が短期間で学舎を建てられたのかも解ってしまった。

 タンデルに声を掛け、子供達の世話を彼に任せる。

 任せろと親指を立てる仕草は頼りになる男の姿をしていて、子供達もそんな彼に早くも懐いていた。

 良い男には人が集まるもの。それが本当か嘘でも、関係は一切無い。

 傷付いた身体に更に回復薬を飲んで治していく。一応は安全地帯に突入し、少しは気を抜ける状態になった。

 中位の回復薬を補充する場所もあるので、迷わず下位の回復薬よりも上位の薬で身体を癒す。

 

 足取りも軽くなっていき、我慢すれば平然とした態度を取ることも可能となった。

 その足で向かうのは学舎内のナノの部屋。育者の長として活動する彼女の部屋は広く、しかし貴族の部屋としては狭いと言える。

 本や書類の山が見える中でナノは紅茶を飲みながら椅子に座って待機をしていたようで、別の椅子には第四王子であるハヌマーンの姿もある。

 秘密を知った者達の会合。そんな場に溜息を零したくなりつつも、仕事人として女教師が用意した椅子に座り込んだ。

 直ぐにナノと同様の紅茶を渡され、そこで初めて喉の渇きを覚える。

 回復薬は何も喉の渇きを満たす飲み物ではない。有難く飲み、喉を潤した。


「――さて、何処まで予想がついた?」


「ナノ様が想像している通りまで、ですかね。 明らかに今回の事態は普通ではありません」


 真剣な顔で尋ねるナノに、此方も同様の表情で返す。

 第四王子という隠された王族。何故隠匿されているかは定かではないものの、恐らくは真っ当な理由ではあるまい。

 現在の正式に発表されている三人の王族は全員が正妻である王妃から生まれた。三人共に能力も高く、けれども全員が最初に生まれた第一王子に継承権を半ば捧げていた。

 第四王子の姿を見る。金の髪は他の王子達と一緒であるが、彼の瞳は鮮やかな緑だ。

 王であるワシリス様の瞳は赤。唯一の王妃であるシーア様の瞳は青で、緑を持つ人間は一人も居ない。

 王子達も青と赤、それに紫の瞳だ。緑の瞳の子供なんて生まれる道理は無く、だからこそ予測出来る線としては愛人が浮かぶ。

 それもきっと相手は貴族ではない。こうして隠し続けていた以上、平民くらいかと予測を付ける。

 そんな子供を殺す。理由は様々浮かぶものの、どれも確証にまでは至らない。

 

「私は、いらぬ子なのだ……」


 沈黙に包まれた部屋の中で、子供特有の高い声が響く。

 彼の表情は暗い。両手で包むように紅茶の入ったマグカップを掴み、顔を俯かせている。

 王子でありながらも世間には公表されず、護衛の数も極めて少ない。こうして殺意を持った相手が出現した以上、少なくとも貴族の誰かはハヌマーンという存在を抹消しようとしているのは明白だ。


「私は当時村娘の母とワシリス様との間に生まれた。 二人の関係は一夜のものだそうで、そのたった一夜の過ちによって私は生まれたのだ。 ……母は常々言っていたよ、お前は幸せな子だと」


「ハヌマーン様……」


「だが、私の人生は決して幸せではなかった。 私が王の息子であることを知ったとある貴族が私兵を率いて村を焼いたのだ。 王の子息は常に高貴な血脈だけで構成されねばならないと、捕まえられた時に私はその貴族に教えられたよ」


「その貴族とは、一体誰でしょうか?」


「ペリドット伯爵で御座います。 あの方は純血主義者であり、王妃選定にも関わっていた人物でした。 王様の突然の視察でも可能な限り現地を調べ上げ、安全に過ごせるように尽力していた方でもあります」


「……純潔主義者でなければ頼れる忠臣ですね。 ですが、今回においては最悪だ」


 真相は解った。

 今回の事態を招いたのは北のアラクネ領管轄のペリドット伯爵。実家での勉強の最中にも出てきた名前であり、王族に深く関わる一族として挙がっている名前だ。

 知っているのは王族に信頼を寄せていて、中でも王に対しては並々ならぬ忠誠を向けているくらい。

 王様に流れる血は純血だ。故にこそ、その純潔を保つ為に第四王子を殺そうとしたのだろう。――それこそ、遺産を使ってでも。


「私は王になろうなどと考えたことは一度としてない。 母の居るあの村の中で平穏無事に過ごせればそれで良かったのだ。 だが、一片でも王の血脈に平民の血が混ざるのをペリドット伯爵は嫌った。 故に、こうして殺そうとしている」


「現在はアマルド第一王子が王族共同で隠していますが、それでも何時まで保てるかは解りません。 何かを切っ掛けにしてハヌマーン様が世間に公表される懸念は拭えず、それを恐れてペリドット伯爵は行動したのでしょう」


 知れば知る程に第四王子に責は無い。

 あると言えばワシリス王と彼の母だ。そのような家臣が居ることを知りながら行動したのだから、考え無しだったのは間違いない。

 それだけ魅力的な女性だった、と思うのは男側の都合だろうか。王妃からすれば面白くないだろうに、それでもシーア様はハヌマーンを王子と認めている。

 きっと継承権は無いだろう。きっと何かを学ぶ権利も無いだろう。

 それでも、シーア様は王子としてハヌマーンを認めている。それが最大級の優しさであるのは、誰がどう見ても否定出来ないことだ。

 だからハヌマーンは自身をいらぬ子だと卑下している。

 此処で学んでいるのは平民の子供として紛れる為。シーア様かワシリス様が学ぶ権利の無いハヌマーンに少しでも何かを学ばせようと考えた結果。

 となればと、ナノと俺は視線を重ねる。五年という歳月が経ったとはいえ、互いの性格は既にある程度把握済みだ。

 彼女が何を求めているのかも解っているし、俺は現在の立場から逃げる事は許されない。


「私はもう良い。 このまま父上達に迷惑を掛けるくらいなら、素直に死んだ方が国の為だ。 私の所為で国家運営に支障をきたすのであれば、それは阻止せねばならない」


 齢十歳にしてハヌマーンは既に自身の生を諦めていた。

 このまま生きていても家族の為にならない。自身が中心に荒れるのならば、その核である自分が居なくなれば全てが解決するだろう。

 父親も王妃も兄弟も悲しむに違いないが、直ぐにこれが最善だったと理解してくれる。そう信じ切った瞳に――嘗ての誰かが重なった。

 気分が悪い。まるで別の可能性の自分を今目の前で見せられているみたいで、酷く腹立たしくなる。

 諦めるなと殴り飛ばしたい衝動に駆られるが、それを無理矢理腹の底に収めた。

 彼等は俺の事情を何も知らない。それに認められていないとはいえ、王族は王族。このまま手を出せば不敬以外のなにものでもなく、だから俺は息を吐き出した。


「――真相は理解しました。 それで、私に何をしろと?」


「あら、もう解っている筈よ。 今彼が死ねば、この学舎への支援も打ち切られるでしょう。 それだけに留まらず、ワシリス様や王子達も殺害の証拠を求めて奔走する。 これは確定された未来よ、絶対に覆らない。 平民達がこれからも知識を学ぶには、ハヌマーン様は絶対に生きていなければならない」


 それは感情に基づく言葉ではない。

 ナノもまた貴族として、ハヌマーンを利用する為に生かす事を決めた。下手な感情を挟まないその姿勢は冷たく、本人も決して良い感情を抱かないだろう。

 下手な言葉はハヌマーンを救えない。例え幾百幾千の慰めの言葉を告げたとて、彼は自身に納得することは出来ないだろう。

 嘗ての誰かに重なるからこそ、それが解る。解ってしまう。

 そして、だからこそ理解者が必要だ。俺には師だけで良かったが、王族の理解者は一人だけでは決して足りない。

 王様が必要だ。王妃が必要だ。王子達が必要で、唯一の護衛たる女教師も必要だ。

 ナノも必要で、そこで学ぶ子供達も必要だ。

 苦しみを知っているからこそ、その意を汲める人間が傍で守ってやらねば前には進めないだろう。


「ナノ殿、父は冷血漢ではない。 例え私が居なくなっても、ナノ殿の恩義に報いる為にも学舎の運営資金は用意してくれる。 そこまで気にする必要は――」


「生きてください」


 遮る言葉は、自分でも珍しいことだった。

 目を見開いて、まだ幼い少年が俺を見やる。そこに希望の灯は見えず、あるのは暗い絶望のみ。

 諦めた。諦めたとも。もう俺の事なんか放っておいてくれ。

 昔日の想いが過ぎていく。嘗ては渦巻いていた暗黒は今もこの胸にあって、だからこそ目の前の少年には生きる権利が誰よりもあった。

 

「……生きてください、誰よりも。 王様よりも、王妃様よりも、王子様達よりも、誰よりも胸を張って青空の下を歩んでください」


「しかし、私と貴方は今日会ったばかり。 こんな王族の問題に貴族でもない人物が態々首を挟む必要など無いであろう」


 貴族でも何でも無い。

 その言葉は、成程確かにその通り。今の俺は貴族でも何でも無く、只の冒険者だ。

 貴族としての責務を放棄した人間は平民も同然であり、彼の指摘は甚だ正しい。


「確かに、そうでしょう。 私は所詮は只の冒険者で、権力がある訳ではありません。 ……ですが、此度の依頼はもう受ける事を決めました」


 依頼内容の追加。

 ハヌマーン・エーレンベルク第四王子の護衛。並びに、彼の貴族社会への登壇を目指す。

 ナノの求める依頼内容を口にすれば、ハヌマーンは驚愕に顔を染めていた。主犯格の彼女は極悪人のように表情を歪め、下手な悪徳貴族にも引けを取らない。

 その表情に女教師は若干引いていたものの、否を告げることはなかった。

 女性陣は皆が求めているのだろう。ハヌマーンという人間が表舞台に上がり、一人の男として活躍する様を。

 ならば俺は武力でもってそれを手伝う。――――それはきっと、昔も今も目指していた騎士だと思うから。

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