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第二部:雷剣の所有者

 遺産(アーティファクト)

 その形は様々であり、過去の遺物として発掘される形で出現する超常の物体達。発見される代物は過去の文献曰く殆どが破損状態で使えない物ばかりであり、使えるとしても仕組みが一切解らので量産は出来ない。

 中でも直接他者に傷を負わせられる武器系の遺産は何処の国でも求めている代物だ。

 光を放ち大地を両断する物、過去の偉人の剣術を記憶として刻み込める物、如何なる防具も無視して直接対象に傷を付けられる物、例え掠り傷でも命中すれば即死する物。

 一つあるだけで他者に絶大な影響を与える武器達は厳重な管理がされるもので、今此処でそれが表に出てくるなどということは本来有り得ない。

 雷光の剣。

 雷を発生させる剣は規模次第だが、間違いなく戦況を引っ繰り返せる強大な武器だ。

 

 それが俺に向かって牙を剥くなど冗談では済まされない。

 光輝く雷を纏った男は自信に満ちた顔で、その剣を中空に向かって振るう。

 距離はかなり離れているものの、雷である時点で距離など一切関係無い。此方に向かう一筋の紫電がいきなり目前に現れ、回避も間に合わずに腕で防御。

 触れた途端に全身に雷が回り、神経を焼け切るような激痛が襲い掛かる。肉の焼ける臭いを鼻で感じ取り、舌打ちをしながらもその場から移動する。

 その姿を男は敗走と認識したのか、盛大に高笑いをしながら俺が通り過ぎる場所に雷を振るった。

 一撃一撃の威力は決して高くはない。迸るだけで草は炭と化し、偶然居合わせた草食動物達は絶命するものの、俺は絶命することが無かった。


「おいおいおい、どうしたどうしたァ!? 逃げるだけしか出来ねぇのかよ!」


 全速力で戦域を駆け回り、可能な限りの時間稼ぎに終始する。

 男の露骨な挑発に心が動くことはない。それよりも考えるべきは、あの山賊の本当の所属(・・)だ。

 王子襲撃を企てる時点で相手が山賊の恰好をしているだけの人間達であるのは明白だった。

 予想されていたのは貴族の私兵。それも国が厳重に管理していた遺産を使わせる程だとすると、彼が所属している貴族の階級は尋常の域ではないのだろう。

 侯爵か公爵。それほどでなければ遺産を外に持ち出すのは不可能であり、故に想定していなかった事柄に胸の一部が動揺しているのが解る。

 ただの暗殺者、ただの山賊。それであればどれほどに良かったことだろうか。

 正直な話、質に関しては俺の方が上だ。それは誰が見ても瞭然で、目前の山賊だってそれは認識しているだろう。


 背後の木に飛び移り、幹を蹴ってうなじを狙う。

 最速で何もさせずに攻め落とす。そのつもりで剣を振るい――されどその攻撃は虚空を通り過ぎるだけ。

 気配は俺の真後ろ。剣が通り過ぎた場所の地面には雷の一部が残り、それが高速移動の理由なのだと教えてくれている。

 殺意を溢れさせた一撃を振り返って剣で受け止めるも、共に距離は無いも同然。

 必然、雷光が走れば命中する道理は整っている。全力で後方に下がるのではなく、真横に動くことで奇跡的に雷光を回避する事に成功した。


「どうだい、この剣の威力は。 これがあれば誰だろうが最強だ。 そして、選ばれた俺こそが最強だ!」


「最強、ねぇ……」


 男の獣染みた言葉に思わず呟いてしまう。

 最強。成程確かに、あの雷光は脅威極まりない。単純な威力もさることながら、厄介なのはその雷光が持ち主を害する事は無いという事実である。

 それが無ければ高速移動なんて出来ないだろうし、彼も進んでやろうとはしなかっただろう。

 担い手を害さず、殺すべき相手だけを害す。正しく武器としての在り方そのものであり、担い手の評価を簡単に上げさせる遺産の存在は容易に人を歪める。

 今目の前に居る男もそうだ。本当は自分の限界を知っている筈なのに、遺産の担い手になったことで上限がまだあるのだと思い込んでいる。

 武器は凶悪。だが担い手は正当な人間ではない。――だから、恐らく雷の剣の真価はきっとまだある。

 それを引き出し切ってこそ、真に担い手となるのだろう。別に器物に意思がある訳ではないが、担い手によって武器の性能なんて如何様にも変わる。

 

「だからさっさと死ね! 直ぐに死ね! 俺は仕事を済ませたいんだよォ!!」


 雷剣を振るう。

 技術も何も無い只の動作に合わせ、一筋の光が矢を超える速度で迫る。

 防具は何の意味も無い。雷が再度直撃すれば今度こそ死にかねず、煙の上がる身体を横にひたすら動かし続けた。

 焼けた肌と防具が擦り合い、それが更なる激痛を呼ぶ。あまりの痛みに眉を顰めるが、五年前に比べれば遥かに生温い。腕の喪失を覚悟した攻撃に比べ、彼の放つ雷撃は遥かに程度が低いのだ。

 本当の雷はそんなものではない。一度命中するだけでも命を摘み取る、間違いなく絶命必至の死神の鎌の筈だ。

 威力が名前負けしている。加え、彼の攻撃は直線に過ぎた。

 剣を振るう位置さえ解れば、そこから横に動けば簡単に回避は出来る。雷の剣がここまで単純な訳が無いだろうし、きっと彼自身の実力が足りていないのだ。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 一言一言に怒りと恨みを込めて、まるで操り人形の如く同じ技を連発する。

 剣の間合いの外である限り、此方は必殺の剣を相手に届かせる事は出来ない。――ならば、間合いを詰めてしまえばそれで良い。

 煙玉を取り出して地面に叩きつける。全ての煙玉を用いて行うのは、目視不可能の煙の世界。

 相手は此方を視認して雷撃を叩き込んでいる。決して、ノインやネルがやっていたような気配察知による行動予測などはしてはいないのだ。

 だから目を潰して、最初の地点から動くだけであっさりと彼は俺を見失う。

 何処だという絶叫を聞きながら俺は狭い気配察知を全力で使い、囮代わりのナイフを投げ付けた。

 毒濡れのナイフは先程弓矢を持っていた男達に使った物と一緒だ。僅かでも命中すれば御の字と考えていたが、耳が雷撃を捉えた。

 

 反応速度そのものは悪くない。

 ナイフの接近に気付いて雷を放つくらいの時間をあの男は用意出来る。それならばと近くに落ちていた男達の弓と矢筒を拾い上げて、走りながら撃つ。

 命中するかどうかなんてどうでも良い。これも所詮は囮であり、彼の周りを回るように全部撃ち込むだけだ。

 速力ならば負ける道理は無い。狙いを付ける必要が無い以上、早撃ちなんて簡単なものだ。

 そのまま最後の矢を放ち、その矢と同じ速度で別角度から相手に迫る。――見えた背中は、丁度矢を雷撃で潰したところだった。


「獲った」


 自身の出来る中でも最速。

 体勢も剣を振り切った後だ。此方に対応するよりも前に先手で動くのは不可能であり、雷速を行うのは本人の意思次第。突然の強襲は予想して然るべきだが、全てに対応する程の力は無かった。

 彼は目を見開いている。驚愕を露にしていて、口は震えるだけ。直ぐに何事かを発しようとしたが、一瞬でも出来上がった隙間は致命的だ。

 攻撃箇所は雷剣を持つ右腕。下から掬い上げるように剣を振り上げ、そのまま筋肉と骨を断ち切った。

 空中に舞った腕と剣を唖然と見る男の姿は、あまりに滑稽そのもの。

 実力を過信し、剣に頼り過ぎた男の末路だ。既に生きているだけでも恥だが、だからといって殺す事は出来ない。

 唖然としている男の頭を剣の柄頭で殴り付けて気絶させる。

 止血用の布を残った右腕に巻き、感染症を可能な限り防ぐ為に傷口も布で覆う。

  

 雷剣を回収しつつ、男の身体を引き摺って森の外へと歩き出した。身体に走る痛みを誤魔化す為に下位の回復薬を複数本飲み、更に気付け用の木の実を噛んで意識を保つ。

 勝つには勝ったが、無事ではない。暫くは静養が必要であり、しかしこれだけの被害で勝てたのは奇跡的だろう。

 相手の実力が相応に高ければ、今頃は半身が焼け焦げていても不思議ではなかった。

 件の雷剣は如何な人物であろうとも一定の水準まで力を引き上げてくれる。正に魔の剣と言い換えても不思議ではなく、故に早々にこの剣は処理してしまいたかった。

 

「――おい! 大丈夫か!?」


 引き摺りながら進む俺の耳に聞き慣れた男の声。

 顔を上げて前方を見れば、同じ依頼を受けていたタンデルが血に濡れた状態で近くに居た。

 此方に心配気な眼差しを向ける様子に安堵を覚えつつ、ついに片膝を地面に付く。

 

「お前さんの煙筒が見えた(・・・)から護衛してた子供達を帰したが、何があった?」


「襲撃です。 どうやら何者かを狙った暗殺のようで、此方に山賊と暗殺者が来ました」


 核心部分を隠しながら(・・・・・)タンデルに状況を説明していく。

 その一つ一つに彼は驚いていたが、全ての説明が終わった後に一先ずは捕縛した男を連れて行こうとタンデルは山賊の首領を背負って歩く。

 俺は雷剣を持ち、痛む身体に鞭を打ちながら進んだ。

 先程の戦闘の後だからか、静かな森が余計に静かに感じる。最早俺とタンデル以外には誰も居ないようにも感じて、だからこそ違和感をそのまま口にはしなかった。

 タンデルは此方を心配している。いや、正確には俺の持っている雷剣をだ。

 俺は誰が狙われたのかを話していない。だから王子があの子供達の中に居ることを知らないと思われたままだ。

 タンデルの先程からの行動はおかしい。

 血に濡れた理由は解る。他の山賊達を殺していたと言われれば納得が出来るし、子供達を帰したというのも事実だろう。

 

 だが、どうして彼は雷剣を大切な物のように見るのか。

 俺はただ戦利品として持っているだけかもしれないのに、何故心配するのか。

 そして、何故煙筒を上げたにも関わらずに他の冒険者は姿を見せない。普通は疑問に思ってタンデルと同様の行動を起こす筈だ。どれだけ情けなくても、情報を得る為に誰かは見に来る。

 不可解な状況が此処に生まれているのだ。先程までの雷についても質問が来ないのは怪しく、故にタンデルの行動はほぼ黒と内心で断定する。

 今はまだ俺と彼の関係は仲間同士。冒険者として助けられ、このまま学舎に向かうだろう。

 ――――そういえば、暗殺者は深緑のマントで姿を隠していたな。

 ついに最後の欠片が嵌まった。 

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