第二部:王族襲撃
山賊そのままを形とした敵の数は、森の中に居る所為で正確には解らない。
だが、俺の狭い探知の中に暗殺者は一人だけ。先程の位置から姿を消し、また何処かの枝の上で様子を見ているだろう暗殺者は他とは毛色が違っている。
山賊が雇った人間だと思うのは間違いだろう。けれども、山賊と暗殺者は間違いなく仲間だ。
頭と思われる男が発した言葉。ハヌマーン第四王子という単語は、この国で生活している者であれば決して無視出来るものではない。
それは何らかの逸話がある訳ではなく、そもそも第四王子という存在は誰も知らない筈だ。
そして、誰も知らないからこそ無視出来ない。俺はそれを知り、少年の態度を何処か貴族のように感じてしまったのだから。
冷静だったのはこの事態が起きるのを覚っていた為。妙に鍛錬を積んだ女教師が居るのは、第四王子を護る為。ナノが意味深な笑みを浮かべていたのは、その依頼を王族に頼まれた為。
全てが全て憶測に過ぎないが、限りなく真実に近いと確信もしている。誰にも何も告げなかったのは、やはり第四王子という見知らぬ王族が居るからこそか。
護衛として派遣された女教師は即座に胸元に手を伸ばす。丁度胸当ての裏からナイフを取り出し、教師とは思えぬ淀みない前傾姿勢で山賊と向かい合った。
ランク五。その依頼の真の意味を俺は覚り、そっと悪態を吐く。
出来るならば今直ぐ離脱をしたいものの、完全に包囲されてしまった以上は戦闘は避けられない。――――それに、今目の前には恐慌に震える子供達の姿があった。
あれほどまでに敵意の炎を燃やしていたというのに、突然の強襲によって完全に炎は鎮火している。
今あるのは生への渇望と、相手に対する恐怖のみ。己はどうなるのかと震える子供達を俺が無視出来る筈も無い。
全力で戦うには最悪の環境だ。守りながらの戦闘は難しく、相手の力量が判然としていない状況では無茶な突撃を決行する事は出来ない。
先ずは包囲網の突破。子供達が安全な場所にまで下がるのを確認し、排除及び捕縛を行う。
胸に仕舞っていた煙筒を取り出し空に向け、先端の紐を引っ張る。勢いよく飛び出した小型の煙玉は盛大な爆発音と共に破裂し、空を赤色に染め上げた。
緊急の意味を持つこの煙筒を前に、山賊達の表情に焦りの色が混ざる。
「これで周辺に居る冒険者達も来ます! もしかすれば街からも来てくれるかもしれません!!」
「――させると思うかぁ!?」
号令一喝。
叫びと共に包囲していた山賊達は子供達へと殺到し、刃毀れの目立たない剣を振り回して虐殺の限りを尽くそうとしていた。
良心の呵責などそこには無い。あるのはただただ、殺人に対する喜悦のみ。殺して奪う事を信条とする山賊にとって、殺人行為はとてつもない快楽を脳に送り込む。
血走る眼は既に常人の域に収まっていない。完全な狂人としての在り方に、だからこそ一種の圧を感じざるを得なかった。
――だがまだ甘い。狂人と定めるには甚だ深度が浅過ぎる。
強くなりたい。その想いがこんな殺人を楽しむ連中と同列に語られるなど、到底許容出来る訳が無い。
力が巡る。憤怒が心を沸き立てる。煮え滾る溶岩の如き怒りは決して表情になど出ては来ず、一歩を踏み出したと同時に加速を開始した。
「此方が道を開く。 そちらは保護を第一とせよ、一切の反論は許さん」
剣を抜いて斬る。狙いは頭部ただ一つだけ。
相手に知覚される前に背後を取り、円を描くように走りながら首を跳ねる。相手は何も出来ないまま血を噴き出す肉塊と成り果て、走り出した勢いのまま倒れた。
動揺の声が耳に届く。しかしその前に動揺を表に出した相手の懐に潜り込み、下から上に向かって腕を振るって首を飛ばす。
首は回転しながら森の中へと入っていき、やがて肉食動物達の餌になるだろう。
数舜の出来事程度だったが、反応出来なかった時点で実力そのものは低い。
甘く評価してランク三。それが周りの実力ならば、誰一人として俺に勝てる道理は無い。
しかし、今必要なのは子供達が脱出可能な程の穴を開くこと。円を描くように動いてはいるが、実際は街を優先しているので首領格には近付かないようにしている。
「全員通れ! 街に向かって一直線に進め!!」
粗方殺し尽くし、山賊と子供達の間に立って叫ぶ。
その頃には子供達の顔色も蒼白になっていたが、生を渇望する身体は無意識にでも身体を動かした。
子供が出せる全力の足で一斉に走り、その中にはハヌマーン第四王子も居る。紛れて逃げる方法は露見している状態では意味が無いが、子供達が喚き声をあげながら薄暗闇の中を走れば途端に視認は難しくなってくる。
ましてや既に何人も殺されている状態だ。目も少なった状況で冷静に少年だけを追うのは難しい。
山賊もそれは理解しているようで、此方に向かって忌々しい表情を隠さずぶつけてくる。暗殺者の所在は今も不明なままだが、少年の為に派遣された女教師であれば暗殺者の一人くらいは防いでくれるだろうと信じて無視した。
「おめぇ、解ってんのか。 今逃した奴を殺したがっている奴が居るってのを」
「解ってるとも。 王子を狙うとなると、首謀者は王宮内の誰か。 それも秘匿されている王族を知っているとなれば、かなり的は絞られる」
「ああ。 だが同時に、お前さんの事も伝わるだろうぜ。 馬鹿な奴が現れたってな」
山賊の首領に怯えは無い。
あの速度を見ながらも負ける道理は無いと、心の底から信じている。――実に認め難い。
俺を殺すか、或いは動けない程度に怪我だけ負わせて彼等は子供達を追うつもりだ。なるべく目撃者を減らす為に森の中で事を済ませたい彼等にとって、現在の状況は焦って然るべきである。
ならば、俺は彼等のその意思を砕くのみ。
侮るのは結構。自信満々になるのも良し。手加減をすることだって頷こう。
だからその首を置いていけ。俺の進化の贄となれ。
黒い髭を生やし放題にした首領の傍には弓を構えた男達の姿。火は灯されておらず、この森を燃やすのは彼等にとっても本意ではないのが伺える。
「はっはっはっは、間抜けな小僧め。 英雄気取りも程々にしときな!」
引き絞られた弓から矢が放たれる。
数は十を超え、二十にまで迫っているかもしれない。全てが全て俺に向かって一直線に進み、矢には彼等の殺意が濃厚に乗せられている。
当たれば俺の肌を貫くのは確実。地面を片足で蹴り、一本の巨木に向かって飛び跳ねる。
跳ねながら首領を見れば、彼だけは俺の事を目で追っていた。間違いなく他とは練度が異なっていると見て、警戒度を余計に高める。
巨木に着地はせず、更に蹴って今度は自身を矢のようにして彼等に迫った。
引き抜いた剣を前に突き出して弓を持っていた男の側頭部貫き、隣の賊に向かって横凪ぎの一撃を見舞う。
筋力に任せた剣は容易く胴体を半ばまで切断し、無理矢理引き抜きながら片手を胸元のナイフに伸ばして三本投げる。
その全てが男達の適当な部位に命中するが、致命傷を与える気は無かったので十分だ。
即効性のある毒は容易く心臓にまで届き、絶命へと導く。
刺さった三人の命は最早無い。突如苦しみ出した賊を放置し、背後から迫る殺意の剣を振り返りながら避けた。
殺意の正体は首領の剣だ。他とは異なり、稲妻形の剣は不自然なまでに汚れが付いていない。
新品同然。まるで一度も振るった事が無いかのようなその姿に、不自然さを覚えるのは当然だろう。
だが、首領はその顔をこそを待っていたように口元を笑みに変えた。
「お前さんがどれだけ速くても関係ねぇ。 俺のこの剣があれば、誰だろうが絶対に勝てる。 ――唸れ、雷光!」
言葉と共に、首領の持つ剣からは複数の稲光が流れ始めた。
その姿に目を見開く。まさかと口からは思わず言葉が漏れ、その可能性に歯軋りをせずにはいられない。
武器型の遺産。
実家で見たのを最後にこれまで一度も見てこなかった存在が、今現れてしまった。