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第二部:冒険者は親し気に

 明後日での予定を聞き、俺は学舎を後にする。

 ナノからは引き留められたものの、個人的な話をするつもりはない。準備がありますのでとだけ告げ、足は多数の店が建ち並ぶ大通りに進んだ。

 彼女からの依頼は依頼書通りに生徒十人と育者一人の護衛だった。

 参加するのは冒険者として相応の適正を見出された生徒十人と、保護者として付いて行くことになる育者一人。集合場所は学舎であり、向かう先は俺とナノが出会った森だ。

 初心者向けではないものの、森の脅威は決して高くはない。冒険者の護衛付きであれば一般人も中に入る事は可能であり、奥に入り込み過ぎなければ問題らしい問題は起き得ない。

 だが、何が起こるかは解らないのも事実。故に準備に余念は無く、食料も時間稼ぎ用の道具も何時もより多めに買っていく。

 

 俺は今回、十人を連れて行く。

 だが、生徒の総数は予定だと百人。十人のずつに分割した状態で森に入る事になり、三桁に及ぶ人間が森に入った場合の変化については予想も出来ていない。

 森を刺激するつもりはないものの、百人が一斉に入れば森に住む外獣が騒ぎ出す確率は極めて高い。

 戦闘は起きるだろうし、生徒達の体験の中にも戦闘は含まれている。生死のやり取りを経験させる事は適性をより顕著に認識する事が出来るだろうし、これで怖がって逃げるようであれば適性無しとして元の勉学に戻す事も出来るとのこと。

 残酷だが、夢は時に人を殺す。

 家族の幸せを含め、可能な限り配慮するのは教育者の責務である。その行為に対して思う事は何も無い。

 

 ただ、彼女も苦労しているのだなと同情するくらいだ。

 買うべき物を全て購入していれば、自然と時間も過ぎていく。お昼に行った筈なのに空は橙に染まり始め、もう間もなく夕闇に閉ざされるだろう。

 夕飯はどうしようかと、少し考える。

 昔の宿屋で泊まることは既に無くなった。バウアーからの提案でこれからの冒険者生活を支える拠点は厳しく決めるべきだと言われ、この港街にある中堅所の宿屋を調べ続けた結果として一つの宿屋に年単位で宿泊するようになった。

 壁は厚くなり、冒険者用の保管箱も用意され、ベッドの質も向上したお蔭で疲労も取れている。

 食事は以前の場所と同じバイキング形式だ。ただし、その質は正直に言って比べものにならない。

 香辛料を使われた肉や魚は冒険者にとっても人気だ。俺が宿泊している場所にも無数の冒険者が泊まり、大量の食事が日々消化されている。


「――あ」


 そんな時、耳がよく知る声を拾った。

 思わず俺も彼女と同様の声を漏らし、反対方向から来ていた人物と顔を見合わせる。

 別れた時からそれなりに時間は過ぎた。だから彼女――ナノが此処で買い物をしていても不思議ではない。

 相手の言葉を半ば無視するような形で学舎を離れた手前、此処で喋るのは気不味いものがある。

 ここは大人しく無視を決め込むつもりで彼女の横を通り過ぎようとしたが、そうなる前に俺の袖をナノに掴まれた。

 

「……何でしょう」


「ちょっと付き合いなさいよ。 別に取って食うつもりは無いんだから」


 昔の頃と同じ言葉に頬が緩む。

 彼女は俺の表情を見る事は無い。だからその表情は不安気で、このまま無視されるかもしれないと考えているのは表情から見て取れた。

 確かに、このまま否を突き付ける事は出来る。だが一応、彼女は依頼主の頂点だ。

 無視を決め込んで此方が不利にならないとも限らない。彼女に限って陰湿な真似をするとも考え難いが、五年もあれば人間の性格なんて簡単に変わってしまう。


「……何処かお店に入りましょう。 話をするにしても此処では誰が聞いているか解りませんから」


「!、そうね。 じゃあ適当な飲食店に入りましょう」


 そのまま彼女が先導して歩き、俺達は一件の然程人気ではない飲食店に入った。

 内部に人は少なく、和気藹々と騒ぐ音は聞こえない。夕飯に近い時刻でありながらも飲食店に騒がしさが存在しない点は、あまり良いと考えることは出来ないだろう。

 だが、彼女にとっては違うようだ。知り合いなのか店主と一言二言話し、そのまま一番奥の席へと案内された。

 最も奥の部屋は個室となっている。他に幾つかの部屋も見受けられるものの、全ての扉が閉め切られている状態では何を話しているのかは定かではない。

 成程、と思う。この店は飲食店としての側面を持ちつつも、裏では密会がし易い環境を整えている。

 悪人だろうが善人だろうが、この状況を事前に用意出来るのは有難いことだ。新しく密会出来る場所を整えるのは存外難しく、音の漏れない部屋は単純に宿泊用としても最適だろう。

 

 給仕が開けた先は大きな正方形のテーブルに、一対の椅子のみ。

 装飾の類は見当たらず、唯一飲食店だと思えるのはメニュー表だけだ。どうやって伝えるのかと思うものの、そもそも話をするだけの俺達に関係は無い。

 席に座り、給仕が水を置いておく。目線を合わせずに一礼のみで退室し、音の無い空間が残るだけだった。

 水を飲みつつ向かいの彼女に目を向ける。

 この五年の中で彼女もまた成長し、大人と呼んでも差し障りの無い姿になった。

 頬杖をついて流し目を送る彼女の姿に色も感じ、そういえば自分も色を知ってもおかしくない年齢になったのだなと一人内心で呟いた。


「五年振りね。 元気だった?」


「ええ。 貴方も御元気そうで」


 始まりは他愛も無いものだ。探り探りに入れた言葉には気不味さが混じり、そのぎこちなさに笑ってしまいそうになる。

 遠慮をする必要なんて無いのに。

 俺がそう考えても、彼女はきっとしてしまうのだろう。だから、指摘の声を上げる事は無かった。


「冒険者としての生活はどう? ……私を突き放した原因について、解決はした?」


「……存じていましたか」


「知ったのは最近よ。 貴方が素直に教えてくれなかったから、最近までは貴方の事を心底嫌っていたもの」


「それについてはどうかご容赦ください。 私もあの頃は必死だったもので」


 落伍者について、この五年の中で受けた被害は結局の所微々たるものだった。

 罠を仕掛けられた事はあったものの、それは落とし穴や落石といった子供染みた物ばかり。勿論それだって使い方次第で凶悪にはなるが、個別でただそれだけを置かれているだけでは罠としてあまりに稚拙だ。

 それに落伍者達が絡んでくる事も無かった。これに関してはナナエとバウアーが近くに居る事が多かったからだろう。そうでなければもっと絡まれていたのは想像に難くない。

 唯一の絡みと言えば、机に置かれた木片に書かれた脅迫文か。このまま活動を継続するようであれば命に関わる怪我を負うぞと脅されたものの、死の気配は街の中では微塵も感じられなかった。

 代わりに俺は発見した道を突き進む事に必死になり、外獣と戦う経験が爆発的に増加している。

 可能な限りの激戦を。その中でこそ感情は剥き出しとなり、乗り越えた果てに実力は明確な形でもって上がる。

 厳しい環境の中で、凶悪な外獣達の中で、極悪人達の中で、我武者羅に任務達成だけを求めた生活は何時死んでも不思議ではなかっただろう。


「解ってるわよ。 だから、何処かで貴方に会えればと思っていたの。 会って、一度謝りたかった」


「謝罪は必要有りません。 客観的に見ても何も言わずにいた私の方が悪い」


「個人の感情を無視するのはよろしくないわ。 例え客観的に貴方が悪いとしても、私もじゃあそれで構わないと思いたくないの。 ――だから、ごめんなさい」


 対面に座っているナノが頭を下げる。

 五年の中で頭を下げる経験は無数にあったのか、その動作は酷く自然だ。そして、そんな仕草一つを取っても綺麗な印象を抱いてしまう。

 一瞬、言葉に詰まった。何を言って彼女の頭を上げさせるべきかと思考は加速し、最終的に言葉は浮かばずに溜息を吐き出すだけとなる。

 彼女は真っ直ぐで、そして素直だ。こんな彼女だからこそあの学舎は建てる事が出来たのだろう。

 どれほどの資質を彼女が秘めているかは俺には解らない。それを測るだけの能力を俺は持っていないし、仮に持っていたとしても彼女の資質を調べるような真似はしたくない。

 だが、先頭に立って道を示す指導者としての資質を彼女は持っている。これだけは確かで、だからこそ一度聞いておかねばならなかった。


「……一つ、聞きたいことがあります。 あの復讐はまだやろうと?」


「――当たり前じゃない」


 先頭に立つ人間が抱える闇。それがまだ健在かどうかを問い、彼女は間髪入れずに肯定を示す。

 必然的に低くなった声は恨みに満ち、五年前よりも密度は増した印象を覚えた。

 

「教育者として活動しながらあいつらの情報は集め続けたわ。 自分の足で、冒険者を雇ってね。 私を死ぬ寸前まで追い込んだのも許せないし、何よりもあいつらが野に放った化け物の所為で私の生徒が死ぬ可能性がある。 それが一番許せない」


 五年前とは違う、新しい理由。それは正に教育者の鑑だった。

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