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迫る手

 逃げる最中で目印を付けていた木の下を掘る。

 その中から平民の服を取り出し、その場で着替えて普段着を土の中に隠した。そのまま木の下に置いていた枝で組み上げた三角形を蹴り飛ばして印を無くしておく。

 逃げるまでの時間はまだ先だったが、最低限の準備は既に出来ていた。気にしていたのはタイミングくらいなもので、それも師がやってくれたお蔭で上手く逃げ切る事が出来ている。

 本当に師には世話になってしまった。普通であればそこまで手伝う義理も無いだろうに、師は自分の発言の所為だとして持ち出せないと思っていた武器まで今は背中に携帯している。

 だが、まだまだ安心出来る範囲ではない。屋敷の周辺には侵入者対策の為に用意した罠が無数に広がり、それが何処にあるのかを知っている人間は父親と母親だけだ。

 

 息子である俺は当然であるがまったく知らない。

 だから殆どを五感に頼り、残りの部分を直感に任せるしか方法が無いのである。

 走る事は出来ない。焦る気持ちを抑えつつ、罠師の傾向を掴む為に石を投げ付ける。棒を突いて罠を確認するように投げ込んだ石は地面に着いた瞬間に周りの土ごと落下した。

 落とし穴だ。そこまでを一直線状に飛び、落とし穴の端で着地。石を投げ込む前に道の途中に細い線があるかを入念に確認し、再度石を複数個投げた。

 この繰り返しだ。走らない分体力の消耗は抑えられているが、距離を稼げないので焦燥感は募り続ける。

 今頃は兄妹の誰かが俺が居ない事に気付いているかもしれない。


 そうなれば、兄妹の誰かが探しに来る可能性は十分に有り得る。

 此処を突破出来ずに遭遇してしまったら最後だ。連れ戻され、速攻で殺されるのは目に見えていた。

 その前に兄妹や師が庇ってくれるだろうが、そんな惨めな末路は辿りたくない。何とか焦りを覚えながらも罠に引っ掛からないように注意を払い――――無事に抜けたと思った瞬間に甲高い笛の音が足元から聞こえた。

 近くには細い線など無い。石を何個も投げてそこに罠が無いのも解っていた。

 それでも、俺の足元から音が出ている。その理由を一瞬を考え、直ぐにそれに行き着いた。

 

遺産(アーティファクト)かッ……!」

 

 人間では起こせない奇跡を起こすアイテム群。

 それがアーティファクトであり、その存在は非常に貴重である。古代の遺跡からアーティファクトは発掘され、ほぼ全てが一点物だ。

 その価値には上下があるものの、安い物でも小さな屋敷程度であれば簡単に買えてしまう。

 それを使った罠だと考えれば、この不自然さも解るというもの。こんな貴重品を使っているだなんて、どれだけ考えても予想なんて出来る筈も無いだろう。

 音は非常に大きい。こうして驚いている間も誰かが向かってくるのは明白だ。

 幸いと言うべきか、この罠を超えた先はナルセ邸の土地ではない。故に容易に罠を置けず、正門から侵入した訳では無いので全力で逃げる事は可能だ。

 

 しかし、相手は俺の抜けた罠を超えて最短で迫るだろう。

 何処かで追い付かれるのは確実だ。ならば一度隠れ、追手を撒く事にしよう。

 持てる全力で走り、広大な土地を進む。ナルセ領は広大な畑が広がる田舎であり、大都市のような存在は一切無い。

 それ故に常に自然動物と遭遇する機会があり、領地の人間も非常に穏やかだ。

 大都市特有の喧騒が無いこの領地を俺は気に入っている。以前武器を買う為に近くの都市に来た事があるのだが、人の多さに眩暈を覚えてしまった。

 なるべくなら人の居ない場所に居たい。頭に叩き込んだ地図を思い浮かべ、一先ずは東に向かおうと走り出した。


 夜も深い時刻であれば人はまったく居ない。

 故に発見される事は皆無であり、その辺の心配もまったくしていない。もしも見られたとしても服装が服装だ。日夜鍛錬をしていた俺の姿を領民はまったく見た事が無いだろうし、俺の無茶苦茶な鍛え方は別の方向で役に立っているみたいだ。

 そう思っていると、早速耳は誰かの走る音を捉えた。

 暗闇の中で頼れるのは音だけ。ランプを使っていても遠くまでは見渡せず、追い付かれるのは目に見えているので偶然松明によって見えていた牧場の藁の中に潜り込む。

 直後、此方が予想する以上の速度でもって誰かが到達した。

 俺の足音が途中で途切れた事を不審に感じたのだろう。足音は付近を彷徨い、やがて此方にまで近付いてきていた。

 

「……ザラ兄様、どこですか」


 ――足音の正体はノインか。

 音は一種類。即ち、護衛を付けずに彼女は此処まで走ってきた。声はか細く、泣いているのか鼻をすする音が俺の罪悪感を刺激する。

 間違いなく、家族全員に俺の失踪はバレた。まともな理由も用意せずに抜け出たのだから必然だが、それでも彼女のその行動力には舌を巻かざるを得ない。

 一年。一年間、俺達は離れて鍛錬を積んでいた。俺が成長したように、ノインも成長しているのは当然だ。

 それがどれだけのものであるかは俺には解らない。解らないが、順調に強くなっていく様子に喜ばしさと嫉妬が湧き起こる。

 この分ならばネル兄様もかなり強くなっている筈だ。一年前よりも歯が立たなくなっていると思った方が良い。

 早く居なくなってもらいたいものだが、彼女は執拗だ。

 

 どこと呟きながら歩き回り、少しでも別の物音が聞こえてきたらそちらに近付いてしまう。

 やがてその不穏な様子に牧場の主が姿を見せる。藁と藁の間では主である男性とノインが何事かを話し、酷く落ち込んだ状態で静かに別の場所へと歩いていく様が見えた。

 今ならば誘拐も殺害も容易だろう。護衛を付けて歩き回ってくれと要らぬ心配を覚えつつ、足音が聞こえなくなったのを確認してからゆっくりと藁の山から抜け出した。

 父であれば気配探知で簡単に俺の事を発見しただろう。未だ彼女がその境地に居なかった事に安堵を覚えつつ、ノインが戻って来る前に別の方面へと足を動かした。

 最初に向かう先はこの領地から離れた都市・ダナウだ。


「食料は……まぁ、三日分か」


 それならば届く。三食きっちりで三日分だから、節約をすればその倍は大丈夫だろう。

 都市までは歩いて丁度三日。馬車ならば走らせて一日で到着するくらいであり、一先ず冒険者として登録する場所としては問題は無いだろう。

 そこで一度登録してからは食料の購入を行い、ナルセ家が一度も訪れなかった場所へと方向を定める。

 最大の目標は家を買うことだ。冒険者として活動しつつ、ある程度纏まった資金を用意出来たら購入して安住の地とする。

 それが整うのは何時になるだろうか。少なくとも年単位で計画を立てねばならないだろうし、平民としての生活がどれだけ厳しいものかを俺は知らない。

 

 甘いものだとは思ってはいない。

 自分はまだまだ子供だが、知識としては平民の生活を知っている。後は経験だけだ。

 一度こうして失踪した以上、父も母も容赦はしない。もしも俺を発見すれば殺しに来るだろうし、兄妹が知れば家と絶縁状態になってでも来るだろう。

 そうなれば俺の失踪は水の泡。何の意味も無くなってしまい、兄妹に迷惑を掛けてしまう。

 それでも構わないとあの二人は言うだろうが、そうではないのだ。自分勝手だと言われようとも、俺は俺なりに家族で幸せになってもらいたかった。

 その輪に俺が居なくても、貴族として幸せになってほしい。

 才能はある。見た目も文句無し。家柄も侯爵と高い。縁談も多く来るだろうし、何時か二人にも妻や夫が出来るのは当然だ。


 それを祝福出来ないのだけが心残りだと思いながら、闇夜の世界を走り続けた。

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