第二部:良くも悪くも
人間、生活をしていけば自然と人間関係も変化していく。
良い関係のものが悪くなったり、逆に良くなっていくなど日常茶飯事だ。特に冒険者であれば報酬に関しては揉め易いもので、チームで行動すれば分割の際に騒ぎが起きる。
それがギルドの中であれば本人達が解決してくれと無視を決め込めるが、ギルド内だとそうはいかない。
ギルドの職員には施設の維持も仕事に入る。喧嘩を起こして設備を破壊するようであれば、その時罰則を受けるのは冒険者や職員だ。
しかし、冒険者の実力は一定を超えると極端に高くなる。ランク三を長く続けていれば職員でも歯が立たなくなる程の実力を手にして、時には職員を脅迫する人間も出てくると言う。
そうなった時、職員だけでは止める事は不可能だ。大人しく従うか、死ぬ危険を持ちながらも勇敢に立ち向かうしかない。
この港街でもその手の輩は存在する。
どれだけ注意をしても懲りず、一番酷いのは落伍者の末端だ。刃物を取り出して暴れ、大概は他の冒険者に気絶させられて拘束される事も多い。
それでもまたするのだから職員達の心労は察してあまりある。最近は運営資金に余裕が出来たことから護衛を雇うようになったが、基本的に護衛は立ち仕事。他にやる事が無い以上は暇になる場合が多く、直ぐに止めてしまうものばかりだとか。
だからか、港街のギルド内には今護衛らしい護衛が居ない。
無事に依頼を終えて戻ってきた俺とナナエは討伐の証であるジャイアントの耳を削ぎ落して持ってきているのだが、中に入った途端に怒声が耳に入った。
酒場の方を見れば眉を寄せながら我関せずの姿を見せる中堅冒険者の姿。
よくよく話に耳を傾けてみれば、報酬について文句を言っていることが解る。
またかと溜息を零す俺に、ナナエは困ったように笑うのみだ。この手の人間は此方が少し声を掛ければ簡単に止んでくれる。
港街でも数少ない高位冒険者と成長株として注目を受けている俺。
五年という月日の中で徹底的に戦い続けたお蔭か、あの頃とは比較にならない程に俺の力は増している。
酒場から送られる期待の視線を受けながら、二階にある受付に向かう。
俺達も報告の必要がある。そのついでに止めようと向かい――襤褸の衣服を着込んだ男達を視界に収めた。
「おーおー、やってんねぇ!」
ナナエの声にギルド内は静まり返る。
男達も階段を登ってきた俺達を見て、露骨に怯えを露にしていた。
反対に彼等の対応をしていた職員達の目は輝いている。正反対な反応に思わず苦笑してしまうのは許してもらいたい。
ナナエは何時も介入する時、敢えて明るい顔をする。
無造作に歩み寄り、肩に腕を回して気の良さような女の振りをするのだ。
踊り子風の恰好と合わせ、その様は非常に似合っている。知らない人間が見れば風俗嬢と思われかねないものの、彼女を知らない人間はこの街には居ない。
居るとしたら余所者だけであり、少なくとも襤褸を纏った男達は彼女を知らない訳では無さそうだ。
身体を震わせて言葉を発していない状態は哀れであり、滑稽であり、情けなくもある。
そうなるくらいならば馬鹿な真似をしなければ良いのに、彼等は納得出来ずに短絡的な行動を起こすのだ。
「どうしたの? 報酬に文句があるみたいだけど……」
「あ……いや……」
「んー? ちょっとその報告書見せてくれる?」
職員達もこの騒ぎをさっさと終わらせたいのだろう。
僅かな逡巡も無しに報告書をナナエが見る。俺も気になって遠目で確認してみるが、依頼内容はランク三の兎狩だ。
報酬金は銅貨二十枚。肉食の兎であるラビットイーターは家畜を襲う事で有名であり、放置すれば食料供給に問題が発生する。
しかし、ラビットイーターそのものの討伐難易度は高くない。棍棒さえあれば裸でも勝てる相手だ。
騒ぎを起こすにしては明らかに程度が低い。
「討伐数は二十匹で、報告数だと五十匹? へー、結構頑張ったじゃないの」
「そうだろ!? だから報酬を増やしてもらいてぇんだが、こいつら一向に増やしてくれねぇんだよ!」
「それはギルドに頼まれて?」
「――――それは、その」
問題は単純だ。
ラビットイーターの要求討伐数は二十匹。それを超える数の五十匹を討伐し、恐らくは実際に証拠品も持ってきているのだろう。
多くを倒し、人々に感謝される行いを見せた。だから報酬金を増やしてくれということなのだろうが、ギルド側が頼んだ訳ではないので完全に慈善事業だ。
ランクを上げる一要素にはなるに違いないが、頼まれた訳ではない以上は報酬を増やす事は出来ない。
それを男達も知っていて、だから先程までの威勢を無くしていた。周りに助けの手も無く、職員達も困り顔だったから押し切れると踏んだのだろう。
これでは小悪党の部類だ。ナナエもそれを聞き呆れていた。
もう一人の男の肩にも腕を回し、先程までの笑顔を恐ろしい形相に変える。一瞬の変化は内にあった感情を表に出しただけ。
不良も裸足で逃げ出す鬼の顔に襤褸の男達が叶う道理は一切無い。
「なら帰んな、クソッタレ共。 あんま煩わせんなよ」
怒気どころか殺意すら滲ませて放たれた命令に襤褸の男達は悲鳴をあげながら解放された身体で外に逃げていく。
あれだけ文句を吐いていたので報酬をまだ受け取っていないのではないかと思うが、その辺にまで気を遣う必要は無いか。
それに先ずは、ナナエの怒りを収めなければ。
ナナエはあまり怒り易い女性ではない。本当に怒るべき時に怒る女性であり、決まり事に関しても律儀に守ってくれる存在だ。
それに冒険者の先達として後輩達に助言する事もある。中には模擬戦の付き合いもすることがあり、このギルドの中では一番付き合いが多い女性だ。
その為に、一度でも彼女の敵になった人間はこの街で生活し辛くなる。バウアーと仲が良いというのも敵対の危険性に拍車を掛けているが、悪事を考えなければ一番付き合い易い人間である。
「ナナエさん。 ほら、報告しちゃいましょう?」
「……んー、了解了解。 これ、お願いね?」
「はい! 直ぐに終わらせてきますね!」
ジャイアントの耳をナナエに投げ渡し、それを机に提出して報酬が出てくるのを待つ。
怒っている状態の彼女と話すのは俺としても勘弁願いたいが、彼女が一番話し掛けてくるのはどんな時でも俺だ。
バウアーが居ればそちらに向かうのだが、今の彼は貴族達の注目の的。高位冒険者特有の現象に合っている彼が戻って来るのは先になる。
だから、彼女は俺に甘えてくるのだ。俺なら拒まないと思って。
「ああいうのは本当に勘弁願いたいね。 規約とか読まないのかな?」
「まぁ、誰にだって生活があるんです。 ああいうのは流石に見過ごせませんが、そうしたくなる気持ちは解りますよ」
「五年前を思い出す?」
「……ええ、まぁ」
彼等がああしたのは、生きたかったからだ。
少しでも金を稼ぎ、生きれる時間を多く確保したかった。悪事をするのは余程の極悪人でもない限り、生きていたからだ。
盗みをするのも、脅迫をするのも、殺人をするのも、それが自身の生存に影を差すから行う。
そして、そんな感情を俺は理解出来ない訳ではない。
貴族位でありながらその責任の全てを放棄しての疾走など、貴族社会からすれば恥も同然。ましてやその理由の根本が一回敗北したからなんて、笑いものにされるのが関の山だ。
それでも行ったのが、そうしなければ俺が生きていられなかったから。
あの家に居れば死ぬ。故に逃げ、そして純粋に生きたいと願う人間に同情してしまう。
弱肉強食の世界において、この感情は間違いだ。だが、それが完全に愚かだと自分で決め付ける訳にはいかなかった。
やがて職員は汗を流しながらも報酬金の入った袋をナナエに渡し、その内の五割を俺が貰う。
均等に分けられた資金を手に、次の依頼は何をしようかと掲示板に目を走らせる。
下位冒険者達は既に依頼を受けて外に行った。中堅もそろそろ外に向かう時間であり、此処で酒を飲んでいる中堅達は単純に休みと決めているだけだ。
暫く視線を彷徨わせ、俺の目に一枚の依頼書が入る。
内容は護衛任務。その内容は、教育者の護衛だ。
思い出すのは五年前の時に出会った少女。あれから互いにまったく関わり合いにならない場所で生活を続け、別々の道に行ってしまった。
もしかして、と淡い期待を胸に抱く。
街から出て行ってしまったとも考えていただけに、どうにもその依頼書は気になって仕方がなかった。