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置きの剣

 細く、長い剣がランプの光を反射する。

 細身の身体が舞踏のように舞い、その度にノインの周りには凶刃が煌めいた。

 向かうは自身の兄。ザラへと振るわれる剣に迷いは無く、されど殺意も敵意も込められてはいない。

 あるのは愛。ただただ愛。剣の鋭さと反比例するように彼女の瞳には男に向ける情が浮かび、それを一身に向けられるザラは眉を寄せながらも舞踏の空間に飛び込んでいく。

 共に師事を受けた人間は一緒。基礎の部分は似通っているものの、各々が見せる剣の軌道は明確に違う。

 ノインの剣はしなやかで、美しさすら感じる軌跡だ。反対にザラの剣には目立った特徴が見えず、それでも評価をするとしたら泥臭いという散々なもの。

 努力が互いに同じでも、才能の有無でここまでの差が生まれる。それを突き付けられたザラは、しかし一切折れずに立ち向かっていた。


「貴方は動かないのですか?」


「私が此処で動けば、貴方が動くでしょう?」


 二人の激突を見ている二人は、ただ傍観をしている訳ではない。

 ネルはノインの味方をし、ヴァルツはザラの味方をする。このまま二対二の戦いに発展すれば乱戦は避けられず、それはネルもノインも望んではいなかった。

 ヴァルツは今も飛び出したいと思っている。だがそれをネルが視線で牽制し、飛び出すのを抑えていた。

 ヴァルツの実力ならばネルもノインも打倒出来るだろう。だが、ヴァルツは今回こうなった原因を再度想像して迂闊に前に出られなかった。

 この街に来た時点でヴァルツはザラの存在を確信している。何処かに居るという程度だが、それでも気配を拾えた時点で秘密裏に会おうと思っていたのだ。

 だが、蓋を開けてみれば先に見つけたのはノインである。この時点で彼女の技能が気配察知に傾いているのは明確で、そんな姿をこれまで一度もヴァルツは見たことが無い。


 即ち、ヴァルツが普段見ている以上の実力を二人は持っている可能性がある。

 それを見極められなかったのはヴァルツ自身が兄妹達を甘く見ていたからだ。師匠と弟子という関係はヴァルツにとって初めてのことで、だからこそ何処か甘く見ている節があった。

 本人は厳しくしていると思っていても、休憩に果実水を与えるなんて甘え以外の何と言えるのか。

 忘れるなかれ、ヴァルツはそれ以外にもザラの失踪も手助けしているのだ。逃げるという選択は本来認めてはいけないものであり、それを認めるという事は破門と周囲が認識しても不思議ではない。

 ヴァルツは甘い。だから彼は看破出来ず、そのまま疑問に思わず放置してしまった。

 まだまだ負けるとは思えないが、それでも何が起こるかは不明なまま。対ヴァルツ用としての策を一つや二つ程度持っていると考えても違和感は無い。

 

「兄様、どうですか! 私は強いですか!」


 剣の煌めきは一瞬の減衰も起きない。

 常に一定、常に不変。流水の如く動き、ザラはその動きに合わせるように剣をぶつける。

 彼は数回の剣撃を重ねた事で明確に理解した。明らかに攻撃も防御も回避も誘導され、踊らされていると。

 その証拠に彼が剣を振るおうとした先には待ち構えていたように彼女の剣があって、回避しようとした先に彼女が回り込んでいる事もあった。

 計算された動作。それを理解しつつも、ザラは抜け出せない。

 一度嵌まれば戻れない蟻地獄のように、彼女は悉くザラの攻撃先を予想し尽くしてた。

 誰にでもそのような攻撃が出来る訳ではないだろう。ザラと共に鍛え、剣を見せ合っていたからこそ出来る芸当だ。

 

「見えるよ、兄様。 ――次は右でしょ?」


「――……、ッ」


 空いていた右脇。なるべく意図しないように思わせながら左側に剣を誘導したというのに、ノインは最初から解っていたように持ち手を右から左に変えてザラの剣を受け流す。

 正面からの激突ではノインは負ける。これは男女の差であり、力任せの方法を好かないノインは技術でもって己の戦い方を確立させていた。

 戦場を決め、戦法を調べ、己の軌跡に相手を巻き込む。

 本来であればその三段階を踏まねば今のような状況にはならないのだが、これまでの日々がいきなり三段階目までの移行を許していた。

 彼女の頭には常に次への動作が何通りも浮かんでいる。ザラが取るであろう攻撃手段から形を組み上げ、勝利までの道筋を構築していた。 

 故に最初から彼女は剣を置くだけ。その置いた先にザラは剣を振るっているだけだ。

 まさしく踊らされていると言っても良い。しかも読まれている所為で抜け出す事も出来ない。


「左――次は前。 その次は下かな? それとも上かな?」


 笑う、笑う、笑う。

 嗚呼、楽しい。こんな瞬間を昔日にも体験していた筈なのに、この戦いは異常なまでに滾る。

 相手の動作は全て読み切っていた。このまま戦ってもザラに勝ちの目は拾えず、そのまま剣で斬られて身動きが取れなくなるだろう。

 そのまま家にまで連れて帰って、また何時もの日々だ。

 親達が刺客を送り込むのは解っている。だが、此方も決して弱い訳ではない。

 父親と真正面から戦えるヴァルツという手札もある。母親の力量も並ではないだろうが、二人で全力をもって足止めをするつもりだ。

 先ずはこの勝利を掴む。次の勝利の為にも、確実な勝ちが欲しい。

 しかし、同時にノインの内には期待もある。昔日の頃から離れた期間は、決して短くはない。

 その間に培われた何か。それが今という状況を覆してくれると、そう信じている。

 

「どうしたの? このままじゃ、負けるだけだよ!」


 ノインの剣が外套の右腕部分を切り裂いた。

 露出したものは普段見ていたザラの肌――ではない。露出している腕は爛れ、明らかに醜くなっている。

 その異常にノインは目を見開き、足を止めた。傍観をしている二人もザラの異常に気付き、一体何があったのかと視線で彼に問い掛ける。


「あれ? 兄様、その腕どうしたの?」


「失踪してからちょっとな。 無理を重ねて、外獣との戦いで死に掛けた。 それだけだ」


 ザラの言葉は少ない。だが、それだけでも彼等が察するには十分だ。

 ザラのように身分を明かせないような人間が出来る職は少ない。その中で合法と言えるのは冒険者くらいなもので、その依頼の最中に強大な外獣と接敵してしまったのだろう。

 爛れたということは、相手は物理攻撃が得意な訳ではない。酸の液体を掛けられたと考えれば、ザラが受けた激痛は想像以上に違いないだろう。

 ザラは何でもないように答えてみせた。それはただの強がりで、敵に対して恥部を見せまいとする何時もの彼らしい思考から出た行動だ。

 これまではそれで何とか出来た。相手も空気は読んでいたし、何よりも関係者だったからだ。

 しかし、この場に居る者達は皆事件の詳細を知らない。何より、空気を読むという点では見事なまでにノインという少女は壊れ切っていた。

 大事な兄が死に掛けた。もう二度と会えないかもしれない程の重症を負っていた。

 誰だ、どいつだ――――許せぬものか。


「兄様、その外獣は今どちらに」


「もう死んだ。 ……この戦いにそれは関係無いだろう」


 先程の喜悦を浮かばせていた表情から一転して、彼女の顔は能面のようだ。

 一目で怒りを抱いている。既に相手が死んでいたとしても、彼女には関係が無い。恨んで恨んで恨み続けて、それが人間であれば末代まで彼女は恨み続けているだろう。

 ザラは件の敵の背後に居る人物を知っている。そして、それを口にするつもりは無い。

 言えば暴走するのは解り切っているし、何よりも今は関係が無いのだ。此処で必要な情報は、どちらが倒れて負けを認めるか。

 そして、ザラは今此処で押されている意味を理解していた。

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