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対話の時

 人気も消えた夜。

 皆が寝静まり、今起きている人間は真っ当ではない。

 殺人、強姦、強盗、密会。全てが全て闇夜の中で行われるものではないが、行い易い時刻であるのは言うまでもないだろう。

 現に、何時も鍛錬で使う小さな広場に立つと複数の視線を感じる。

 軽く見渡すだけでも十数人の人間が見え、誰もが飢えた眼差しで俺を睨みつけていた。明るく輝く月が見えなければ今頃は襲われていただろう。

 だが、この瞬間でも襲う機会を窺っている。格好は薄汚く、彼等は単純に金の無い浮浪者なのだ。

 まともに働く環境を用意出来ない以上は奪って金を手に入れる。売れる物は何でも売って、全てを金銭に変えた後に何の努力も行おうとせずに一時の享楽に耽るのだ。

 

 これからの予定を考えれば、そんな連中は居ない方が良い。

 完全な排除を行うべきだが、相手の数が数だ。全員を潰すのは難しいし、何よりも地形の利はあちら。

 簡単に逃げ切られるのが関の山だ。であれば、もっと単純に近付きたくなくなるような行動を取れば良い。

 今日の朝に教えてもらった事を思い出す。

 俺が強くなる為の鍵は感情だ。爆発的なものにこそ力が宿り、これまで以上の前進を行える。

 惰性ではなく、本気の感情でこそ人は変化出来るもの。そんなことは解り切っていたと思っていたのだが、実際に指摘されるまで俺は出来ていなかった。

 心から零すのは僅かばかりの殺意。此方に害意を与えるようであれば容赦をしないという純粋な意思だけを宿し、体外へと放つような感覚を頭の中で描く。


 そうするとどうだろう。感じる視線の数は一気に減っていき、残っている視線にも怯えが含まれている。

 更に零すべき感情の量を増やせば、残りの人間も居なくなるだろう。

 だが、それは過剰だ。この視線の中には既に犯罪を行った人間が居るかもしれないが、居ないかもしれない。そんな相手に向かってこれ以上の殺意はただ理不尽な暴力を振るうだけだ。

 

「――久し振りに感じたな」


 広場の中に新たに声が増える。

 それは視線の誰かではない。月の光を遮る道を進み、広場へと見せた姿はこれまた見知った存在だった。

 ネル・ナルセ。輝く金髪と太陽の如き瞳を持つ自身の兄。

 実戦訓練から帰還しただろうその姿に、一切の疲労は感じさせない。更に強くなったのは明白で、実際の力量が今何処までなのかは俺も不明なままだ。

 そして、更に影から二人の姿も見えてくる。

 笑みを深く刻んだ表情を浮かべるノインに、難しい顔をする師匠。他に執事やメイドの存在は無く、彼等は今頃寝ているだろう。

 

「……三人集合、ですね」


「ああ、お前が求めた光景が此処にある」


 ネル兄様は優し気にノインを見つめる。向けられているノインは目を閉じてこの瞬間を喜んでいるようであり、胸中を駆け巡る感情を爆発させないようにも見えた。

 三人同士でなくなったとはいっても、一年も離れていた訳では無い。だからか、俺の胸の中には感動らしい感動がまるで皆無だ。

 頭は何処までも冷静で、いっそ冷酷なまでに冷えている。

 対照的だ。ネル兄様も喜んでいるのは解っているし、師匠も複雑な思いを抱えつつも喜んでいるのは雰囲気で感じ取れる。

 家族の再会。有り触れた感動話の一つとして数えられる題材だが、それが今此処に展開されていた。

 

「……久し振り、という程でもないですね」


「そうだな。 だが、お前の居ないあの家は何の楽しみもない」


「鍛えるのが趣味のようなものですからね、ネル兄様は。 何か他に趣味を増やそうとはしなかったのですか?」


「……どうにもお前の顔が脳裏にちらついてな。 それに、お前の生活を聞いた身としては鍛える以外の選択肢が思い浮かばなかった。 ここで何もせずに無気力になるのをお前は認めないだろう」


「そう、ですね。 私が消えた原因でもありますから」


 才能の有無。

 その言葉にネル兄様は僅かに顔を俯かせた。――――そういう顔をさせたかったのではないのだが。


「真実を知ったのはお前が消えた後だった。 ……正直に言って後悔したよ、この才能に。 別れる事になるくらいなら、俺も凡百にしてほしかった」


「私もです、ザラ兄様。 別れるくらいなら才能なんて要らなかった。 私達は三人で一つだから」


 彼等は俺の行動について何も咎めない。

 ただ、自身の咎だと思い込んでいる部分を吐き出しているだけ。

 自分に才能があったから、唯一除け者にされた俺が消えた。もしも三人全員の才能が平等で、凡百のものであれば確かに俺は失踪なんて考えなかっただろう。

 だが違う。そうではないのだ。俺は二人にそう思ってほしくなくて、気が付いたら掌を握り締めていた。

 滴り落ちる血の暖かさを感じつつ、その間違いを正さねばならぬと口を開く。

 

「止めてください、二人共。 そうやって自分を卑下するのは」


 劣等感を抱いても、嫉妬を覚えても、それは俺だけの勝手な感情だ。

 二人はその才能を卑下してはならないし、誇りに思いながら歩いてほしい。


「二人が自分の才能を否定する必要はありません。 これは俺が勝手に抱いて、勝手にやったこと。 二人が重く受け止めなくても良いんです」


 そうだとも。これは全て俺がやった事。それを自分達の所為だと認識されるのは筋違いも同然だ。

 師匠も解っているだろう。こうなったのは俺が耐え切れないからだと思ってしまったからで、全部自業自得のものでしかない。

 例え死ぬと定まっていても文句は無かった。兄妹二人の活躍を祈りながら、静かに死ぬくらいの気持ちをまだまだ捨てていないのだから。

 だが、ノインはまるで納得していない顔をしている。首を左右に振り、そんなことなど出来ないと必死に己の責を作り上げていた。

 それが互いにとって良くないことなど解り切っているだろうに。


「ノイン。 お前が自罰しても何の意味も無い。 始めたのが俺である以上、その道の先を決めるのも俺だ。 それをもしも変えるつもりなら――戦うぞ」


「……ッ、ですがザラ兄様! 今回の事態は全て周りの環境が悪過ぎた結果です。 才能云々を除いても、あの親達の理不尽な振舞いがあったからこそ逃走する以外の道を選べなかった。 あの家を、私達を責める理由なんて本当は幾らでもあります!」


「両親が俺を殺そうとするなんて解り切っていたことだ。 確かに原因ではないと否定するのは難しいが、本質はそこには無い」


 己の愚かさを他者に押し付ける事はしない。

 悪いのは俺だ。彼等を苦しませているのも俺で、それを止めようとも考えない時点で転嫁は出来ない。

 そして、これから先もそれは変わらない。俺と二人の道は別れ、これから交わる可能性は限りなく低いとしか言えない。

 

「悪いのは俺だ。 二人こそ俺を責める権利がある。 それを忘れないでくれ」


 元から話すべき事は無かった。

 俺は何を言うべきか解らなかったし、二人は言いたい事が多過ぎて詰まっている。

 そんな状態でまともな会話が出来る筈も無い。今回は不慮の事故だったのだと、そのまま踵を返した。

 こうして会ったが、劣等感を刺激される気配はまるで無い。切っ掛けを一つ掴むだけで心は軽やかで、そんな自分に呆れてしまう。

 都合の良い奴だ。そして、そんな自分を俺は決して否定出来なかった。

 歩き、歩き、出来ることならば何も起きないことを願う――――そんなことは絶対に有り得ないと理解していても。

 二人に最初に会った時に解っていたことだ。ましてや探していた以上、二人の魂胆なんて見え見えである。それを示すように背後から引き抜く音と金属音が聞こえた。

 振り返っても良いが、敢えて足を止めずに更に歩く。俺は二人に用事など無いのだと背中に見せ付け、そんな事実を二人は嫌っている。

 中でもノインは顕著だろう。露骨に感情を剥き出しにした彼女が放っているのは、圧倒的なまでの執着心だ。

 ――耳が空気を切る音を拾った。


「やっぱりこうなるのか」


 直ぐに剣を引き抜き、背後から迫る刃を振り返って向かい撃つ。

 激突した剣は耳障りな音を立て、衝撃は全身を駆け巡る。だが、バウアー程に耐え切れない衝撃ではない。

 目の前には涙を流したノインが居た。此方を逃がさぬと強く強く睨み、両目から流れる雫を拭わずにいる。大きな感情をぶつけられ、何も感じない俺ではない。

 三人は何時だって一緒だった。俺達は成長しても一緒のままで、その繋がりは消えないのだと阿呆のように信じ切っていたのだ。

 それを一番強く信じていたのはノインだった。つまりはそういうことで、だからこそ此処で俺を捕まえる気だ。

 俺が持ち得ない才能と、本人の努力で。

 それを痛い程に感じたのだから、俺も自分の我を通す為に全力になろう。

 彼女を無理矢理弾き飛ばし、剣を構える。ネル兄様と師匠は傍観の姿勢を決め込み、戦うのはノインだけ。

 爆発的な感情の波を一身に受けながら、夜の街で戦いが始まった。

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