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本気の意味

 ――――意識が戻った。

 そう認識した瞬間、身体は無意識に立ち上がろうとする。

 これまでの鍛練と実戦による経験を経て、危険意識は既にそれなりに成長していた。咄嗟であれば勝手に身体が生存を求めて動き出すくらいには、痛みと苦しみを感じ続けていたのだ。

 だが、立ち上がろうとした身体は勝手に倒れた。

 どういうことだとそこで初めて視界をさ迷わせ、頭痛を自覚する。

 叫び声をあげる程ではない。だが決して無視出来ない鈍痛は苦しみを生み続け、五感を狂わせていた。

 最後に思い出せるのは、バウアーの放った一言。

 可能性の原石という言葉は俺にとって未知の刺激を与え、動作を強制的に停止させてしまった。

 あんな状況で止まるだなんて、本来ならば有り得ない。それだけ自分にとっては衝撃的だったのだろうかと考えて、突如視界に誰かの顔が入ってきた。


「起きた? 何処か痛い?」


「ナナエ、さん……」


 明るく活発。天真爛漫を絵に描いたような彼女の顔は心配気なものに彩られている。

 何か言葉を返さなければ。そう思うのだが、出せたのは名前を呟く程度。

 それでも彼女は嬉しかったのだろう。表情を安堵に変え、俺の上体をゆっくり立たせてくれた。

 未だ鈍痛は響く。しかし、目の前の人物に向かってそんな弱い自分を見せる訳にはいかない。半ば無理矢理に平静を保とうとしたが、直後にナナエが渡してきた回復薬によってそれも無駄になった。


「ほら、これ。 無理してるかどうかなんて解るんだからね。 何も言わずに飲んで」


「……すいません」


 渡された回復薬は俺が普段飲んでいる物よりも高位の代物だった。

 飲んだ直後から頭痛は引いていき、反対に気怠さが襲い掛かってくる。これは頭痛によって隠されていただけで、実際にあったものだろう。

 それでも、痛みが無いだけマシだ。彼女に支えてもらわずとも上体を維持し、周辺に意識を向けられた。

 場所は模擬戦場だ。それなりに時間が経過した事で他の冒険者の姿も見え、皆がある一点を見つめていた。

 それは正座をさせられ、石を乗せられているバウアーの姿だ。

 明らかに拷問を受けている状態であり、当の本人もかなり苦し気である。顔を真っ青にしながら百面相をしている様に威厳は皆無だ。

 それでも此方が起きたのに気付いたバウアーは笑顔を俺に向けていたが、ナナエが投げた小石が足に激突すると同時に苦し気なものに変わる。


「あの……あれは?」


「やり過ぎた馬鹿への制裁。 いくらなんでも模擬戦で殺し掛けるのは無しよ。 君は自覚が無いみたいだけど、暫く息してなかったんだからね?」


 死にかけた。その事実を鑑みるに、やはりあの一撃は俺にとってかなりのものだったのだろう。

 刃が潰されていたとはいえ、あれは鈍器だ。そんな物で全力ではないとはいえランク六の筋力で振るわれれば普通は死んでいた。

 俺自身が元々速度を重視していたのもあるだろう。まともな防御手段をお互いに用意していなかったからこそ、俺の身体は余計に脆かった。

 いや、頭部を守る手段を俺は最初から持っていない。これは単純に自分があの時停止してしまったのが問題だろう。

 思い返してみれば途中から俺達の間に寸止めは消えていた。互いに相手を潰すつもりで戦い、意図的ではないにしても合意したのだ。

 故に、責められるべきではないと身体を起き上がらせた。ナナエは咄嗟に支えようとしたが、それは手で制す。

 まだ安定はしていない。治ったばかりとはいえ、傷そのものは酷かったのだから当然だ。


「取り敢えず私は気にしていませんから、解放してあげてください」


「……解った」


 此方を見る目には不満が宿っていたが、被害者の言葉だ。

 彼女も納得するしかなく、膝の上に乗せられていた石は取り除かれた。普通の人間であれば足が潰れていても不思議ではない量だったが、やはり彼には効かないのだろう。

 簡単に立ち上がり、当たり前のように此方に向かってきた。その自然な振舞いを見る限り、俺の攻撃は殆ど効いていなかったのだと確信させられる。

 再度、胸が劣等感に刺激された。だが、戦闘そのものはもう終わったのだ。

 無理矢理蓋をするように負の感情を潰し、面とバウアーと向かい合う。色々と聞きたいことはあるし、確かめておきたいこともある。

 全てを明かさない限りは安心出来ないだろう。そして、相手もそれは理解している筈だ。

 激突した同士。本音で語ったからこそ、バウアーとの付き合いは今後重要になる。


「何処まで理解しましたか」


「ある程度、といったところだな。 それと外套は一時的に外させてもらったぞ、回復薬を飲ませるにはそうするしかなかったからな」


「構いません。 この二人には素顔は見せていますからね、今更です」


「そうか、なら良い。 ……で、あそこで止まったのはあの言葉か?」


「それ以外ありませんよ。 まさかあんな言葉が貴方の口から出るとは思いませんでした。 もっと単純なものになるかと」


「酷いな、俺だって色々考えているさ。 先ずは総評を言わせてくれ」


 俺達の会話の真意を知る人間は他に居ない。

 ナナエだって困惑顔だ。だが、この話を聞いて幾分か察する事が出来る筈だ。

 

「先にも言ったが、お前は伸びる。 これは世辞でも何でもない、此処でそれを言っても何の意味も無いからな」


 聞き間違いかとも心の片隅で思っていたその言葉は、驚く程に俺の心に染み入る。

 別に誰もが俺の才能について否定していた訳ではなかった。両親も師匠も否定していたものの、兄妹の二人はまったく疑っていなかったのだから。

 それが身内贔屓だったとしても、俺の心を救っていたのは事実だ。

 完全に折れなかったからこそ今の俺が居て、その努力がこうして誰かに届いてくれた。――――奇跡的だと言う他に無いだろう。

 思わず口角が持ち上がってしまうのを自覚して、今この瞬間に外套を羽織っていた事実に感謝が浮かぶ。

 

「適性も剣士だろうな。 速度で翻弄し、的確に攻撃を決めようとする積極性は評価すべきだ。 一瞬とはいえ俺も見失ったぞ」


「有難うございます。 周囲からは能無しという評価だったので」


「本当か? 俺から言わせてもらえば、そいつは見る目が無いな。 人選を間違えたんじゃないか?」


 俺の才能を見極めたのはこの世界でも一握りの強者なのだが、それは胸に収めた。

 だが、俺に才能があったのであれば疑問も浮かぶ。あの師匠が見極めを失敗したとは考えられないし、実際に俺は兄妹の中で最も弱かった。

 あの父親と母親から産まれた人間としては、些か以上に弱い人間が俺だ。

 だから才能が無いという言葉も納得してしまった。そして、失踪するという手段を選んでしまったのである。

 師匠の言葉が間違いだったとは思えない。そして、バウアーの言葉も間違いだったとは思いたくない。

 

「最初の時点では俺も正直才能に乏しいと考えていた。 技巧と力が不足し過ぎていたんだ。 このままではランク四に上がったと同時に死にかねないと冒険者を止めさせようかとも思っていた」


 だが、現実はどうか――――


「あの戦いの中で何かを抱いたな? それが起爆剤となり、爆発的に攻め込むようになった。 防御を捨て過ぎている嫌いがあるものの、速度を乗せた流れるような斬撃は見事だと言う他にない」


 戦いの中で俺が抱いたのは劣等感だ。

 横に並べず、それでも並びたいと願った情けない男の慟哭でしかない。それが力になったとは考えられないが、他に材料となるものは一切存在しなかった。

 俺は才能が無いと言われている。だが、それが言われる原因となった戦いは兄妹との模擬戦だ。

 あの戦いで全力を出したのは間違いない。だが、死ぬ程に何かを燃やしたのかと問われれば否だ。

 明日も今日と同じ日が続くと思っていた。俺達は順調に成長し、騎士団に入れるのだと根拠も無い明るい未来絵図を描き込んでいた。

 それが勝負に影響を与えていたのだとしたら――――浮かび上がった可能性に喜悦を抑えるのに必死だ。

 

「そうだな、俺の見立てだがランク六は目指せるだろうさ。 勿論、精進を忘れないようにすればな?」


「解っていますよ、一日だって忘れるつもりはありません」


「その意気だ。 死なない程度に急いでランクを上げてきてくれ。 その時は一緒に冒険をしよう」


 俺はきっと、才能が無い。

 それは事実だ。鍛錬を重ねても明確に伸びず、実感を抱くことも無かったのだから。

 俺の伸び方はまだまだ模索する必要がある。だが、強者への入り口を見つけたのは事実なのだ。今漸く俺は兄妹達が進んでいる道の入り口に立ち、走り出そうとしている。

 それがどのような形で花開くかは解らない。未来の事は誰にも予想出来ないのだから、考えるだけ無駄だとしか言えない。

 頭を下げる。深く、深く、感謝と尊敬の意を込めて。

 バウアーは俺の心に道を教えてくれた。であれば、その恩に報いる為にも全力で励む。

 そして何時しか共に冒険をするのだ。男二人で、あるいはもっと多くの者達と一緒に。

 暗く曇天のような空に光が差した。世界が広がっていく感覚は、これまでの人生の中で最も俺に活力を与えてくれたのだった。

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