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不器用な男

 睡眠時間を活動可能な限界にまで削り、少しでも意識外からの襲撃を警戒しながら宿屋の一室で過ごす。

 相手が何処まで滞在しているかは定かではない。最長でも一週間を考えているが、俺の予想通りであれば三日か四日で彼等は帰るだろう。

 食堂で朝食を頂き、夜までの時間は基礎鍛練に費やす。剣を振るえないのは不満であるが、だからといって欲求に任せた行動は駄目だ。

 彼等が滞在してから二日目。もう間もなく陽が顔を覗かせる時間の中で、外は俄に騒がしくなってくる。

 皆が起き出してきたのだ。新しい朝を迎え、仕事に精を出すのである。

 それはこの宿屋の中も変わらない。誰よりも早く宿屋の店員達は起き出しているものの、客まではまだ起きていなかった。

 

 さぁ、今日は何処まで自分を追い込めるだろうか。

 ベッドから起き出し、常と変わらぬ装備を身に纏った状態で腕立てを行う。

 ただし手は使わない。使うのは指だけだ。それくらいしなければ苦しくない。

 最大の回数は五百と少し程度。それだけ酷使すれば汗も滝のように流れてくるが、酷使している事実が心地よい。

 数えながら頭を過るのは、やはり兄妹のこと。

 自分がこうして生活している中で、どれだけあの二人は強くなっただろう。

 並の進歩ではない筈だ。過去を思い返して今更感じたが、二人は一を聞いて十を行える者達なのだから。

 まともな鍛練では追い付けない。酷使に酷使を重ね、その上で死線を超えるような出来事を何度も経験しなければ背中を見る事も出来ない。

 

 俺にとっての死線とは何か。決まっているだろう、ランク五以上の外獣だ。

 高位のランクともなれば、単純な力量一つ取っても頭抜けている。最も弱いとされているスウォームサンドと呼ばれる巨大なミミズですら、真っ当に戦える冒険者の数は少ない。

 そんな地獄のような世界の中で生き残る。それがどれだけ困難であるかは言うまでも無く、だからこその死線だ。

 勝てる勝てないの境界線が限りなく薄い相手から勝ちを取る。それでこそ、真に成長したと実感出来るのだ。

 その為にも実績を積み、早期に高ランクに挑む。先ずは独力でランク四だ。

 二年や三年が経過しようとも、努力を重ねることだけは止められない。

 やがては騎士団に入ってみたいとも思うが、そうなるとどうしても兄妹達に近づいてしまう。

 

 まだまだ、彼等には気付いてほしくない。

 面と向かって話が出来るようになるまで、何を言われても怒りを抱かぬまで、俺は接触を拒み続けるつもりだ。

 そこまで思考を回していると、見知った人物の気配が直ぐそこにまで近付いているのを感じた。

 宿屋に入り、真っ直ぐ此方を目指している様子から俺に用があるのは明白だ。

 時間にして僅か。扉の前に立った人物は静かにノックし、俺は何だと思いつつも扉を開けた。

 扉の前に居たのはバウアーだ。余裕のある笑みを浮かべながら此方を見下ろす巨漢は、今は装備を身に纏っていない。


「すまんな、いきなり訪ねて」


「それは構いませんけど、どうかしたんですか?」


 一先ず部屋に案内し、ベッドを椅子変わりに座らせた。

 俺の泊まっている部屋の中を見渡したバウアーは一瞬眉を寄せたが、直ぐに何でもないように笑みを形作る。

 文句を言わない姿勢も実に大人だ。出来れば顔には出してほしくなかったが。

 

「単刀直入に聞くんだが、昨日様々な場所でとある人物を探している少女の姿が目撃された」


「此方の宿屋にも来ていましたね。 姿までは見ていなかったですが」


「此方も同じだ。 どうやら顔を隠していたみたいでな、声で我々は判断している。 でだ、その特徴についてなんだがーー君によく似ていてな」


 そういえば、バウアーは外套を取った俺の顔を知っている。

 であれば、解った筈だ。彼女が探している相手が俺であることを。


「金の髪に黒の瞳。 年齢を聞く限り少年で、名前はザラ。 君の特徴によく似ている」


「ええ、此方も聞いていて同じ事を思いましたよ。 まぁ、世の中には三人は同じ顔があるそうです。 気にしていても仕方ありません」


 苦しい理由だ。自分でそう思うのだから、バウアーには更に苦しく感じたことだろう。 

 沈黙は重く、心無しか視線も鋭くなっている気がする。

 徐々に徐々に圧が増えていく中、暫くの間俺達は無言を貫いた。信じてもらえぬと解っているからこそ、それ以上には踏み込ませない。

 ただ、これで余計に気を遣う必要が出たのは事実だ。このまま街に居る限り、俺の顔を見た冒険者は勘繰るだろう。

 あるいは、そのネタを利用するかもしれない。ならば、一人となったのだから別の街に向かうか?

 

「ーー此方から何かを言うつもりは無い。 それは他の奴も一緒だろうさ。 だから、姿を消すなんてするなよ。 それをすればナナエが悲しむ」


「何で私が姿を消す必要があるんですか。 する予定はありませんよ」


 朗らかな笑い声をあげながら、内心で冷や汗を流す。

 相手は此方の事をよく解っている。というよりは、隠し事をしている人間の行動を知っているのだろう。

 この街にも後ろ暗い事をしている人間は居る。思い出すのは落伍者達だが、そういった人間の対処も冒険者達はする必要があるのだろう。

 バウアーはこの街では最大ランクの冒険者だ。だとすれば、人間の闇を一つや二つ見ているのも不思議ではない。

 ここは素直に断念する以外無いだろう。もしも姿を消せば、バウアーは誰かに俺の事を教える可能性は十分にある。

 あの時顔を見られた段階で直ぐに消えれば良かったのだ。そうすれば多少は風化していたかもしれないと、後悔を胸に抱いた。

 

「まぁな、これはただの馬鹿話程度に流してくれや。 さて、んじゃ飯にでも行くか? 今は依頼を受けてないんだろ」


「ええ、まぁ……」


 この話はこれでお仕舞い。ならこのまま帰るのかと思えば、飯に誘われた。

 昼飯はまだまだ先だ。飯を食うなんて普通であれば有り得ない。

 思わず抗議をしようとしたが、バウアーの目は妙に真剣だった。

 それだけで解ってしまう。これは飯を理由にした何かであり、きっとその何かは尋常なものではない。

 断るのは不可能だ。無理に断っては溝が生まれ、今後の活動に支障が出る。

 冒険者家業において、横の繋がりは必要不可欠。それは僅かな期間過ごしただけでも解る。

 ましてや相手はこの街で最強。そんな相手の力を借りれる可能性を潰すのは、決して良いとは言えなかった。


 致し方無しと首肯し、遂に顔を見せた陽の下へと俺達は出た。

 朝の風景も既に見慣れ、互いに街人達と挨拶をしながら進む。その方向は決して飲食店が乱立する場所ではない。

 寧ろ逆方向であり、やはり別の用だったかと納得した。

 であればこの男が次にするのは何であろうか。想像してみるものの、どうしても付き合いが短いせいで相手の動きが予想出来ない。

 だが、敢えて俺が不利になるような行動をしないだろう。それをするなら最初の段階で追い詰める筈だろうし、追い詰めた所で何も俺は出来ない。

 到着した場所はギルドが管理する鍛練所だった。

 中央には模擬戦が可能な正方形の空間が存在し、まだ朝が早いせいか一人も居ない。

 バウアーが振り向く。その身体からは先程まで無かった戦意があり、嫌が応にも次の展開が予想出来てしまう。


「此処なら引き籠っている必要も無い。 ま、時間潰しに戦ってみないか?」


「……それなら最初に言ってくださいよ」


 俺の言葉にすまないなとバウアーは豪快に笑った。

 その顔はこれまでのものではなく、真実の顔だ。もしかしたら気を遣われたのかもしれないと思いながら、俺は模擬戦場横に置かれている刃の潰された剣を手に取った。

感想有り難う御座います!

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