終わりの刻:異常的幸福論
「そういえば結局どうするんだ?」
兄妹同士で過ごす久方振りの休日。
連日に渡って仕事をし続けてきた為か、ついにナノによって休息を言い渡されてしまった。
ノインもネル兄様も積極的に方々を巡ってギルドの監視や通常では討伐困難な外獣を倒している。現在は特に危険な状態は無いとのことで纏めて同じ日に休息を貰い、今はゆっくりとした時間を共に感じていた。
新しい屋敷に住む侍従や騎士達は兎に角俺達に対して過剰なまでに接する。御飯一つ、飲み物一つにまで過度な厳選を行っているようで、少しでも不自然な箇所が発見されれば即座に変更がされていた。
食事に関しては失敗した物は料理人や侍従の賄いになっているようだが、彼等の失敗と呼ぶべき基準は酷く繊細だ。それこそ気にし過ぎだとまで一度言ったくらいで、それに対する答えとしては我々が納得していないのですと言うもの。
神に仕えるこの役職は常に募集で溢れている。誰かが失敗してこの職を失うようであれば、即座に募集している中から新しい人間に変えられてしまう。
それは執事長も一緒だ。彼もまた失敗すればその職を失い、別の貴族で執事をするだろう。
だから誰もが気が抜けない。そもそも気を抜くつもりもない。彼等は全身全霊で俺達に対して仕え、その点に関して口を挟む権利を此方は持ち合わせていないのである。
あまり気を遣い過ぎるなとしか言えないのだ。それでさえも侍従達は喜ぶので、最近はもう時折様子を伺うだけに留めている。
ノインは三人での休日に喜び、ネル兄様と合わせて基本的には三人での行動を求めた。
もう全員が二十歳を超えたというのに、彼女の甘え癖は消えてくれない。一度外に出れば凛とした美人なのだが、家に居る間はなんだかんだと理由を付けて傍に要る。
ネル兄様曰くその原因はトラウマ故とのことで、この癖は二度と消えないらしい。
幸福的な暮らしと呼べるものが俺達の中ではあまりに無かった為に、彼女はそれを求めているのだ。嘗てのように戻れたらと願い求めたから、今彼女はそれに幸福を感じている。
「どうする、とは?」
「お前も結婚しても不思議じゃない歳になった。 ナノと結婚はまだしないのか?」
「あー、そういうことですか」
頭の裏を掻きつつ、ネル兄様の言いたいことを理解する。
彼女も俺も成人を大きく超えた。婚約者同士であるにも関わらず、仕事に忙殺されてそんなことを言う暇も無かった。
否、これは言い訳だ。本来であれば俺から言うべきことで、彼女から言われてしまえば甲斐性無しと思われてしまうかもしれない。
一応、結婚そのものは大丈夫だ。王弟からは何人でも良いぞと言っていたが、結婚は一人だけにしたい。
「すっかり仕事に殺されていましたので忘れていました。 ……そうですね、私も考えるべきなんでしょうね」
「ああ。 お前が何時までも結婚しないからシャルル王女も随分焦っていたぞ」
「何故です? あの人が焦るだけの理由は無いと思いますが」
「――お前、本気でそう言っているのか」
真顔で言い放つネル兄様に俺は困惑する。
ナノが言うなら兎も角、シャルル王女が言うのは少々理解出来ない。俺とナノが結婚しないことに一体どんな関係があるのかと考えてみるが、やはりどうしても浮かばない。
頭を悩ませる俺にネル兄様は露骨に溜息を零した。横に居るノインに視線を向ければ、彼女は彼女で俺の腕に身体を寄せながらも呆れた眼差しを送っている。
二人には解っているのだ、俺が解っていないだけで。
「確認するか、最近シャルル王女から何か言われなかったか? こう、告白めいた言葉とか」
「告白? ……そういえば、先日に」
過去を思い返すと、シャルル王女と一緒に書類仕事をしている際に雑談混じりにそのような言葉を送られた気がする。
愛人枠で良いとか、早めに結婚するのをお勧めするよとか。冗談交じりの雑談だったので記憶に留めていなかったが、今思えばそれが催促だったのだ。
思い付けば、途端に気まずい気分に陥る。それに気付いたネル兄様は溜息を吐くものの、俺が忙しかったのを理解しているのでそれほど責める気配は無い。
かといってそれで何もしないは無いだろう。結婚と呼ぶべき行為に未だ戸惑いを覚えているのは事実だが、それで踏み出さなければ二度と俺が歩き出せるとは思えない。
休日だ。この用意された休日ももしかすればナノからの無言の催促かもしれない。考えれば考える程にそうとしか思えなくなり、このままゆっくりしているのが悪いようにも感じた。
「今直ぐ準備を――」
「待て待て、いきなり始めようとしても失敗するだけだ。 ここは最初にナノ殿と相談して予定を合わせるべきだろう。 結婚ともなればギルド統括者としての責務から一時的に開放されることも出来る。 大事な時期ともなれば皆も協力してくれるさ」
「そうですよ。 私達も準備をしなければなりませんし、物事には順序が必要です」
「……そうだな。 すまない」
当然である。
焦りを覚えたが、それに任せたままでは失敗しかねない。二人の静止の声で理性を取り戻し、ノインが外で待機している侍従に紙と羽ペンを用意させた。
複数枚の白紙に彼女は結婚計画と書き、思い付く限りの予定を記していく。
資金はある。ギルドの依頼手数料は莫大な額に上り、その一部が俺の給料扱いとされた。全てを予算に回したかったのだが、それでは生活出来ないのも事実。
侍従達やギルド職員に支払う給料もあるので手数料は絶対に必要で、その点については皆も納得している。
あまり贅沢はしていないので執事曰く通常の貴族よりも使っている額は少ないとのこと。節制をしているのではなく仕事ばかりをしていたので当然だが、その分を結婚資金に充てても問題は無い。
指輪に、結婚用の服に、施設の確保に来賓も呼ぶ必要がある。それを全て熟すのは俺だけでは不可能で、だから兄妹全員でそれを成そうとしている。
二人は俄然やる気になり、あれやこれやと意見を口にし始めた。
そこにあるのは幼かった嘗ての俺達で、何だか帰ってきたような気分になる。両親が居れば家族団欒の一時にもなったであろうが、居てもギクシャクするのは避けられない。
だが、此処に新たな家族が増えることを確信している。その家族がどんな話を二人とするかは解らないが、決して不穏なものにはならないだろうとも思っていた。
不意にノインが此方に顔を向ける。意味深な笑みに真意を覚らせる気配は無く、しかし直ぐに紙に何かを書き始めた。
そこにはドレスの数が記入され、何故か三着となっている。
普通のドレスであればシャルル王女とノインの分かと思えるが、結婚用のドレスが三着とされていた。それを見て、ネル兄様が酷く同情的な眼差しを向ける。
「よし、これで大丈夫ですね!」
「なんで三人分?」
「私とシャルル王女も嫁に行くつもりですからね! 勿論相手はザラ兄様です!!」
「いや、それはおかしい」
反射的に否定の言葉を口にするも、ノインは逆に困惑した眼差しを向けた。
俺がおかしいのか。何かそんな気配があったのか。色々と考える俺の肩にネル兄様は優しく手を置いた。
「諦めろ。 実はもう外堀は埋められている」
「え!? どういうことですかッ」
「ナノ殿と結託して三人で結婚する旨をあちこちで話しているようだ。 俺も気付いたのは最近だったが、皆に隠すよう三人が言った所為でお前は知らないまま。 勿論アルバルト様も存じている」
愕然とした自分に、ノインが俺の手を取る。彼女は此方を見上げ、深い愛情を込めた顔を送った。――――そこに宿る決意をまさか俺が察せぬ筈も無く。
「これからもよろしくお願いしますね、旦那様」
ザラ・ナルセ。
初の結婚はどうやら三人になりそうです。どうしたらいいのでしょうか、お父様。




